第83話・帰路
ケイブジャイアントがミュウに向かって倒れて行く。
「ミュウちゃん……!」
轟音、揺れと共に、立ち昇る土煙。
その中に身を丸めた美咲の姿が徐々に浮き上がってきた。
そしてその胸の中には、薄紫色の長い髪を地面に垂らしている少女もいた。
二人のすぐ後ろには、枯れた葉に包まれた、切り倒された大木のようなケイブジャイアントの両腕が横たわっている。
美咲が立ち上がり、咄嗟に少女を抱え、倒れてきた巨人を回避してくれたのだ。
「た、助かった……」
俺は思わず声に出す。
俺も少女を救うため相手の脚に攻撃したわけだが、その先の危機まで考える余裕はなかったから、美咲が少女を庇って二人とも無事でいてくれたことには胸を撫でおろすばかりだ。
だが安堵していたのも束の間。また俺たちの周囲を影が包む。
うずくまっている美咲と少女のすぐ後ろに、上体を起き上がらせたケイブジャイアントがいた。
鋭い形相で、凄まじい鼻息を鳴らしている。
本当にこいつはなかなか死なない奴だ。ラスプーチンかよ! と心の中でツッコむ。
ケイブジャイアントは傷だらけの左腕を後ろへ引いた。
手前には、その相手に気がついていない様子の二人がいて、未だヨガの一つのポーズでもしているかのように丸くなっている。
「美咲っ! 後ろ! パーフェクト・ヒットォ!」
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】
今日、何度目になるだろうか?
前に駆けだし、丸まった美咲たちを横切った俺は、現時点で自身の『エイト剣』が唯一発動できる魔法……『HIT』をケイブジャイアントの左腕から胴体にかけて撃ち込んだ。
青白い閃光が大きく広がり、炸裂音が響く。
迫って来ていたケイブジャイアントの左腕から左半身が大きく後ろに反り、体全体が傾いた。
もう一撃……!
しかし、『エイト剣』が光に包まれるよりも速く、雄叫びを上げたケイブジャイアントの迫力ある顔、隆起した毛むくじゃらの胸が接近してきていた。
即座に『エイト剣』を体の前に構え、防御姿勢を取った。
鈍く重い音と、敵の体当たりに抗う『エイト剣』が上げた悲鳴のような金属音が合わさって耳をつんざく。
数秒間の競り合いの結果、今度は俺の方が圧力に負け、後ろへ吹っ飛ばされた。
『エイト剣』を包む気が壁を作っていたため、巨人の直接の体当たりは避けられたが、押し返された反動で弾かれてしまったのだ。
俺は美咲たちのいる場所よりも後ろへと吹っ飛ばされたらしい。
こうなると、相手の次のターゲットはまた美咲と少女の方へと移ってしまう……。
「美咲! 離れて!」
突如、エネルギッシュな声が背後からして、瞬く間に俺の横を過ぎて行った。
それは鹿角だった。彼女の後姿はすでに美咲も追い抜き、ケイブジャイアントの目前にあった。
「『グラジオラス』キャプテン、鹿角愛海那が、今度は確実にお前を仕留めるっ!」
他のメンバーから回復してもらったのだろう、先ほど叩きのめされたばかりの者の声とは思えない覇気が感じられた。
「アミナ~・トールズダンス!」
【THOR(=雷神、トール)・鹿角所持魔溜石、A、E、『H』、『O』、『R』、S、『T』】
「トール? ……って雷神の?」
上体を起こしながら呟く俺に、美咲が前を見据えたまま頷いた。
「鹿角さんが使える特大攻撃魔法。でも、彼女の今の状態から考えると一度きり……」
斜めに振り下ろした鹿角の『エイト剣』を追うように、大きな黄色い光線が走って、ケイブジャイアントの体にいくつもの爆撃をもたらした。
まさに雷神の名にふさわしい攻撃だ。
爆撃された箇所からは小さく電光が閃き、巨人の肉片と思われる赤い塊が飛び散った。
体の前半分を黒く焦がし、一部の骨が浮き出た状態になったケイブジャイアントは、ゆっくりと脚から崩れ、堆積した土砂のようになって動かなくなった。
「ハァハァ……さすがに、倒したよね?」
肩で息をしながら、鹿角はゆっくり相手に近寄り、しばらく様子を窺った。
息の根が止まっているのが確認できたのだろう。
鹿角はようやく振り返って、ゆるりと両手を天に向かって突き上げた。
「倒した……やった、私たち、倒した!」
そして鹿角は一度よろめいてから、片膝をついた。
「特大攻撃魔法を使って、マジックオーバーワークを起こしたんだね……」
