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あっという間だった。



午後の光が、やわらかく差し込む部屋。


布団にもたれたままの総司が、少し気まずそうに笑った。


「喉に詰まらせるって……ちょっと恥ずかしいよねえ」


向かいで胡坐をかいていた原田が吹き出す。


「ああ、じじいみたいだ」


「ひどい。」


「いや、赤ん坊か?」


今度は永倉が肩を震わせる。


「ほら、えーんってな」


「永倉さんまで!」


沖田は頬を膨らませる。


壁にもたれた斎藤が、静かに口を開いた。


「……ただ、水を飲みに行って――あっという間だったな」


笑いが、少しだけ止まる。


沖田は天井を見上げる。


「……そうか。そうなんだ」


原田が腕を組む。


「まあ、な」


斎藤が短く答える。


それでも、やがて空気はほどけていく。


日々を懸命に生き 働き 鍛える彼らには

白刃の下で果てる覚悟は常にある。


だが その彼らにしても 微笑んで水飲みに行っただけの沖田の異変は…命の脆さを改めて感じさせられた。


原田が立ち上がり、背を伸ばす。


「よし。治ったらまた地獄の稽古だ」


「ええー」


「吐く前にやめてやるよ」


笑いながら三人が立つ。


「大事にしろよ」


「はいはい」


襖が開き、閉まる。

足音が遠ざかる。


部屋に、午後の光だけが残った。



沖田は、しばらくそのまま天井を見ていた。


――あっという間に、起きたこと。


自分の呼吸が、こんなにも頼りないものだとは思わなかった。


胸に手を当てる。


浅く、けれど確かに動いている。


さっきまで、みんなが笑っていた。


その笑いの向こうに、自分の命があったのだと――

ようやく実感する。


「……ほんとに、危なかったのか」


小さくつぶやく。


誰もいない部屋。

障子越しの光が、揺れる。


しばらくして、沖田は目を閉じた。


呼吸が、静かに整っていく。


――ちゃんと、休もう。


今度は、誰のためでもなく。


そう思ったとき、

胸の奥のざわめきが、ようやくおさまった。



■おまけ


夕刻。


屯所の一室に、静かな灯がともる。


総司の向かいにいるのは、監察方の山崎烝。

影のように気配を消す男の手に、細い鍼が光る。


「動かんでください」


低く、落ち着いた声。


「うん、なるべく……」


総司は苦笑する。


「副長に言われました」

「ドン と 太い 鍼を打ってこい とね」


小さくため息。


「それ、痛くない?」


「安心してください。元は鍼医です。ちゃんとした鍼を打ちますよ。

腕は 確かです。」


それから、


山崎の指は正確だった。


背に、腹に、静かに鍼が入る。


ちくりとした感覚のあと、

身体の奥がじわりと温まる。


「……不思議」


「気が巡るところです。体力を戻すために。

こちらは消化を助ける」


「なるほど……」


総司は天井を見上げる。


「おかげで、熱 だいぶ下がったよ」


少し間を置いて、


「僕、昔から、わりとすぐ戻しちゃうんだよねえ」


「聞いてます」


「格好悪いでしょう?」


山崎はわずかに口元を緩める。


「いいじゃないですか。それくらいあった方が、人らしい」


総司が吹き出す。


「何それ。ヒトだよ、僕」


少しの沈黙。


障子の向こうで風が鳴る。


「沖田さんが倒れると、いろいろ困ります」


静かな声。


に「……うん。迷惑かけたよね」


「ちゃんと水を飲む。ゆっくり食べる。

稽古は八分で止める――そう言われたでしょう」


「……さすが山崎さん、地獄耳だねえ」


少し笑ってから、


「でもさ、それ……新選組っぽくないよなあ」


命のかかった現場がすぐそこにある。


そこで 生き延びるためには強くなるしかない。

だから 稽古は 常に激しい。

それが 新撰組だ


山崎は、しばし黙る。


「それでも、ですよ。

両先生だけじゃありません。

皆、心配していましたよ。私も」


小さな声。

「とても、 心配 したんです」


総司はゆっくり瞬きをする。


「……うん。ありがとう」


最後の鍼を抜く。


「今日はこれまで」


総司は体を起こした。


呼吸が、深く入る。


「……効いた。楽になったよ」


「魔法の鍼です。想いがこもっています」


山崎は、わずかに笑った。


おしまい

「誤嚥総司」シリーズ、これにてひとまずおしまいです。


熱中症による体調悪化から、誤嚥を起こした総司の回復までのお話でした。


当たり前すぎて、普段は意識もしないこと。

けれど、それが突然できなくなることもある――。


苦しい場面もありましたが、最後はちゃんと、お湯を飲んで笑えるところまで戻れてよかったです。


そして実は、このあとの“後日談”も少しあります。

もう少しだけ、回復途中の総司たちにお付き合いいただければ嬉しいです。

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