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第865話・【前半三人称視点】霊魂の不滅

 射水夜紗(いみずやしゃ)とその父は、借金取りから逃げるため住処を『冒険者の町』の外れのあばら家に移し、できる限り人目に触れないような生活をしていた。

 

 しかし夜紗が15になった年、適性試験で『エイト剣』を与えられてからは、射水が魔溜石(まりゅうせき)採取に出て親の生活を支えた。

 父親はその少し前に病気になっていた。

 射水の働きで生活費などは何とかなっていたが、病気の治療代を捻出するまでには至っていなかった。

 

 そのため父親は、1年間苦しみながら、やがて死んだ。

 その後もしばらくはそのあばら家で一人生活していた射水だったが、二十歳になって『ゴブレット』に戻った。

 

 小さなアパートの一室を借り、その後も魔溜石採取で生計を立てていた。

 パーティーに所属せず一人でも生活するには充分な魔溜石を集めることができていた。それだけ射水の魔法剣士としての能力は高かった。

 

 だが、ある時、かつて父親を追い回していた借金取りの一味に見つかり、また追われるようになった。そしてある夜、そのうちの2人組を魔法で殺してしまった。

 

 それからは、死んだ二人の仲間たちはもちろん、衛兵や中央本部兵からも追われることになった。

 死んだ者たちはゴロツキだが、殺してよいということはない。また、借金取りに関しては街の秩序を保つためにある程度中央本部から容認されていることだ。中央本部兵もその下に位置する衛兵も、強盗集団などが殺された場合などよりも真剣に捜査に出た。

 

 それでもしばらくは住処を転々としながらも『ゴブレット』内に留まっていた射水だが、結局また、事件が風化するまでは『ゴブレット』外に出ざるを得なかった。

 それも、もう『冒険者の町』に戻ることもできなかった。そこまで捜査の手が伸びていたからだ。

 射水は魔獣がうろつく『ゴブレット』外の森で一人、過ごすことになった。

 

 そして、ある夜、寝ている間に襲ってきた魔獣によって命を落とした。その魔獣に体を食われた。

 

 永い眠りの後、射水は再び目覚めた。

 はじめは、幸運にも助かったのだと思ったが、魔獣に襲われてから1カ月以上経っていたことや、自分の体の変化(肌がこれまで以上に青白い、痛みが感じにくい、流れる血の色が黒みがかっている、身体能力が異常に高い、意識を集中すると魔法のような気が体から発せられるなど)に気づき、自分は魔獣人となってしまったことを理解した。

 

 ただ、これまで耳にしていた他の魔獣人と比べ生前の記憶がかなり残っていることもわかったし、知能が極端に低下していることもなかった。

 そのため、また人間として生きることを決めた。

 

 人間として生きるなら、『エイト剣』士として生きたいと思った。

 しかし、生前使っていた『エイト剣』はなくなっていた。中央本部よりも早くにそれを見つけた者が、回収したのだ。

 

 そうとも知らず、射水は必死に自分の『エイト剣』を探した。

 その(つば)には、『射水』の名が刻まれている。それは、『エイト剣』を授かった時、父親が刻んでくれたものだ。

 

 鉄工所を失い、借金取りに追われ、酒に溺れ、荒れて母親や養子にも手を上げ、さらには病気がちになっていた父親だったが、射水が『エイト剣』を授かった時はとても喜び、活躍を期待してくれた。

 収入の期待もあっただろうが、息子の将来に光が差したことを本当の親として喜んでくれたのだ。

 

 貧しくなったが、母親が去ったが、病気になったが、射水の父であろうとして最後に見せたのが、『エイト剣』に名前を刻んでくれた姿だ。

 その思い出の剣を、失った。

 

 魔獣人となった射水は『ゴブレット』に潜伏し、自分の『エイト剣』を探した。

 別の場所でその剣は菊池たち一味の手に渡り、やがてカケルの手に渡ることとなるが、この頃の射水には知る由もなかった。【第46話・参照】

 

 そんな中、射水は自分の中に別の、見えない()()が起きていることに気がついた。それは街にいると頻繁に、体の底の方から湧き上がってくる暗い欲望だった。

 魔獣の遺伝子に組み込まれている本能……人を見ると襲いたくなるというものだった。


『ゴブレット』で生活するには極力中央本部の目につかないようにしなければならなかったが、その魔獣の血の(たか)ぶりを抑え込むことは難しく、射水はついに殺しを繰り返すようになった。

 こうして、殺し屋・『銀獣』は誕生した。

『射水』の名が刻まれた『エイト剣』を探しながら、殺し屋として夜を、そして影を生きて行くことになった。


 *******************************************


「その貧しい生活が、金を持った奴や、暴力で借金を回収する奴らへの恨みとして積もって行き、魔獣人となった今、より凶悪な人間になったわけだ」と、院長の話を聞いた中央本部兵の一人が言う。

