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第82話・ビルのように

「ミュウちゃ~ん! ミュウちゃ~ん! いるなら返事返して~!」

 雛季が森に向かって呼びかける。美咲たちも続いて叫ぶ。


 先に魔巣窟を出ている可能性もあるので呼びかけながら進んでいるのだが、森の中から返ってくるのは風に揺れた木々の葉のざわめきと鳥や獣の鳴き声だけだ。


 再び俺たちの目に魔巣窟が映った時、みんな抱いていただろうその不安がさらに現実的なものになった。

 というのは、あの巨人が魔巣窟の入り口に手を突っ込んでいたからだ。


「あいつ……何しているの?」

 鹿角(かづの)が『エイト剣』を鞘から抜きながら、不安気な声で言った。

 

 荒々しい声を上げるケイブジャイアントのその行動は、どう見ても穴から獲物を引っ張り出そうとしているようにしか見えない。

 そしてその獲物はおそらく人間……ミュウというあの少女だろうことは容易に推測できた。

 

 躊躇(ちゅうちょ)している時間はない。

 俺たちは一斉に巨人のそばまで駆け出し、その背後を囲むように等間隔で並び立った。

 直後、ケイブジャイアントの足がわずかに後退してきた。

 それに合わせ俺たちも一斉に後ろへ下がる。

 

 見上げれば、ケイブジャイアントが魔巣窟からその手を引いていた。

 その手にはやはり薄紫の長い髪と白いワンピースのスカートを揺らした少女が掴まれていた。

 彼女がいくら小柄で華奢な体とは言え、人間の腰を片手で掴みおもちゃのように持ち上げているバケモノに改めて恐怖を覚える。


「ミュウちゃん! みんな助けに来たよ!」

「待っていてね! すぐ下ろしてあげるから」

 雛季、美咲と彼女に声を掛ける。


「捕まった……。食べられるかな?」

 少女は泣き叫ぶわけでもなく、逃げ出そうともがくわけでもなく、木からもぎ取られた果実のようにケイブジャイアントの大きな手の中でジッとしながら、抑揚のない小声でそう呟いた。


 ぶらりと垂れ下がった白く細い両脚を、まるでブランコを漕いでいる時のように小さくパタパタさせている。

 その妙な落ち着きぶりを見ていると、むしろ宙に浮いていることを楽しんでいるようにさえ思えてくる。

 

 なぜ自分たちのそばを離れたのか?

 みんな彼女に訊きたいことはいくつもあるだろうが、今はその時ではないとわかっている。


 美咲はすでに剣を発光させながら言った。

「鹿角さん、私が『BAND(バンド)』であの右腕を押さえるから、その間ミュウちゃんを何とか救い出せない? 『BAND』でどのくらい押さえていられるかわからないけど……」


「わかった、やってみる。美咲もできるだけがんばってよ? それに、カケル君! 雛季や他の子と一緒に、敵が暴れ出した時のサポート頼むよ!」

「サポートって……」


「考えたって無駄ですよ、瀬戸さん」と、横の坂出(さかいで)が巨人を見据えながら言った。

「いつも行き当たりばったりですから、ウチらは」


「そう、フルパワーで頑張るだけヨ」

 玉城が続いて言って各自動き出した。

 俺も慌ててとりあえず『エイト剣』を構える。

 

 美咲が宣言通り、帯状の気『BAND』を放ち、少女を捕えている巨人の右腕ともう一方の腕を固定させた。

 突如両腕が気で縛られたケイブジャイアントは、高く吠えた。

 すぐに鹿角が巨人の尻尾の付け根に足を掛け、肩まで登り、一本化したその腕に向かって剣を振り下ろそうとした。

 

 しかしケイブジャイアントは大きく口を開け、鹿角に噛みつこうとする。

 上下の鋭い牙がバキンと音を鳴らす。

 すんでのところで避けた鹿角だが体勢を崩し、一旦魔巣窟がある岩場の方へ飛び移った。


「危な……」と呟きながらも、鹿角にしては珍しく頼りがいある真剣な顔つきで、すぐに岩を蹴って巨人の腕に戻った。

「カケル君! ケイブジャイアントがこの子を放すかもしれないから、下で受け止める準備していて」


「え? あ、ああ……」

 俺はとりあえず両腕を前に伸ばし、少女の足元に立った。


「アミナ・ヒート!」

【HEAT(=熱、熱さ)・鹿角所持魔溜石、『A』、『E』、『H』、O、R、S、『T』】


 鹿角の『エイト剣』が赤い気に包まれ、振り下ろされる。

 少女の細い腰を掴んでいる巨人の左手首と、美咲の魔法・『BAND』でくっつけられている巨人の右手首に、赤い光の線が走った。

 巨人の手首から、灼熱の刃を押し当てられたかのように煙が上がっている。

 

