第三十五話 蝮を継ぐ者
美濃の闇を照らす墨俣黄金砦の輝きとは対照的に、稲葉山城の奥深くでは、一国の主の命が静かに、しかし激しく燃え尽きようとしていた。
永禄四年、初夏。今川の威光がじわじわと美濃を浸食する中、一色義龍は病に倒れた。かつて父・道三を長良川で討ち果たした屈強な肉体は見る影もなく、死の影がその相貌を覆っていた。
枕元には、まだ幼き嫡男・龍興、そして西美濃三人衆の稲葉一鉄、安藤守就、氏家卜全。そして、静かに控える竹中半兵衛の姿があった。
「皆……儂を、道三の才に及ばぬ『のろまな巨漢』と蔑んでおろうな……」
義龍は血の気の失せた大きな手を見つめ、自嘲の笑みを漏らした。
「道三……あの蝮は、細身で鋭く、一瞥で人の心を見透かす。対して儂は、この不格好な肉塊よ。道三が儂の顔を見るたびに浮かべた『失望』を、儂は生涯忘れることはできなんだ」
道三という天才の血を継ぎながら、その風貌も気質も似ることはなかった。その絶望的なまでの「相違」こそが、義龍を狂気へと駆り立てる燃料となったのだ。
「儂が道三を討ったのは……道三が『蝮』であることを、途中で止めたからだ」
義龍の瞳に、最期の光が宿った。
道三は、美濃を「究理処」として弄び、飽きれば信長という次代の強者に差し出そうとした。国を盗るだけ盗り、捨てようとした。義龍は、それが許せなかった。
「道三が美濃を捨てるなら、儂が道三の皮を剥ぎ、その知略を奪い、『本物の蝮』になって国を守り抜く。道三がかつて演じた『美濃を背負う英雄』を、儂は道三以上に完璧に演じ抜かねばならなかった……。そうでなければ、この泥臭い巨躯を持つ儂に、美濃を治める資格などないのだからな」
父・道三が「野心」で奪った国を、義龍は「執念」で守ろうとした。道三が冷酷さを装ったのなら、義龍は実の父を屠ることで、父以上の冷酷さを証明してみせた。すべては、道三に似ぬ己が、道三以上に道三らしく振る舞うための、あまりに悲しい虚飾であった。
義龍は震える手で、嫡男・龍興を招き寄せた。
「龍興……お前は……儂に似て、また不器用よな。だが、三人衆……半兵衛……。どうか、この『偽物の蝮』に最後まで付き合ってくれ……。今川の黄金などという光に、美濃の魂を……売らんでくれ……」
義龍は、自分が道三になれなかったことを悟りながら、静かに息絶えた。
「義龍様……貴方は、あまりに美濃という『土地』に執着しすぎた。道三様を越えようとして、美濃という重石に圧されていたのですな」
半兵衛は、主君の死顔に静かに語りかけた。
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