第869話・神栖の妹 ≪キャラ挿絵≫
夏休みももう終わる頃。
俺たち『牙』組は北東大通りへ買い物に出ていた。
『牙』組以外の者はバイトに出ているか遊びに出ているか残暑でバテてアパートで寝ているか、だ。あとは松川姉さんが最近は珍しく旦那のもとに戻っている。
『牙』組メンバーの中でも青葉と東御と二宮はそれぞれ家族と過ごしているためおらず、買い物に出たのは俺と琴浦姉妹と鹿角、桜川とミュウ&トラヒメ、そして夏休み中毎日のように『ビッグドーナツ』まで足を運び、出かける際はついて来る鳩ケ谷だけだ。
まぁ、要するにほとんどいつものメンツで、食料品やメンバーから頼まれている物、新学期で必要な物などを買って行く。
そうしているうちに、神栖と野木とバッタリ会った。
二人は衣料品店でシャツなどを買う所だった。と言うか、野木のその買い物に神栖が付き添っていただけのようだが。
「わ~い、野木さんと神栖さんだ~。久しぶり~」
「ハロ~。もうすぐね、学校」
まず雛季が近づき、次いで鹿角が寄って行く。
野木は「やあ」と嬉しそうにしたが、神栖は一瞬やや渋い表情を見せたのを俺は見逃さなかった。
「こいつらと会えてもなぁ」と、こちら側では鳩ケ谷も苦々しい顔だ。
とりあえず先に買い物を済ませた野木たちが店を出てくると、また琴浦姉妹や鹿角が歩み寄ってその場で少しお互いの夏休み中の話をした。
こちらの話は基本、遊びの話で、野木が楽しげに聞き時折口を挟んだものの、神栖は相変わらず愛想がなかった。しかし、最近あった射水との死闘の話は少し興味深かったようで、多少会話に加わった。
野木たちの方は、野木の親戚の店の手伝いを中心にこれと言った大きなこともなく夏休みを過ごしていたようだ。
ただ、店が休みの日には魔溜石採取にも出かけたらしく、その回数は俺たち『グラジオラス』メンバーよりも多かったようだ(篠山組は除く)。新学期には『個人戦』で、俺は神栖と戦うことになる。この男がさらに強くなった気がして俺は少し焦る。
「……聡汰。そろそろ帰ろうぜ。ここは暑い」
話が長引くと思ったのだろう、神栖は隙をついて言った。
「暑いと言いながら、あまり汗を掻いてもいないし爽やかだな……。汗ダラダラの俺たちへの嫌味のようだ」と、俺は言った。
神栖はジロリと横目で俺をにらんでくる。
「そうね、ここで話すのもなんだから、店にでも行く?」と鹿角がいたずらっぽく笑って言い、雛季や桜川も同調。
「あ、うん! アイス食べながら話そう!」
「私も少し涼しい所へ行かないと、溶けちゃいそうです……」
ただ、美咲は神栖が迷惑がっているのをわかっていて、鹿角たちを諭す。
もちろん神栖も鹿角の言葉に「いや、そういうつもりで言ったわけではない。そろそろ話をやめて帰ろうということだ」と眉根を寄せながら言い返した。
また、鳩ケ谷も「それならワシもはよ『ビッグドーナツ』に帰りたい」と呟く。帰っても彼は部屋まで上がれないのだが、それでも中庭などには『黒衣の花嫁』メンバーや露店に来た女性客が多くいるから男二人と話をしているよりはいいのだろう。
しかし、その鳩ケ谷の口元が急に綻んだ。
一人の清楚な服装の若い女の子が俺たちの方に近寄って来たからだ。
水色のワンピースに白いハット、ベージュのトートバッグを持ったその子は、端正な顔立ちで化粧は薄いが華がある。こぼれた笑みは自然で、キュートだ。
右の方でまとめたブロンドの髪を揺らしながら近寄って来て、神栖の前で止まった。
「ああ、やっぱり、拳誠お兄ちゃんだ」と、彼女は言った。
「おお、可愛らしい……え? 今、何て?」
目を丸くする鳩ケ谷。美咲たちも驚きの表情で女性や神栖たちを見る。
「ああ、美玖さん、久しぶり!」と明るく言った野木の後に、神栖も「美玖……」と呟く。
「えっと……」
「誰々~? 可愛い人なの」
鹿角や雛季が神栖たちの様子を窺う。
神栖の方を一度見てから、野木が応じた。
「ああ、彼女は美玖さん。君たちも知っていると思うけど、神栖さんには離れ離れになっている4人の妹や弟たちがいて、彼女は上から3番目、神栖さんの上の妹の方だよ」
「おお、神栖さんの妹ちゃん!」と、鹿角。
「ああ、少し似ているの、髪の色とか!」と、雛季。
「確かに綺麗です……あ、すみません、何を言っているんだろう、私は」と、桜川は暗に神栖の顔立ちも褒めたようになってしまったことが恥ずかしくなったのだろう、顔を赤らめた。美咲に「大丈夫。言いたいことはわかるよ」と優しく言われる。