 ケイブジャイアントは地団駄を踏むように、その大きな足で二、三回地を蹴り、中空に向かって雄叫びを上げた。

 その間、巨人の手のひらは開き、ミュウという少女がそこからズレ落ち、俺が伸ばしていた腕の中に落ちてきた。


「ナイスキャッチ!」

 上から鹿角、横から琴浦姉妹が同時にそう言った。


 少女は地上から二メートル半ほどのところから落ちてきたので、その重さをまったく感じなかったと言えば嘘になるが、しかし華奢な体だ。

 その上、ふんわりと舞い降りた妖精のような雰囲気があって、それほど重みを感じなかった。


「下ろしていい」と機械のように呟く少女に、俺は戸惑いの目を向けながら言い返した。

「いや、危ないから掴まっときな。またどっか勝手に行かれたら俺のせいになるし……って言ってもこれだと手がふさがっちまうから、おんぶにしよう」

 そして少女に背嚢(はいのう)を背負わせ、彼女をおんぶする。

 彼女は言われるがままに動いた。

 素直なのか、それとも何が起きても無関心といった感じなのか……。

 

 間もなく頭上で光が瞬いた。ケイブジャイアントの腕で激しく光が明滅し、やがて飛散した。

 美咲の魔法・『BAND』が消滅したのだ。

 それは当然、ケイブジャイアントの両腕が解放されたことを意味する。


「うわっととと……!」

 両足をそれぞれ巨人の片腕に乗せていた鹿角は、突然片方の足場を失い、よろめいた。

 何とか踏みとどまろうとしている彼女に向かって、ケイブジャイアントの右腕がラリアットをするように迫っている。


「鹿角さん! ……ラッシュ・バンッ!」

【BAN(=禁止)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、『B』、D、『N』、R、T】


 美咲が振った剣から生まれた黄緑の気は、鹿角と振り回されている巨人の腕の間に壁を作った。

 瞬きしていたら見逃していただろう、本当に一瞬の出来事だった。

 

 鹿角に迫っていたケイブジャイアントのもう一方の腕は、突如生まれた光の壁にぶつかって勢いが死んだ。

 銅鑼(どら)を強く叩いたような音が長く辺りに響いた。

 

 ケイブジャイアントは左腕を跳ね上げ、鹿角を宙に浮かし、同時に右腕を引いた。

 まるでバレーボールのサーブでもするかのように、巨人の拳が空中に投げられた鹿角の体を叩いた。


「きあああっ!」

 まさにボールのように跳んでいった鹿角の悲鳴は、数メートル先の草地の中に沈んでいった。


「鹿角さんっ! ……このっ!」

 坂出の『エイト剣』がケイブジャイアントの両脚を薙ぎ払う。


「キャップ!」

愛海那(あみな)ちゃんっ!」

 続いて玉城、松川さんが叫び、膝をつき低くなったケイブジャイアントの上半身に向かって斬りかかる。

 二つの青白い気が半円を描く。


 それからわずかに遅れて赤い楕円の光が尾を引きながら巨人にぶつかっていった。

 最後の気はみんなの動きを見て慌てて剣を振った雛季の『OX(オックス)』だ。

【OX(=雄牛)・雛季所持魔溜石、A、F、『O』、『X』】


 上半身に三連続の攻撃を食らって、ケイブジャイアントもさすがに膝をついたままのけ反った。そのまま後ろに倒れそうなほどだ。

 しかし……。

 

 敵は呻きながら上体を持ち直したかと思うと、左膝を軸に、横につき出した右脚を地に這わせ前方に勢いよく回してきたのだ。

 坂出、玉城、松川さん、雛季と、順番に綺麗に蹴り飛ばされた。


 巨人の脚は止まらず、雛季の横にいた美咲や俺にも迫ってきた。

 俺たちは大きく上に跳躍してその蹴りをかわす。

 

