第55話 弱まった浄化の力
犯罪奴隷の開拓村で発生した瘴気は、予想以上に深刻だった。
現地に到着すると、村の周囲には黒い霧のようなものが漂っていた。
「これは……」
私はすぐに浄化魔法を発動する。
いつもなら、私の魔法が届いた場所から瘴気は消えていく。
ところが今回は違った。
浄化しても、地面の奥から次々と瘴気が湧き出してくる。
「ローザ、大丈夫か?」
ノルが心配そうに声をかけてくれた。
「ええ。少しおかしいけれど、問題ないわ」
そう答えたものの、内心では困惑していた。
これまで、こんなことはなかった。
それから数週間。
同じような現象が、領内のあちこちで発生するようになった。
最初は犯罪奴隷の開拓村だけだった。
しかし、今は領内各地から瘴気が噴き出し始めている。
「ローザ様、こちらの村でも瘴気が確認されました」
「こちらもです!」
報告が次々と届く。
私は地図に印をつけながら考え込んだ。
どうしてだろう。
これまでずっと抑えられていたのに。
「ローザ、少し休んだ方がいい」
ノルが私の肩に手を置いた。
「でも、今はそれどころじゃ……」
「だからこそだ。君が倒れたら、もっと大変なことになる」
確かにそうだ。
私は椅子に腰を下ろした。
疲れが溜まっていたのだろうか、そのまま眠るように倒れてしまった。
次の日、目を覚ますと自室のベッドに横たわっていた。
よく眠ったせいか頭はスッキリしている。
「奥様」
アーナが珍しく静かに部屋に入ってきた。
「おめでとうございます!」
「え?」
「ご懐妊です。赤ちゃんですよー」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……私が?」
「はい。間違いないですう」
思わず自分のお腹に手を当てる。
そこに、新しい命が宿っている。
「ノル……」
すでに知っていたのだろう、アーナの後ろからついてきていたノルがベッドの横に跪いた。
「ローザ!」
ノルがゆっくりと私を抱きしめた。
「ありがとう。ありがとう、ローザ」
彼の声が少し震えている。
私も彼の胸に顔を埋めた。
嬉しい。
本当に嬉しい。
けれど、同時に気になることがあった。
「ねえ、ノル。もしかしたら、瘴気のことと関係があるかもしれない」
「どういうことだ?」
「私の浄化魔法は、ずっと領内全体に作用しているの。意識していなくても、常に魔法を発動し続けている状態だった」
そして今。
自分の身体に新しい命が宿っている。
魔力の使い方が、知らないうちに変化していたのかもしれない。
「妊娠によって、魔力の一部が子供に向かっているのかもしれないわ」
「つまり、今まで君が抑えていた瘴気が……」
「ええ。抑えきれなくなってきた可能性がある」
私は窓の外を眺めた。
緑豊かな畑。
楽しそうに働く領民たち。
この光景を守りたい。
でも、私がいつまでも魔法を使い続けられるわけではない。
「ノル。根本的に解決しましょう」
「根本的に?」
「今は吹き出した瘴気を浄化しているわ。でも私がいなくてもいいように、瘴気が噴き出さない土地にするの」
そのためには、瘴気がどこから来るのかを調べなければならない。
さっそく私たちは調査隊を編成した。
ダートウェル副団長をはじめとした騎士団、魔法使い、研究者。
そして私とノル。
さらにアーキリム兄さんのところに信書を届けた。
「ローザ様! 奥様! おひさしぶりです!」
「コーネル! アーキリム兄さんと引き離して申し訳ないけどこんな時はあなたがいないとダメなの」
「か、感激です! そんなにローザ様に頼られているなんてえ〜」
なんかいつものキリッとしたコーネルはどこにいったのかしらってくらい取り乱していてかわいい。
「また領内の瘴気が大変なので。協力お願いね」
「はい、お任せください。それと、ご懐妊おめでとうございます。決して無理はされませんように」
「ええ、大丈夫よ。ありがと」
私たちは激しく吹き出す瘴気の噴出口を調べ、地下に広がる空間まで探索した。
しかし、どれだけ調べても原因は分からなかった。
瘴気はどこか遠くから流れ込んでいるようにも見える。
だが、その先に何があるのか、誰にも分からない。
一方、領地の問題は深刻になっていった。
一般奴隷と犯罪奴隷、そして従来の領民との対立。
治安の悪化。
ここぞとばかりに増え出した盗賊の取り締まり。
犯罪奴隷の監督にかかる費用。
義務教育の学校建設や、食品加工、鉱石加工、薬品製造といった新産業も、人手不足で思うように進まなくなっていた。
「ノル様、領内の問題が増えすぎています」
事務官たちもパニックになっている。
報告書を前に、ノルが苦笑する。
「とにかく瘴気の解決が最重要だ」
「ここまでせっかく豊かになったのに」
「豊かになったからこそ、次の問題が見えてきたのかもしれない」
私はお腹に手を当てた。
まだ小さな命。
この子が生まれてくる頃には、少しでも安心できる土地にしておきたい。
そのために、今できることをしよう。




