第8話・朝の散歩
三日連続の集会の後、二日間の放置があった。
無個性な個室でまた暇な時を過ごす。
一日三回の食事はしっかり用意されたが、ひげ男たちからの尋問らしい尋問もなく、退屈極まりなかった。
議論に参加もできず、不必要だと判断されたのだろうか?
そう考えると、また漠とした恐怖が襲ってくる……。
役立たずはどうなるのだろう?
その翌朝……。
朝食を待っていたが、なかなか運ばれてこなかった。
部屋に時計がないので正確な時間はわからないが、窓から差し込む日の傾きや腹の減り方から、午前10時は過ぎているはずだ。
いつもであればこの二時間前ぐらいに朝食は運ばれて来ていた。多少の感覚のズレはあるにしても、遅すぎる。
囚われている人間が複数いるし、忘れられたのか?
それならそれでいい。体をあまり動かしていないので、朝食が一回抜かれても問題はない。
だが、故意に食事を抜かれているのだとしたら……?
こいつはもう不要で、どうせ後々始末するのだから、エサをやる必要はない。そう判断されたのだとしたら……?
その考えに至り気を揉んでいると、突如扉が開かれた。ひげ男たち三人が部屋に入ってくる。
「な、何だ、あんたらか……。朝食が来ていないんだが……今日はその前に尋問か?」
ベッドから跳ね上がって訊くと、ひげ男こと長田が首を横に振った。
「違う。朝飯も今日はない。今から違う場所に移動するから、黙ってついて来い」
「移動?」
長田は頷き、金髪男と丸坊主に俺の腕を押えさせた。
三日間続けられた集会の時と同じフォーメーションだったので、てっきりあの大部屋に連れて行かれ、また話し合いに参加させられるのかと思った。
しかし、廊下を渡り、一フロア下へ行っても、男たちはまだ階段を下り続けた。
「あの大部屋に行くんじゃないのか?」
横に顔を向けて訊くと、金髪男が鼻で笑った。
「どうせもうお前の頭から出るもんはないだろ?」
「そ、それはまぁ……」
「まぁ、向こうに着いたらいろいろ教えてもらうと思うから、楽しみにしてな。ハハハ」
「楽しみに……?」
「おい、喋ってんじゃない。注意を受けるのは俺なんだぞ? 俺たちは俺たちに与えられた仕事をするだけだ。今はこいつを連れて行くだけ。余計な話はするな」
前を行く長田がわずかに振り向き、自分の肩越しにそう言うと、金髪男は肩をすぼめて、笑顔のまま謝った。
汚らしいコンクリートに囲まれた、薄暗いらせん階段を数フロア分下りて、ついに廊下へ出た。
他のフロアの廊下よりも幅が広く、向こう側に見えるガラス戸から明るい光が入りこんでいた。人工的な灯りではなく、自然光のようだ。
気のせいか、廊下を流れている空気も涼やかで新鮮な感じがする。
もしや……と、思う。
廊下を渡って、先頭の長田がガラス戸を開ける。
そう、その先は建物の外だった。
長田は訝る俺に、「何をやっている? 早くしろ」と、表へ出るよう促した。
三人の男に囲まれながらではあるが、久しぶりに屋外へ出て、自然の光、空気を身体中に感じた。
しばらくそのまま深呼吸をしていたい気分だったが、三人に急かされて尚も歩き出す。
一度振り返って、今までいた建物を見上げた。外観を見るのは初めてだ。
巨大な四角い岩に扉や窓を取り付けたような灰色の不格好な建物にいたことがわかる。
建築家が実験的に造ったアーティスティックな建物と捉えることもできなくはないが、やはり急ごしらえで造られた印象の方が強かった。
その建物をコンクリート塀が取り囲んでいて、いかにも収容所という感じだ。
その塀に小さな鉄格子の扉があり、数人の門番もいる。
長田が門番たちと事務的に言葉を交わし、扉を開けさせ、更にその向こうへ出た。
目の前に、綺麗に刈り込まれた芝生が広がり、そこにいくつかの舗装された道路や駐車場のようなスペースが設けられていた。
100メートルほど先に、また高く長い塀が見えるが、今抜けてきたコンクリート塀よりも格段に立派で警備も厳重そうだ。
一言で言えば、軍隊の基地の中にいるような感じだった。
先導役の長田は右に進路を変え、隣の建物へ向かって行く。
隣の建物は、俺たちがいた建物よりもまともだった。
真っ白のシンプルな外観だが、それがかえってスタイリッシュな印象を与えている。
その先にさらに大きく荘厳な建物が見えた。そこに向かって伸びた道路が一番広く、両側に等間隔で並んでいる外灯の数も多い。
正面の塀には、大きな門もあるので、どうやらその建物がこの敷地内の中央に当たる象徴的な場所なのだろう。
長田はその立派な建物には目もくれず、手前の白い建物の中へ俺を誘導した。
室内はやはり、先ほどまでいた建物よりも綺麗で明るかった。
小さな受付カウンターや守衛室のような場所があり、どこかのオフィスのような印象だ。
長田は受付嬢や守衛らしき男と目礼をしてから、奥のエレベーターに乗り込んだ。
男にくっついて、俺と両サイドの二人も乗り込む。
エレベーター内も清潔なオフィスに相応しい物だった。
この建物内でわずかに違和感を与えるものは、人々の服装ぐらいだった。
受付の女性は水色の厚い布地のワンピース姿で普通であったが、守衛と思しき男の格好が普通とは違っていた。
紺色のシャツとズボンまではいいのだが、その上にやはりひげ男や金髪男と同じような防具を身に着けていたのだ。
そして腰には警棒と一緒に、当たり前のように剣を吊るしていた。
近代的なオフィスのような建物内に、中世ヨーロッパの兵士のような男たちの武具だけが奇異に感じる。
エレベーターが最上階に着き、長田はフロアの奥の『吉良』と書かれたプレートが貼ってある扉をノックした。
「吉良さん。長田です。うちの班の者を連れてきました」
「入ってください」と、中から聞き覚えのある声がすると、長田は「失礼します」と言って扉を開け、俺に目で入るように合図した。
中はシックな色の絨毯が敷き詰められた40帖ほどの部屋だった。
高級そうな家具調度が並んでいて、特に、本で埋め尽くされた幾つかの本棚が目立つ。
コーヒーブラウンの上等な机と黒い革張りの椅子の向こうで、こちらに背を向け立ち、窓の外を眺めている男がいる。
「……ご苦労様。では君たちは後ろに下がって、彼だけ少し前に」
男は振り返って、こっちに向かって手招きした。
その男は、大広間での議論の際、パチンコ玉の右隣にいたメガネの男だった。初めて知ったが、吉良という名前らしい。
「長田班の……瀬戸翔琉君だったね?」
「……長田班かどうかは知りませんが、はい。瀬戸です」
それを聞いて吉良は苦笑いをし、メガネのブリッジを上げた。
「今日、あの部屋からここへ連れて来られた理由がわかるかな?」
「いやぁ~、教えてもらってないですね」
「終わったのだよ」
「へ?」
吉良のあっさりした言葉に、思わず変な声を出してしまった。
吉良は微笑を浮かべ、両手を机の上について、今度はもっとわかりやすく告げた。
「ここから解放されるということだよ。君を含む数人の者は今日、この場所から出てもらう」




