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7年。
長い長いその時間。
なにからお話しましょう。
私は、14歳になりました。あれから、ダイエットを続けること一年半くらいで、すっかり標準体型になりました。
でも、ごはんはおいしいので、気を抜かないよう努力を続けています。
12歳のときに、乙女ゲームの舞台である魔法学校に入学しました。
逃げようと画策はしましたが、ある程度以上の魔法の素質がある人物は、教育を受ける義務があるそうです。
ゲーム通りにたいしたことないのになぁ。私の魔法の才能……。
ちなみに、使える魔法は生命属性魔法といって、私の場合は、植物を元気にしたり、早送りで育てる程度の能力しかありません。
ひとりが使える魔法はひとつの属性魔法だけなので、なんとこれですべてです。(しょぼい。わたしTUEEしたかったのに…)
あまり役に立ちませんが、稀少な薬草を安定して育てるのにはとても重宝されています。
盲目の彼は、リアンと名乗り、現在は私の専属執事として、魔法学校にも召使いとしてついてきてくれています。下級寮に住み、ミリーと働いてくれています。
私は、彼が大好きです。
こんなところでしょうか。
寮の私の部屋に、豪華で大きな花束が届いています。
また皇太子さまですね。
彼と婚約はしていません。
頑張りました。
断りつづけているのに、かわりの婚約者が決まらないのは、「ゲームの世界」に戻ろうとするシナリオ強制力なのでしょうか。怖い怖い。
でも、そろそろ、彼の運命のお相手であるヒロインさんが転入してきますから、それまでの辛抱ですね。
「リアン、皇太子さまにあたりさわりのない御礼の返事をお出ししておいて」
「はい。お嬢様。かしこまりました。」
痩せて侮蔑の視線から縁遠くなった後も、私は皇太子様…いいえ攻略対象者様たち全員をなんとなく避けています。
苦手なのです。
お茶会やパーティに参加すると、彼らとも挨拶の時間が取られますが、そのたびに彼らの隣に並ぶと、やはりすこし苦い気持ちになるのです。
ただ美しいだけの少年たちならば、友人くらいにはなれたでしょう。
でも、私は思い出してしまうのです。
乙女ゲームであった、別の次元でのこの世界は彼ら「美しいと選ばれたものが恋するための場所」であり、私は「醜く」居場所はないのだ。
そう、設定されたのだと。
正直、彼らが苦手というより、
私は恋が苦手になってしまったのかもしれません。
まぁ、もう精神年齢は、35プラス7で42歳ですから。
枯れ果てたというやつですね。
……実は、前世、独身だったんですが……。ああ。遠い目をしてしまいます……。
あ、リアンのことは大好きです。
極限状態で私の命を捨てて彼の命が助かるのなら、間違いなくノータイムで私の命を捨てるくらいには、好きです。
でも、恋ではないのです。
いうなれば、母性愛?
