王太子殿下との出会い
一人称ではないけれど、ソフィー視点の出会い編です。
ソフィーが初めての恋に落ちたのは、従兄の結婚式でのことだった。
新婦はお姫さまなのだと聞いて期待に胸膨らませたソフィーは、初めて作ってもらったドレスを見て自分もお姫さまになれるんじゃないかとうきうきしていた。
その日はとてもいい天気だったと記憶している。
新郎新婦の意向で、教会で催された式には限られた者しか入れなかったらしい。それがもったいないくらいの素敵な式だった。
従兄はソフィーよりもずいぶん年上だったけれど、よく構ってくれる優しい人だった。その上、身内の贔屓目なく凛々しくてとても格好良い人だから、当然見栄えがした。
そして新婦の花嫁さまも、まばゆい金髪が目を引く大変美しい人だった。
寄り添って愛を誓い合う二人はよくお似合いで。
普段は冷静そのものの従兄もどこか浮き足立っていて、隣に並ぶ花嫁さまは恥ずかしそうにしながらも幸せそうに見えた。
あちらこちらに丁寧な刺繍を施された白いドレスは美しく、それを身に纏う人は衣装に負けないくらいきらめいていた。
お姫さまになれるかもなんて浮かれた自分の子供っぽいピンクのドレスがなんとなく色あせて見えてしまうくらいに。
だけど、それでも初めてのドレスが損なわれることをソフィーは望んでいなかった。
――挙式の後に行われたパーティまでは、すこし間があった。
だから幼いソフィーは浮き足だった気分で家族の元から離れ、外に出た。
幸せな二人を眺めていたら、それを祝福する立場のソフィーでさえ幸せな気分だったのだ。着慣れない素敵なドレスを着てその日は幼いレディーのつもりだったけど、まだまだ子供だった。
うれしくなって元気を持て余してしまったのが悪かったのだろうというような気が、それから七年も過ぎればソフィーにだってわかる。
式の行われた教会の周りには、いくらかの木が植わっていた。それらの間を突き抜けて、見かけた茂みにうっかり突っ込んでしまったのだ。
お姫さま気分で上等なドレスを着ていることを忘れて。
はっと気付いた時には、茂みにドレスの生地の欠片がひっついていた。
「うわあん!」
瞬間、ソフィーは世も末とばかりに泣いた。
子供には恥も外聞もない。「お姫さまのドレスがダメになった」とかそんなわけのわからない一時の感情で、とにかく泣いた。
泣いたところで損なわれたものが直ることはないと理解しつつも、一度あふれた涙は止まらなかった。
「どうした?」
ソフィーの主観では永遠に近いほど泣いた後、ようやく泣き声を聞きつけた誰かが彼女の元にやってきた。
あふれた涙で視界はぼやけていて、泣いてしゃっくりをあげる少女に質問に答えることは不可能で。
「ああ……ドレスをダメにしたのか」
察したその人が端的に事実を口にして、ソフィーはまた「うわあん」とわめいた。
「そうか、そうか――うん、それは悲しいな」
それから、その人は優しくソフィーの頭を撫でて、ぶっきらぼうに宥めてくれた。
よくもまあ、初対面の小娘の要領の得ない嘆きにつきあってくれたものだ、と今では思う。
「初めてのドレスが」「せっかく作ってくれたのに」「お姫さまみたいだったのに」
繰り返されるばかりのそんな言葉に、とにかくうんうんうなずいてくれたのは、まともに取り合うのが面倒くさかっただけかも知れないけど。
ようやく落ち着いて涙が止まった頃に、見事な刺繍の刺されたハンカチでその人は頬を拭ってくれた。
「あ、あり、がとう、おにいさん」
「ああ」
たどたどしく告げたお礼の言葉に、素っ気なくその人は応じた。
まずソフィーの目に入ったのがくすみがちの金の髪だった。兄と同じくらいのお兄さんだなとソフィーは見て感じたものだ。
整った顔立ちをしているが表情は固めで、どこか途方に暮れているようだった――と、今では思っている。ソフィーと同い年の弟はいてもあまり子供慣れしていなかったのかもしれない。
見覚えのない人に緊張はしたが、優しく宥めてくれたのはその人だと感じ……きっと、その時にソフィーは恋に落ちたのだ。
だって。
ぐしゃりと最後にソフィーの頭を撫でてから側を離れたその人は、すぐにソフィーの代わりのドレスについて気にかけてくれたから。
「少し型は古いが、大丈夫だろう」
情けない姿を恥じるソフィーを気遣って、彼は色々手配してくれた。
それまで身につけていたものとよく似た色で、ちょうどソフィーに見合うサイズのドレスがその最たるものだ。
「うわあ、すてき」
誰にも知られぬようにこっそりと案内してもらった小部屋で見せてもらったそれに、泣いていたのを忘れてソフィーは歓声を上げた。
「誰も着ないものだから、着て帰るといい」
ぶっきらぼうに彼は告げてから、この部屋で着替えるようにソフィーに言う。
「着ていたものは――修繕できるかどうか俺にはわからんが、包んで持って帰るといい」
「あ、えっと、でも」
ドレスをダメにしたなんて知れたら両親や兄にしかられると身をすくめるソフィーに、その人は苦笑する。
「そのままでいても、着替えても、自ずとそのことは知れるぞ? なんだってお前はドレスなんか着て茂みに突っ込んだんだ?」
じっとソフィーを見る瞳は、嘘を許さない程度の厳しさを持っていた。うう、とソフィーはうなって、正直に告げる。
「えっと、その。アルト兄さまがとてもすてきで、幸せそうだったので、うれしくなって」
理由にすらなっていない子供の言葉に、難しい顔で彼はうなずく。
「うれしくなって、駆け回ってしまったか――ま、子供のすることだからな」
ぼそぼそとつぶやく言葉は明瞭ではなくて、よく聞こえなかったソフィーは怒られるかと身を縮めたが、その人はおもしろそうに顔をゆがめる。
「お前、アルトの親族か――それでこの年頃というと、タイニット家の……レイノルドの妹か」
「兄さまを知っているの?」
「ああ。だから返答によっては、うまく取りなしてやる」
「ホント?」
「もちろん。パーティの余興で人前に出る勇気はあるなら、だけどな」
ソフィーはしばらく考えたが、失態を誤魔化せるのならとこくりとうなずく。
「よし、ならば任せろ」
満足したように笑った彼がぐしゃりとソフィーの頭を撫でる。
そうして本当にうまいこと、その人は何もかもをうまくやってくれたのだ。
幼いソフィーを着付けるための侍女を手配し、パーティの余興の名目で従兄のお嫁さまに花束を贈呈する役割を与えてくれたのだ。
ソフィーのドレスが替わったのはその役割の報酬だ、そういうことになっていた。
その裏で様々な取引はあったのだろう――と、今ではその頃の彼の年齢になったソフィーは想像できるけれど、幼かった彼女にはまるで魔法でも使ったかのような鮮やかな手腕で全てをきれいに納めてしまった。
そして彼が使ったのは魔法ではなく、権力だった。
従兄のお嫁さま――本物のお姫さまの弟で王子さまだったのだとソフィーは実の兄によってすぐに知らされることになったのだ。
それから何年も、ソフィーは不毛な恋を続けたのだった。
最初に書きだしたのがこれで、没にしたのを流用したため本編と違って三人称です。べべべべつになおすのがめんどうだったわけではな……ゴニョゴニョ。