 

 しかし別の中央本部兵がわずかに首を振る。

「いや、人間だった頃はもっとまともだっただろう。どんなに不幸な境遇に陥ったとしても、こんな冷酷な人間はそうは生まれない。魔獣人になってしまった、それがこの男の悲劇というものだ」

 

 もっともだとは思うが、この中央本部兵たちが自分たちのような特権階級の人間への批判をさりげなくかわそうとしているようにも思えた。


「……いや、恨みだ」

「?」

 突如、暗い声がした。射水がわずかに一同を見上げ、口を開いたのだ。

 

 中央本部兵たちは慌てて剣や弓を構えた。すぐに各々の刀身やハンドルが青白い色や黄緑に光った。

 先生たちも俺たちも少し遅れて構える。


 ただ、射水が反撃の動きを見せる様子はない。未だ黄緑の気に四肢(しし)を封じられた状態で口だけを微かに動かし、かすれた声を出し続ける。

「こうなる前から、恨んでいた……。贅沢に生きる人間を、幸せそうな奴らを……」


「やはりね。この男は魔獣人になる前からこうなんですよ」と、先ほど同じことを言った中央本部兵が小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「そうか……。まぁ、確かにお前は人として生きていた時の記憶や知能をまだ多少持っていそうだからな」と、別の中央本部兵も言葉を継いだ。


「しかし、そうだとしたら」と、俺は口を挟んだ。

「依頼があったとは言え、世羅(せら)って人を殺したってことは……? あんたは実の双子の弟を、認識して殺したってことだよな? みんなが間違えるほど自分にそっくりな顔の弟を、躊躇(ためら)いもなく殺したってことか?」


 射水は微かに口の端を吊り上げる。

「それが俺の仕事だ。相手が誰であろうと関係はない。それに……俺はあいつも恨んでいた」


「そ、そんなことはないだろ、夜紗? 君は、魔獣人としてそう言っているだけだね?」と、院長が(さと)すように言うが、射水は生気の失われた眼のままで続けた。

「いや、こうなる前から、恨んでいた……。あいつは、自分が裕福な暮らしができればそれでよかったのだ……。俺のことなど、もう気に掛けていなかったのだろう。俺がその後どんな不憫(ふびん)な生活を強いられ、どれほど困窮したのかを知らない……。今もあんな部屋に住んで……死んで当然だ」


「違う……!」と院長はしゃがんで、射水を見据えた。

 いくら体が封じられていると言っても相手は魔獣人、危険だ。中央本部兵たちも離れさせようとするが、院長は構わず続けた。

大和(やまと)は! 君を気に留めていた! 私と会うと、必ず君の話になった」

「俺の話……」


「そう、孤児院で過ごした間のわずかな出来事を、いっつも同じようなことだったが、それを何度も。そして、今の君がどんな生活をしているのかも気に掛けていた!」


「……」

 射水は再び目を閉じた。世羅に似ているその目を。


「しかし君たち親子の居場所がわからず、何もできなかっただけなのだ。だが、自分たちと同じような境遇の子たちには寄付を続けていたし、今日のように試合に招待したりイベントを開いたりしていたんだ。どんなに成功したとしても、忙しくなっても、貧しい子たちへの活動をしていた!」


「……」

 射水は目を閉じたままだった。力尽きたのか……いや、院長の言葉が体にしみこんでいっているのかもしれない。


「射水夜紗君。君も、魔獣人でなければ、彼を殺すほど恨みはしなかったはずだ。そして生きたまま出会えたのなら、二人はまたかけがえのない兄弟になったはずだ」

 院長が涙声でそう言うと、後ろで耳を傾けていた美咲や桜川たちの目も潤み、それにつられるようにして雛季(ひなき)や二宮も寂しそうな顔になった。


「……さぁ、いつまでもこうしてはいられない。封印魔法が解かれてしまうだろう」

「そうなったら、また反撃されますからね。いくら諭しても、相手は魔獣人だ。人を殺すために生きている」

 中央本部兵たちが言って、射水を取り囲みだした。

 同時に彼らが発動した封印魔法の黄緑色の気がさらに射水の体を包む。

 

 その時、射水は一瞬だけこちらに目を向け、小さな声を発した。

「その剣……『射水』の名を……絶対に削るな」


「削るな? ああ、この(つば)の刻印か……。わかった」と、俺は力強くうなずく。


「向こうに運んで火葬する。あなたたちは見たくないだろう? 下がっていな」

 中央本部兵が気に包まれた射水をマネキンのように抱えて、木立の奥まった場所へ運び始めた。


 その途中で、射水がまた何かを呟いた。

 一番傍にいた院長が耳を寄せ、射水の最期の言葉を聞きとった。

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