彼を独占したいとか、そういうのではなくて。
ただ、彼が幸せであればいいな。
ちゃんと勉強してたら褒めてあげたい、ちゃんとご飯をたべてたら安心する、ちゃんと笑ってたら、私も幸せ。
そういう気持ちなのです。
そんなおかんな私が大切に育てたおかげか、リアンは、とても賢い少年になりました。
本当に、なぜ捨てられていたのか不思議なほど、彼は優秀です。
目は本当に見えていないはずなのに、あまりなにかにぶつかったりすることはありません。
音で世界が見えているようです。
性格は穏やかで、控えめで、素直で、優しい子です。
どこにだしても恥ずかしくありません。
おまけに、発見されたときはぼろぼろだった彼は栄養が足りるようになると、かなりの美少年になりました。
「見えませんよ」というサインのために色付きの眼鏡をしているので、気付く人は少数ですが、顔立ちはとても綺麗です。
さらさらの桃色の髪、やわらかな弧を描く唇、鼻筋の優しく通っているかんじ。その全部が私はとても好きです。
彼は背が低く、あまり筋肉のつかない体をとても気にしていますが、それだって、可愛さにはプラスです。
正直、あまりに可愛くて優秀なので、隠しの「攻略対象者」ではないのかと少し疑うほどです。
隠し要素はなかったはずなんですけどね。
だって、私よりかなり上手に魔法使えるんですよ。リアンったら。
平民が魔法が使える確率は、数千人に一人程度なのに。
なにこのチート……。
そのおかげで、スムーズに私と一緒に魔法学校に来られたし、傍付き執事としてのリアンへの周囲の評価もだいぶ上がったので、決して悪いことではないんですが、なにか、都合がよすぎて怖いような気も……。
まあ、たとえ、攻略対象者だとしても、なにも悪くないのです。
きっと、ヒロインと恋をするリアンは、それはそれは誰もがうらやむような幸せを掴むでしょう。
それは、私にとっても幸せなことです。
私はリアンに私ができる最上のことをしてあげたいだけなんです。
彼に好きな人ができたのなら、私から離れて遠くへ行ったとしても、幸せになってほしいのです。
だって、私はリアンを大好きですが、夫にできるはずもないのです。
私は彼をとても可愛がってはいますが、うっかり夫にしたい、とでも言えば、即刻で彼は私の家を追い出された後、最悪暗殺されることだってありえます。
私のお父様は私に甘いのですが、そこらへんの貴族的な判断は厳しい人です。
なので、いつか、適当に結婚はします。
この世界で、私の身分での生涯独身はほぼ不可能です。
ただ、皇太子さまの求婚を断っている現状で、別のかたの求愛を受けるのは、かなりまずいことになるので……ああ。頭が痛い……。
皇太子さまの求愛がなくなってから急いで結婚ということになりますが、あちらが年齢的にそろそろ婚約者を決めないとまずいので、そのうち諦めていただけるでしょう。
まぁ、あまり野心のなさそうな、性根の優しそうそうな人をじっくり厳選して、穏やかな政略結婚をする予定です。
……もし駄目な夫を掴んでしまった場合は、この世界の薬学はかなり詳しくなったので、薬草売りでもして生きようと思っています。しょぼい魔法も活用できますしね!
ああ。ええと。
なんか、乙女ゲームの世界なのに、夢がなくてすみません。
そんなことをつらつら心の中で思いつつ、大量の薔薇の花束を花瓶に挿す作業中のリアンのほうをじーっと見つめていると、気配に気付いて彼は微笑み、話しかけてくれます。
「……いばら姫、って知ってますか?」
「なに、それ?」
御伽噺にそんな話があったよね?どんな話だっけ?
「巷での、エリザさまの愛称なんですよ」
「??? それはとげとげしいってことかしらね? うーん。できるだけ人前では微笑んでいるのに……お父様ゆずりの目の鋭さが要因かしら…」
「ふふ。エリザさまはそのままで十分お可愛らしいですよ」
彼は蕩けるように優しく笑います。
ふと、リアンの声が真剣みを帯びます。
「エリザさま、皇太子様とのご婚約は……なぜお断りになっているんですか? 女性としては最高の誉れでしょう?」
穏やかに喋っていますが、どこか焦っているかのようなリアンを安心させたくて、私は優しく言います。
「そうねぇ。
でも、肩苦しいのは苦手だし。王宮に行くのは嫌よ。」
王宮では男の傍使えを一日中傍に置くわけにはいかないのです。リアンだって、息苦しいでしょうし。
「そうね。結婚するなら、ほどほどに田舎の領主で、堅苦しくない人がいいわね…」
そういった瞬間、息を呑む気配がしました。
ああ。田舎も嫌? でも王都に暮らすと、いろいろめんどくさい事も
多いのよ?
突如、椅子に座っていた私を
リアンが背後からぎゅっと抱きしめました。
まるで、逃がさない、といわんばかりの強い力で。
どうしたんでしょう。
甘えたりふざけたりで体をくっつけあえたのは、8歳ぐらいまででしたので、こんな風に近くで彼を感じるのは久しぶりです。
でも、意外とがっしりしてるのですね。
リアン。すごいです。
剣術とかも習いだしたと聞いていて、こっそり心配していたのですが、余計な心配でしたね。
ああ。でも、吐息がかかるくらいに近いです。その、お互い、お年頃なのでちょっと恥ずかしいのですが……。
彼の、私に回された手が震えています。
なにか切なげな情熱がこめられている気がするのですがきっと気のせいですよね…?
