未来
未来
数日して俺は退院する日を迎えた。考えてみると、せっかくボストンまで来たのに、そのほとんどの期間は病院暮らしで終わってしまった。事件に巻き込まれてしまったとはいえ残念だ。
退院して帰国の準備の日とボストン観光の日をそれぞれ一日ずつとった。二日だけしか自由な時間が取れずあわただしい中であったが、夏休みの終わりも近いので仕方がない。俺は兄さんと空港で待ちあわせることになった。俺は帰国前にいったん入院していた病院を訪れ、お世話になった病院のスタッフたちに別れを告げた。
「ありがとう。この次ここに来るときは、俺は立派な医者になっていたいと思ってます。もう、患者として過ごすのはこりごりだ」
俺がそう言うと面倒を見てくれたマーガレットが笑いながら言った。
「セイギ、かえってよかったんじゃないの。だって患者として過ごしたからこそ、医者になった時に患者の気持ちがわかる人になれるんだからね」
そうだな。考えてみたらマーガレットの言うとおりだ。俺はもう一度皆にお礼を言った。
俺はその後空港へ向かった。その間車の中で、いろいろなことがあったけど本当にここに来てよかった。またいつか来て、みんなと再会できるといいな。そのようにしみじみと振り返っていた。
よくよく考えてみると、日本ではなかなか体験できない悪霊退治の冒険があった。マリアとの出会いがあった。彼女の祈りによって俺の命は救われた。それで俺は祈りの持つ未知なる力の凄さを知った。ジョンとの出会いもあった。彼は国を思って命を懸けて仕事をしていた。見習うべきところがたくさんあった。
俺はボストンの美しい街並みを見ていた。そのうちみんなのことが恋しくなってきて、涙が出てきた。柄にもなくセンチメンタルになってしまった。今までにこんなことなかったのに…。そんな思いに浸っていた雰囲気をぶち壊したのがミーシャヲだった。いつものようにはしゃぎまくりながら、
「正義、あたい楽しかった」
ああ、せっかくの感激の時が台無し…。ミーシャヲには悪気はないから責められないな。
「ミーシャヲ。よかったな。アメリカの医療はたくさん見たのか」
「見たよ。指が切断した人が元通りになるのも見たし、人工臓器を使って治すのも見た。ロボットが、いろんな治療をするのも見た。すごかったよ」
ミーシャヲは具体的な話をしてくれた。話をする様子も本当にうれしそうだった。
それぞれの道
だが、ルシムとゴーズは静かにしている。しばらくして車は空港に着いた。俺は車を降りた。するとゴーズが、
「正義、話がある。ここでお別れだ。我はジョンの仕事を手伝いたい」
「そうだったのか。だから神妙な顔をしていたんだな。ゴーズがそう決めたのなら俺は反対しない。ジョンの手伝いができるんだったら、俺のところにいるよりもっと活躍できるだろう。より多くの人達に役立つことができるからな」
「正義、済まない。感謝する」
「ゴーズはもともと俺だけについているのではなかったからな。ところで約束したことは果たせたのか。しばらくは俺を守るという…」
「正義が日本に帰れば我が守らなくても大丈夫だ」
「わかった。ゴーズ、また会えるのか」
「正義が我を呼べば、時空を超えてすぐに行く」
「そうか安心した。また会えるんだな。でも考えてみたら皆すごいな。素晴らしい仲間だ」
俺は待ち合わせ場所に行くと、兄さん、マリア、そしてジョンがいた。マリアは兄さんと一緒に日本に行って、病院の手伝いをしながらいろいろ学んでいくらしい。それにしても、兄さんいったいどういうつもりなんだろう。マリアを日本まで連れて行くなんて。結婚を考えているのかな…。おっと、俺が首を突っ込んだりしちゃいけないな。俺はそんなことを考えた。ジョンがゴーズと一緒に見送ってくれた。
「ジョン、いろいろありがとう。ゴーズをよろしく」
「いや、こちらこそ世話になった。セイギ、ゴーズが手伝いをしてくれることになってうれしいよ。まだ目で見ることはできないが、夢の中には出てくる。これから存在を感じるようにもなるし、見えるようにもなってくるだろう。そんな気がするんだ。」
ジョンと話す中で、俺は本当によかったと思っていた。ジョンが新たな力に目覚めれば、今後さらに捜査の仕事がはかどるだろう。ジョンが今後、FBIの貴重な戦力となっていくのは間違いない。ここで、俺、兄さん、マリアの三人はジョンに別れを告げた。
「ジョン、行ってきまーす」
「マリア、幸せになるんだぞ」
帰国の途
俺たちは飛行機に乗り込んだ。マリアは少しさびしそうな表情を見せたが、すぐに笑顔が戻った。飛行機の中でも相変わらずミーシャヲが元気にはしゃいでいる。ルシムは天井のところに張り付いて瞑想している。
飛行機は順調に運航を続け、成田に到着した。俺はその間ほとんど寝て過ごした。まだ退院してから日が浅いので、兄さんは俺の体を気づかって、起こさないでいてくれたようだ。
「日本に着いたな。正義、体調はどうだ」
「兄さん大丈夫だよ。ありがとう」
長い飛行機旅であったが、俺の体は何ともなかった。疲れもない。
成田からはリムジンバスに乗ることになった。二階建てのバスだったので上の階の座席に座った。見晴らしもよい場所だったのでミーシャヲがはしゃいだ。
「あたい、バスも楽しい」
相変わらずだな。
「おいおい、ミーシャヲ。しょうがないな。大目に見るしかないか」
「セイギ、楽しい仲間がいてよかったわね」
「マリア、そうだけど…。それより、日本まで来ることを決めてからあんまり日がたっていないだろ。大丈夫なの。」
俺が心配することじゃなかったかな。マリアには明るいし、優れた才能もある。だから日本でもきっとうまくやっていけるだろう。
バスは新宿に到着し、そこからタクシーで家まで行った。
「マリア、着いたよ。三神病院だ」
兄さんはずっとアメリカにいたから、懐かしい思いを持っているだろう。それにこれから新たな出発をするので、複雑な気持ちを持っている事だろう。
「おかえり、翔、正義。いらっしゃい、マリア」
母さんが最初に声を掛けてくれた。マリアはほっとした表情を見せた。そしてみんなに挨拶した。三人を出迎えてくれた病院の面々を見渡すと、その中になんと普段はあまり病院には顔を出さない祖父がいた。
「ただいま。お爺ちゃん」
「セイギ、おかえり。アメリカはどうだったか。お前の話を聞いてみたいな」
お爺ちゃんの笑顔を見るのは久しぶりだった。俺は嬉しかった。