 少女を背負いながらのジャンプだったので予想以上に鈍く低くなった。

 そのため巨人の足が俺の足にかすり、転びそうになった。

 が、背中に少女を担いでいるという責任感もあって何とか踏ん張る。

 巨人の足が軽くかすっただけで、こっちの足は痺れている。


 巨人はそのまま膝をつけて回転を続け、一周しこちらに向き直ると、勢いで上体を起こした。

 デカいわりにリズミカルな動きだった。

 そしてすぐに、下にいた美咲に向かって右拳を振り下ろす。

 

 美咲は「インパクト・ライト・バーッ!」と叫び、自身の『エイト剣』を前に突き出した。

【BAR(=棒)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、『B』、D、N、『R』、T】


 そこから一気に棒状の気が伸び、向かってくる巨人の大きな拳と衝突した。


 やがて茶色いケイブジャイアントの右腕が光に飲み込まれ、バキバキと骨が折れるような音が聞こえた。

 巨人の右腕は美咲の魔法・『BAR(バー)』に押し負け、本来曲がってはいけないに方へ曲がった。

 この魔獣の骨格がどうなっているのかはよく知らないが、しわだらけの顔をさらにクシャクシャにして甲高い声を上げているところからして、やはりこいつにとっても曲がってはいけない方に曲がってしまったのだろう。


 ケイブジャイアントはすぐにもう一方の腕を伸ばした。

「あぐぅ……」

 美咲は顔をしかめた。

 すでに巨人の左手にその細い首を掴まれて持ち上げられていた。


「美咲っ! くそぉ! パーフェクト・ヒットォ!」

【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】


 俺は背中の少女の腰に左手を回ししっかり支えると、右手を思いっきり振り上げた。

 掌中の『エイト剣』から青白い気の弾丸が発射され、ケイブジャイアントのあごに突き刺さる。


 グフグフと咳き込みながらもケイブジャイアントはその炯眼(けいがん)をこちらに向け、標的を見つけると、その脚を振り上げた。

 土で黒く汚れた、石のように硬そうな足のつま先が飛んでくる。


「うおおっ……危ねっ!」

 咄嗟に翻した体のすぐ横を巨人の足が過ぎて行く。

 風圧だけで体勢を崩し、倒れそうになってしまう。

 

 直後、その背後から相手を挑発するような掛け声が聞こえた。

 ケイブジャイアントの意識もそちらに移る。

 相手の尻尾を利用し駆け上がったのだろう、鹿角がいきなりケイブジャイアントの肩の上に姿を現した。

「カケル君、時間稼ぎ、ありがとっ! ……アミナ~・ロースト!」

【ROAST(=焼くこと、ロースト)・鹿角所持魔溜石、『A』、E、H、『O』、『R』、『S』、『T』】


 ケイブジャイアントの肩から左腕に掛けて、鹿角が放った赤い光線が真っ直ぐ走った。

『ロースト』の名の通り、『焼く』ような攻撃魔法のようだ。

 巨人の左腕にできた傷跡から煙が立ち、焦げ臭い匂いを発した。

 巨人はミミズのように指を蠕動(ぜんどう)させてから、その手を開いた。


 掴まっていた美咲が小さく呻きながら、草の上に落下する。

「美咲! 大丈夫か?」と、俺が咳き込む彼女に歩み寄るが早いか、頭上で今度は鹿角の叫びが聞こえた。

 見上げると、攻撃をした鹿角の背嚢にケイブジャイアントが噛みついていた。

 

 鋭い牙によって、鹿角の背嚢があっさり食いちぎられ、食糧などの中身がまき散らされる。

 白いものが舞い落ちてきて、見上げていた俺の顔に被さってきた。

 見れば、鹿角の替えのパンツだった。慌てて放り投げる。

 

 さらに、背嚢を失った鹿角の背にケイブジャイアントが噛みついている。

 小さめの防具からはみ出しているアンダーウエアが破かれ、切れ端が落ちてくる。

 クリーム色だったはずの彼女の服の切れ端に血の赤い斑が付いていた。


「痛いなぁ、もうっ!」

 鹿角は背中を引っ張られ、ケイブジャイアントの頭にもたれ掛かる。

 そして『エイト剣』の柄頭が前に向くように持ち、後ろに向いた剣先を巨人の牙の隙間に突き刺した。

「アミナ・ヒートッ!」

【HEAT(=熱、熱さ)・鹿角所持魔溜石、『A』、『E』、『H』、O、R、S、『T』】


 ケイブジャイアントの口の中から赤い光が漏れ出て、鹿角の背中を噛みついていたその大きな口が開いた。

 相手の口から解放され自由に身動きの取れるようになった鹿角は、巨人の肩の上で反転し、苦悶の表情を浮かべる目の前の大きな顔に向け、次の魔法を繰り出そうとした。

 