「えっと……この方たちは……」と、戸惑う神栖の妹。
その前に鳩ケ谷が出て行き、握手を求めながら言った。
「鳩ケ谷兵太です。神栖君とは同じ『牙』に通う友人……いや、親友です。兵太君もしくは兵ちゃんと呼んでください!」
「いつ親友になったんだ?」と、神栖が小さくツッコむ。
「神栖君が休んだ次の日は、ノートを見せてあげたりする仲で」と、尚も続ける鳩ケ谷。
「クラスが違うだろ」と、神栖はまたツッコむ。
「喧嘩するほど仲がいいと言うか、神栖君にはヘッドロックされたりラリアットされたりもするんです」
「それは鮫川との思い出だろ。一方的にやられてるだけだし」と、今度は俺が鳩ケ谷にツッコむ。
「ああ、『牙』の……。いつも兄がお世話になっています。これからもよろしくお願いします」と、神栖妹はためらいながら鳩ケ谷の手を握り、美咲たちにも頭を下げた。
「特に世話にはなっていない。気を遣い過ぎだ、美玖」と神栖が少し不機嫌そうに言うが、妹と雛季たちは改めて自己紹介などをして賑わっている。ちなみに鳩ケ谷も必死に混ざろうとしている。
神栖は小さく溜息をついてから言った。
「……それより、おじさんたちはどうなんだ? 元気か?」
「おじさん? ああ、妹ちゃんには別のお父さんお母さんがいるんだっけ?」と、やや混乱している雛季に、「子供の頃にご両親が亡くなっているから、神栖さんの兄妹はそれぞれ里親の所で育ったんだね」と美咲が説明的に言う。
小さくうなずいてから、神栖妹は兄に言った。
「あ、うん。元気は元気。でも、前にも言ったことあると思うけど、経済的に大変で……。ああ、でもね、私が雑貨店で働けることになったから、ようやく恩返しできそうなの」
「雑貨店?」と、神栖。
「私がデザインした物も置いてもらえるんだ。そのお店がこの近くだから、今日はこの辺で借りられる家を探していたところなの」
「一人暮らしになるのか?」と、神栖はまたぶっきらぼうに訊いた。
「うん。お店が少し遠くなるから、お義父さんたちと話し合って、この辺で私の部屋を借りることになったんだけど、なかなか決まらなくて……。まだお義父さんたちにお金を借りている状況だから、少しでも安い部屋がいいんだけど」
「それなら! 野木君のアパートがこの辺なんでしょう? 神栖さんも一緒の」と、鹿角。
「あ、そこに住めばいいんだ!」と雛季も言い、鹿角もうなずく。
美咲は「勝手に決めないの、二人とも」と諭し、神栖も「おいおい」と不快感をにじませる。
「ああ、でも……うん」と、野木は笑みをこぼした。
「僕らは今、子孫のおじさんたちの店の2階に住まわせてもらっているんだけど、もう一部屋ぐらいなら用意してもらえるかも? 物置になってしまっている部屋があるから」
「聡汰。さすがに悪いだろ……」と神栖はやはり乗り気じゃないが、野木は尚も言った。
「神栖さんの妹さんなら、おじさんたちも歓迎するでしょ? いつも神栖さんが僕を護ってくれることに感謝しているし。それに、神栖さんも困っている妹さんを助けたくないの?」
「そうよ。あなた、そこまでクールな人間なの?」
「泊めてあげればいいじゃんか~」と、鹿角や雛季も他人事だと思っていい加減に加勢する。
「助けたくないわけではないが……」
「そんな提案していただいてありがとうございます、野木さん。新しい部屋が見つかるまでそうしていただけると助かりますが……お兄ちゃんは反対?」
神栖妹が懇願するような目を兄に向けた。そんな表情をされたら、俺なら絶対協力するだろう。
鳩ケ谷も、神栖と、そして野木にも嫉妬する。
「ええのう、美人の妹に頼られて。野木の野郎も、美玖さんと一つ屋根の下か……それが狙いなんじゃな、あいつは」
「お前にも一つ屋根の下で暮らす妹がいるんだろう?」と、俺は目を細めて言った。
「そう、ブスじゃけどな……って誰がブスじゃ! ワシの可愛い一人だけの妹じゃ!」
「俺は何も言ってねぇ!」
俺たちがそんな実のないやりとりをしている間も悩んでいた神栖だったが、野木や鹿角や雛季に押され、とりあえず妹を連れてその部屋に戻ることにした。
「それじゃあ、私たちもお邪魔しようかね」
「ああ、いいね! 野木さんの部屋、見てみたいの!」
鹿角と雛季が肩を組み浮かれた声を発したが、当然美咲や神栖に止められた。
結局、彼らとはそこで別れることに。鹿角は半ば冗談で言ったようだが、雛季は本気だったようで、断られてしょんぼりした。
【挿絵】左から神栖拳誠(兄)、神栖美玖(妹)、鳩ケ谷、雛季、トラヒメとミュウ




