固い剣士の手
裏庭で
近藤勇の愛犬、シロが近藤を見つけ、尻尾をふる。
近藤はシロを抱き上げた。
「おまえのおかげだ、シロ……!」
「とにかく、無事に目が覚めた。おまえのおかげで、早く助けられたんだ」
ぎゅっと抱きしめる近藤の目に、涙が光る。
「おまえが教えてくれなければ、総司は……」
そして、深く胸を突く自責の念。
「ありがとうな、シロ。総司はきっとよくなる。絶対によくなる……そうに決まってる……」
シロはじっと近藤の胸の中で、耐えるように身を預け、暖かな体を差し出す。
その柔らかな毛の感触に、近藤の肩の力は少しずつ抜けていく。
朝の光が、長い夜の緊張を溶かす。
震える近藤の腕を、涙を、白い犬は静かに舐めつづけた。
昼前に、また医者がくる。
「無事に目が覚めて、本当になによりです」
「とはいえ、まだ油断なりません」
あの時、永倉が、原田が、斎藤が、
必死に背を叩き、喉のものは出来るだけ吐かせた。
それでも、胸の奥に入ってしまったものがあるかもしれない。
それが、ゆっくりと悪さをしてくる。
熱が上がり、息は昨夜よりも苦しそうになっている。
こんなことが起きるとは、考えたこともなかった。
昼
庭では、木刀の打ち合う音が響いていた。
近藤は、自ら稽古をつけている。
「総司は若く、体力もある。だからきっと大丈夫だ」
そう永倉は、近藤を励ます。
近藤はひたすら剣をふるう。
「声が小せぇ! 総司がいねぇからって気を抜くな!」
普段よりも苛烈な声。
隊士たちは汗を飛ばしながら、必死に打ち込む。
総司の剣は、新選組の象徴だった。
その象徴が伏せっている。
隊の心は揺らぎやすい。
夜
土方は、沖田の居室の脇、ひとり廊下に立ったまま考えていた。
「……土方さん?」
弱い声。
息はとても苦しげではある。
だが、しっかりと目をさましていた。
そして、ゆっくりと布団から半身を起こした。
「起き上がるな」
「ふふ、カワヤに行きたいんです」
土方はすぐに駆け寄り、手を貸す。
「苦しいか?」
「いいえ、極楽ですよ。みんな優しいんです」
総司はゼイゼイ息をしながらも、微笑んだ。
「新選組副長の手を借りて、カワヤに行くのは僕だけですね」
「バカ。手ぐらい、いつだって貸してやる」
「ええ」
と、沖田は笑った。
その手は熱をおび、それでも固い。
確かな、剣士の手であった。