美咲が心配そうに鹿角の肩に手を掛けて言った。
「ハハハ……そうらしい。巨人の体内に魔溜石があるはず。美咲、ちょっとグロいけど頼めるかな?」
「苦手だけど、わかった……」
美咲は渋面を見せてから、倒れている巨人の胸部周辺に恐る恐る手を伸ばし、魔溜石を探った。
その結果、二つの魔溜石が見つかったようだ。
有無を言わさず俺の肩に手を回し寄りかかっていた鹿角は、美咲の手の中の石を視認してから、みんなに声を掛けた。
「一匹で魔溜石二個か。さすがデカいだけあるわ……。さぁ、こんな時に他の魔獣がまた出てきたらヤバいから、早く戻ろう。カケル君、ごめん。このまま肩貸してね?」
「あ、ああ……。仕方ないからな」
他のメンバーもそれぞれ負傷していたが、何とか歩けるまでにはなっていた。
俺が一番気になっていたのはミュウという少女であったが、彼女も雛季に手を引かれておとなしく歩き出した。
森の入り口まで戻る一行の口数はさすがに少なかったが、一人だけたわいのない話をしていた雛季が突如横を歩く少女に訊ねた。
「ミュウちゃ~ん。いつの間にかいなくなったけど、どこ行っていたの?」
少女はしばらくうつむいたままだったが、みんなの視線が自分へ集中し、仕方なくという感じで言った。
「……隠れていた」
「隠れていたの? 何で?」と、雛季が首を傾げる。
「合わせる顔がないと思った……」
「私たちに?」と、最後尾にいた美咲が少し速度を上げ、少女の横に並んだ。
「もしかして、向こうのパーティーの、明石という人が関係している?」
「あかし? ……名前はわからない」
「あの小柄な色黒の男だよ。アイツがさ……ケガしたって言うんだけど、ミュウ、何かしたの?」
鹿角が俺の横から離れ後ろに下がって訊くと、少女はより深くうつむいた。
長い髪が垂れて顔の大部分を隠す。そしてサッと雛季の後ろに身を隠してしまった。
「わかりやすい反応だね……。アイツに何か恨みがあったわけだ? それで、いざアイツを追って来たものの、一人で森に入るのは怖いから私たちについて来たんだね?」と、鹿角。
少女は雛季の陰に隠れたまま何も言わなかったが、否定もせずうつむいたままということは図星のようだ。
少女が黙ってしまったので、一行もまた静かになって歩き続け、やがて大島さんたちと別れた場所に戻ってきた。
先に帰ったのか、その開けた場所に彼女たちの姿はなかった。
「何だ、話も聞かないで帰ったのか?」
「薄情ネェ~」などと鹿角、玉城が言ったが、そこからさらに森の外へ出ると、背後から大島たちが現れた。
「遅かったわね……。もしかして、また巨人と遭遇したの?」
「ああ、まだいたのね……。その通りよ」と、鹿角は素っ気なく返す。
「それはご苦労さん。……あっ、その子、見つかったんだ?」
白石さんが雛季の後ろのミュウという少女を覗き込んで言うと、少女はさらに白石さんから距離を取った。
その少女のことを、先ほどからずっと睨め付けている者がいる。
大島さんの後ろにいる、頭に包帯を巻きつけた明石だ。
彼は鼻息を荒げ、今にも少女へ飛びかかりそうだ。
それに気がついた俺や琴浦姉妹は、少女を庇うように明石との間に立ち並んだ。
「そちらは? 『冒険者の町』に行っていたんですか?」
美咲が怯える少女のことを思いやってか、話題を変えた。
「ええ。しっかり回復しておこうと思ってね」と大島さんが言ったように、彼女たちは先ほどよりも顔色が良くなっていて、声も明朗になっていた。
大島さんは次に、視線を俺へ向けた。
「それに、『マレンゴ』で帰る場合、『ステーション』の中央本部の人にまたメンバーを報告しなきゃいけないでしょ? 行きはこっちにいた瀬戸君が、帰りはそっちにいるとなるとややこしくなるから、彼を待っていたというのもあるわ」
「確かにそうですね……。行きとメンバーが変わる場合は、詳しい報告がいりますからね……」
美咲は納得したように言ったが、俺は大島さんたちと一緒に帰るのが少し気まずかった。
「俺は向こうの奴らと帰るのか……」
「そうなるね。元々、君、『SDG』に入りたかったんでしょ? 『ゴブレット』に着いたらまた会えるからさ」と美咲は皮肉っぽく言い、微笑を浮かべて軽く俺の肩を叩いた。
「とりあえず、話は『マレンゴ』で聞くわ」