「エリザさま」
聞いたことがないくらい、真剣な声がしました。
「愛しています」
私は、 その、 とりあえず ダッシュで逃げました。
だって、身分がっ
お父様が暗殺しちゃうかもっ
それに心の準備もっ
それからは、
長いお話になりますが……ばっさりと、はしょります。
私はリアンの求愛から逃げ回り、かといって、リアンが悲しむのは分かっては、結婚もできず……結果として薬草の研究に精を出しました。調子にのって、独身ながら薬屋をはじめました。前世の漢方の知識が役に立ったりして、意外と楽に軌道に乗り、毎日それなりに充実していました。
リアンは、その間に、わずか2年で血の滲むような努力をして、魔法学校でかなりの成績を残し、王宮に仕える魔術師の仕事を得て、爵位も自力で獲得しました。
コツコツと外堀を埋めて、気がつけばお父様の許可も取り付けていたリアンに私は折れて、プロポーズをうけました。
いえ、だって。
リアンの幸せが私の幸せなのです。
彼が私のことを大好きで
私も彼のことを大好きなのです。
なんの問題もありませんでした。
今日は結婚式です。
豪華な刺繍のたくさんついた白いドレスに身を包み――花婿を待つ私です。
さて。
もう少しだけ聞いていただけますか?
本当に、これは蛇足でしかないお話です。
が、誰かに話してすっきりしたい気持ちもあるんです。
乙女ゲームのヒロインのお話です。
ヒロインは、なんと、魔法学校に転入してきませんでした。
さらに言えば、
ゲームのヒロイン リリィ・アイゼンという少女はこの世のどこにも存在しませんでした。
――――そして、桃色の髪と強い魔力と平民という特徴だけで言えば、似た存在として該当するのは、魔法学院どころか国中を見渡してもリアンくらいのものでした。
全部、ただの推測でしかありませんが……。
稀人族。
力があり人型になれる妖精と人間の間に生まれた種族を、そう呼びます。
人間とほぼ変わらない容姿をもちますが、
特徴としては、強い魔法の才能があることと
「無性別」で生まれ、10歳くらいの時期に自分でどちらかの性別になるか選ぶことができ、名前もそのときにすこし変えるそうです。
この世界はファンタジー寄りなので、そんな存在もありえるんですね。
攻略キャラから逃げ回り、
まさか、ヒロイン(かもしれない)を攻略していた(かもしれない)とは……。
かもしれないだらけとはいえ、神様の悪戯というのをひしひしと感じます。
でもまぁ、基本的には、どうでもいいことです。
乙女ゲームとはまったく関係ないシナリオを歩み、今日、やっと、二人で努力して努力して作った晴れの日――めでたしめでたしな結末を迎えるのですから。
「エリザ様」
白いタキシードをばっちりと着こなし、髪をオールバックにしたリアンが私を迎えに来てくれました。
最近、リアンは急激に男らしくなり、なんだか、どきどきが止まりません。
ああ。もちろん立派になって嬉しい…というおかんスピリットも刺激されますが。
「やっとお迎えにあがれました」
そう誇らしげに
そして
たまらなく幸福そうに微笑むリアンが、私の幸せです。
完
読んでいただいてありがとうございました。
かなり変な文で変な展開と変な着地というぼろんぼろの作品ですが、やりきった感でいっぱいです。
とにかくエリザベスちゃんが、自分の生き方で、精一杯生きられたようなのでよかったなーと自己満足してます。リアン視点でもうすこし物語がある…かもしれません。
同じような状況からはじまるローザちゃんのお話。
「子豚ちゃんはのろいを解きたい所存です。」
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もよかったら読んでください。(宣伝)