表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/187

第六十六話 義元入洛


永禄六年九月。今川・浅井連合軍三万八千は、ついに山城国へと足を踏み入れた。近江を電撃的な速さで平定した勢いは衰えず、京の喉元を締め上げる巨大な大蛇の如く進軍を続けた。


上洛軍の前に立ち塞がるのは、三好家の防衛網を支える淀古城や勝龍寺城といった諸城であった。義元は激しい抵抗を予想し、柴田勝家や松平元康を先頭に据えて軍を進めた。

しかし、事態は意外な展開を見せる。いずれの城も、今川軍が陣を敷き、黄金の采配が一度振られるや否や、抵抗らしい抵抗もせず降伏、あるいは兵が去った後の無人の城として開城したのである。


「……拍子抜けであるな。三好の牙は、いずこに捨ててきたのであろうか」


先陣を進む柴田勝家が、血に飢えた槍を収めながら不満げに呟いた。三好家といえば、かつては細川氏を圧倒し、畿内を盤石に支配した「天下の覇者」である。その抵抗のなさは、あまりにも異様であった。


整然と京へ向かう進軍の最中、明智光秀と竹中半兵衛は馬を並べ、重苦しい表情で周囲の山々を見渡していた。


「十兵衛殿、この静けさ……どう見る」


半兵衛が扇子で口元を隠しながら問う。光秀は鋭い眼光を崩さぬまま答えた。


「異常だ。三好の主力は健在なはず。それにも関わらず、山城の要害をこうも容易く明け渡すとは。……これは敗北ではなく、『誘い』ではないか」


光秀の懸念は深かった。三好長慶の懐刀、松永久秀は知略に長け、合理を尊ぶ男である。それが無意味な敗走を続けるはずがない。


「左様。まるで、我らを最短距離で京の都、そして二条御所へと引き込もうとしているかのよう。……この先に、我らすべてを飲み込む巨大な陥穽かんせいがあってもおかしくない」


二人の知将は、三好家内部で起きたある事実を知る由もなかった為、久秀の策の可能性に、万全の注意を払い続けた。


九月下旬。今川義元は、ついに京へと足を踏み入れた。

長年の戦乱と、三好・松永の圧政に疲れ果てた京の民は、黄金の甲冑に身を包んだ義元の軍列を、畏怖と期待の混ざり合った視線で見守った。

義元は入京するや、ただちに治安回復を最優先に命じた。


「これより京の街における乱暴狼藉、略奪を一切禁ずる。また、三好の徴収した不当な税は廃し、関所を即刻解体せよ。民には黄金の法による安寧を、商人には自由なる交易を約束する」


義元の布告は、またたく間に京の街々に広がった。略奪を恐れて戸を閉ざしていた町衆たちも、今川軍の統制の取れた振る舞いを見て、次第に街へと戻り始める。


京の治安が回復し、民が義元を「救世主」と仰ぎ始める中、義元本隊は静かに二条御所へと包囲を縮めていった。

驚くべきことに、将軍・足利義輝が御座す二条御所には、門番の一人すら立っておらず、それどころか、そこにいると思われた松永久秀の姿もなかった。久秀は自らの兵をすべて引き連れ、飯盛山城の長慶の元へと去り、御所を完全に放棄したのである。

広大な敷地を包むのは、耳が痛くなるほどの静寂。光秀と服部半蔵が事前に潜入し、床下から天井裏まで精査したが、火薬も伏兵も見つからない。

そこには、ただ一人、御座所に座す将軍・足利義輝だけが、伝来の名刀を傍らに置いて待ち構えていた。


「久秀すら、おらぬのか……。三好は、この都を投げ出したというのか」


光秀が息を呑む。あまりの虚脱感に、軍勢の間に動揺が走る。だが、義元だけは乱れなかった。


御所の入り口で義元が馬を止めると、その傍に控えていた義父・武田信虎が、かつての甲斐の守護としての威厳を湛えた声で、静かに促した。


「婿殿、公方様がお待ちだ。……この静寂、逃げ出した三好の臆病風ではない。足利の誇りが、其方の黄金の法を値踏みしようとしておるのだ」


信虎の言葉に、義元は深く頷いた。


「余が築く新しき世、まずはこの歴史の壁を越えねば始まらぬな」


軍勢が立ち並ぶ中、義元は静かに馬を降り、ただ一人の主が待つ、静寂の深淵へと足を踏み入れた。

誰もいない御所に、ただ独り座す剣豪将軍。久秀の気配すら消えた空間で、義元は何を語り、何を成すのか。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

御評価いただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