大島さんたちは冷たい口調で言って、俺の背を押す。
二つのパーティーは険悪なムードのまま(そもそも別々のパーティーの仲なんて、こんなものなのかもしれないが)、それぞれ『マレンゴ・ステーション』へと向かった。
大島さんたちが少女へ詰め寄ることをしなかったことに不服そうな明石は、度々舌打ちして、ぶつくさ文句を言っていた。
「にわかには信じられないなぁ。あんなおとなしそうな子があなたを襲ったなんて……」
「朦朧としていたのでしょう? 見間違いではないのかしら?」
白石さんと夏妃が言った。
「間違いねぇ! あのガキにやられたんだ! 何でもっとアイツを責めてくれないんだよ?」
白石さんはムッとした。
「先輩にそんな口きくんだ? 明石君は口が悪いと上に報告しなきゃね?」
「あ、いや、それはすみません……ただ、いきなり襲われたので腹が立っていて……」
明石は苦虫を噛みしめるような顔をして、それからは口を噤んだ。
『マレンゴ・ステーション』で中央本部兵への報告を終え、彼らのうちの一人が操縦する『マレンゴ』に乗って『ゴブレット』へ帰る。
その少し前には、『グラジオラス』メンバーを乗せた『マレンゴ』が砂埃を上げながら荒野を進んでいた。
風になびく前髪を耳にかけて大島さんが口を開いた。
「それにしても、あのケイブジャイアントを君たちだけで倒すとはね……」
「ええ、まぁ、かなり苦戦はしましたが……」
左サイドから愛想笑いで返すと、隣にいた鮫川がくちばしを入れてきた。
「お前は塩をかけられたナメクジみたいに縮まって何もしなかったんじゃないのか?」
「そんなわけねぇだろ……! 最後こそ鹿角にもっていかれたが、その前に巨人に両膝をつかせたのは俺なんだ。それに、あのミュウっていう少女も護ったし……。俺の勇姿を見せてやりたかったもんだなぁ、ビビってついて来なかった誰かさんにも!」
「ここから突き落とすぞ? 試験最中に逃げ出したのはむしろお前なんだからな、瀬戸?」
鮫川が俺の胸を小突く。
「あの少女を護ったって言うのも気に入らないな。何度も言うが、アイツが俺を襲ったんだ……。そんな奴になぜ味方する?」と、明石も射抜くような視線をこちらに向けた。
「……そのことだが、仮にあの子がお前を襲ったのが本当だとしても、何もないのにお前だけ狙うとは考えにくい。お前、絶対何か恨みを買っているんだよ」と、俺は言い返す。
「フ、フザけるなっ! そんな憶えないって言ってんだろ!」
手すりから離れ、明石が俺に掴み掛かってきた。
丁度その時『マレンゴ』が揺れて、取っ組み合った二人は左側によろけて車外に投げ出されそうになる。
「コラッ! そういうのも報告するわよ?」と、大島さんが強く手を叩き止めに入った。
「まったく……」と大島さんは呟いてから、俺の方に視線を投げてきた。
「でも、瀬戸君。君が私たちの指示に反して勝手な行動に出たのは事実だわ。そして、明石君の話が本当なら、君は味方に危害を加えた者に手を貸したということにもなる。この報告は知立さんたちにさせてもらうから……君の『SDG』入りは厳しいと思ってほしいわね」
「そんな……」
わかっていたこととは言え、改まって真剣な表情で告げられると辛いものだ。
「ハハハ、そりゃ当然だな」
「裏切り者は『SDG』にはいらない」と、鮫川、明石が嘲る。
しかしそんな彼らにも白石さんが厳しく言った。
「鮫川君……。君はもっと他人に思いやりを持った方がいいと思うわ。そういうこともパーティーで活動していく上では大切なことよ?」
「何?」
鮫川は、帰り道に家の近所を救急車が通った時のような不安気な顔をした。
「明石君も。油断していたにしても、『エイト剣』も持っていない女の子にやられたということはマイナスだわ」
「そ、そんなっ!」
明石の顔は沈み、法廷画家が描く被告人のような濃い影が掛かっているように見えた。
その後、『ゴブレット』に到着した俺たちはそのまま解散となった。
『SDG』入り最終試験の合否は、後日『ビッグドーナツE』へレインボーバードを送って伝えるということだ。
そのため俺は、レインボーバードが『ビッグドーナツE』に辿り着くために、自分の臭いがする衣服の切れ端を彼女たちに預けた。
奇しくも、ケイブジャイアントとの戦いで服が一部破けていたため切れ端を渡すには困らなかった。