 だが、敵は本当にしぶとい。

 歪んだ顔を天に向けたかと思うと、すぐに勢いよく頭を振り下ろした。

 

 ケイブジャイアントの大きく硬いヘッドバットを食らった鹿角は、そのまま相手の肩に叩きつけられた後、毛むくじゃらの体を滑りながら、四、五メートル下に転げ落ちた。


「愛海那ちゃん!」

「鹿角さんっ!」

 先ほど蹴り飛ばされた雛季、坂出が、各々傷んでいる自分の体の箇所をさすりながら身を低くして駆け寄ってきた。

 玉城、松川さんはまだ立ち上がれる状況ではないようで、後方の草むらでうずくまっている。


「危ないぞ、雛季、坂出さん……」

 俺が言うと、坂出はシリアスな表情で頷き、雛季と共に鹿角を抱き上げた。

「離れたところに連れて行って、治癒魔法をしてみるわ」

「愛海那ちゃん、しっかり~!」


「ミュウちゃんも一緒に離れた場所に連れて行こう……」

 坂出が空いている左手を俺の背に伸ばした。


「そ、そうだな。頼ん……ハッ!」

 三人に掛かっていた影が一段と濃くなった。

 横を向くとケイブジャイアントが射程内に迫っていた。


 耳障りな高い声を発しながら、巨人は片脚を後ろへ引き、蹴りの動きを見せている。

「逃げろ、二人とも! ……パーフェクト・ヒットォ!」

 俺は軸足の方に向かって『HIT』を食らわせた。

 目の前で青白い光が放射状に広がり、気の弾丸が巨人の脚を穿(うが)つ。

 

 蹴りが飛んでくる前に、その軸足が曲がり、ケイブジャイアントは下半身から崩れた。

 

 だが、もう一度言おう。敵は本当にしぶとい。

 両膝をついた矢先、上ではボロボロになった両腕を一つに組んで、頭の上に振り上げていた。

 そのまま上半身を倒し、両腕を地面に叩きつけてくる。

 

 俺は反射的に身を屈め、その場から横へカエル跳びした。

 落ちてきた巨人の腕は間一髪のところで回避したが、背後から突風のあおりを受け、前転してしまった。

 

 青臭い匂いの中、仰向けのまま湿った草の上を滑り、尻の摩擦でようやく止まる。

 打ちつけた背中がやけに痛い。それもそのはずだ。多少クッションになり得る背嚢を、今は少女に背負わせていて、その彼女は転がったはずみで二メートルほど先に離れて倒れていたのだ。


「おい、君! 立て! 巨人が……」と、俺は叫んだ。

 そう、ケイブジャイアントが標的を少女へと移し、華奢な彼女の上でその右脚を振り上げようとしていた。

 彼女は『エイト剣』はおろか、防具も身に付けてはいないし、普通の武器を持っている様子もない。

 ピクニックに来たような格好で、その上うつ伏せで倒れている状態だ。


「うおおおおっ! パーフェクト・ヒットォ!」

 座った体勢から素早く立ち上がりつつ、剣を振る。

 ここでも伊賀の道場で稽古し身に沁み込んでいる一連の動作が活きた。

 

 草を薙ぎ払うように真一文字に振った『エイト剣』から、青い気の弾丸が飛び出し、ケイブジャイアントの軸足に炸裂した。

 放たれた気は、今までのそれよりも大きく激しかった。

 軸足だけでなくその横で上げられていた巨人の右脚にも打撃を与えたようだ。

 目の前に立ちはだかっていた大きな影が、爆破解体されたビルのように沈んでいく。


 しかし相手に攻撃する意思がなくなったとしても、このまま完全に前に倒れれば、そこで伏せている少女が伸ばした手の下敷きになってしまう。

 少女に向かってもう一度叫ぶが、無情にもその前で、ケイブジャイアントの両腕が地面へ落ちていく……。

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