第45話・神に訊くか、天川に訊け
中央大広場の傍で藍住さん一行と別れた俺たちは、美咲が計画した通り『キャッスル』と大通りでつながっている南エリアに行った。
鮫川は『キャッスル』から脱出に成功したが、途中で伊賀とはぐれたと言う。
伊賀だけが捕まり、まだ『キャッスル』内に閉じ込められている可能性も十分ある。
その辺の情報が少しでも掴めればと思ったわけだが、『キャッスル』内に入れる者は通行証を持った者か、特例で認められた者のみ。
勝手に抜け出した鮫川はもちろん、一度解放された身の俺も、門番に阻まれて立ち入ることが許されなかった。
しばらく『南大通り』を中心にウロウロしていたが、結局ここでも伊賀の情報を得ることはできず、一同はそこから南西部エリアに向かった。
次の目的、情報屋・天川に会うためだ。
南西部エリアを横断し、南西大通りを渡り、狭隘な横道を少し進むと、一見して老朽化しているとわかる家屋が建ち並ぶ一角が見えてくる。
その中の一つに天川のいる寄合所があった。
晩年のサリンジャーの家みたいに高い塀で囲まれた、掘っ立て小屋だ。
門番らしき強面の男との短いやり取りを経て、俺たちは小屋の中に通された。
小屋の中にはいくつか長テーブルがあって、そのうちの一つ、一番奥のテーブルを囲う椅子に、三人の男女が腰を掛けていた。
男二人はどうやら将棋を打っているらしく、中年の女がそれを笑いながら見ていた。
三人とも、身なりに気を使わなくなったベートーヴェンのように汚れた服で身を包んでいる。
俺たちが入って行くと、こちらに顔を向け座っていた男一人と女一人が、すぐに会話をやめ、一人こちらに背を向けて座っている男に目配せのようなものをした。
最後にその男が振り返って、こちらをにらんだ。
少し毛が伸び掛けた坊主頭で、おでこが広い。
はっきりした二重のどんぐり眼の距離は近く、潰れた鼻の下とアゴにヒゲを生やしている。
一見中東系の人の顔にも見える。
三人がいる席に近づき、美咲がそのどんぐり眼の男に向かって言った。
「あなたが天川さんですか?」
「その通りだが、何か知りたいことでもあるのか? お前たち若いのは、何でも他人にすぐに訊かず、自分の足や目を使って学んだ方がいいと思うが……?」
「それができないから来たんだ」と、鮫川が早くも苛立ちながら言った。
それを手で制し、俺は真面目なトーンで訊いた。
「黒い剣がどこで手に入るか知りたいんだ」
フォローするように美咲が続いた。
「『8ビギンティリオン』のことです。ちょっとした事情があって、15歳時の魔法剣士の審査を受けられなかったんですけど、後で能力があることがわかったんです。だから今から二本、『エイト剣』をどこかで手に入れたいんです。入手場所を知りませんか?」
天川は片肘をテーブルにつき、冷笑を浮かべた。
「裏ルートで入手ってことか? そりゃ、つまり、中央本部非公認ってことだからなぁ、あんまりお薦めはできないが……」
「本当は知らねぇんじゃねぇのか?」と、鮫川が天川の気分を害してしまいそうなことを言ったのでハラハラしたが、逆に天川のプライドに火がつき、彼の無意味な前置きを省かせる結果になった。
「おいおい、ナメてもらっちゃ困るな。ちゃんと情報料を払えるなら教えてやるっての。持っているのか? 金」
「すみません。あなたの持っている情報網の凄さは知っています」
美咲は軽くおべんちゃらを言ってから、いくらかのお金をテーブルの上に置いた。
クシャクシャになった紙幣やクルクルと転がってから倒れた硬貨に目を落とし、天川の前に座る中年男女はくつくつと笑っていた。
どうやら美咲が出した金額は相場より少ないらしい。
しかし天川は小さく溜息を吐いてから、あごひげを掻き、呟く。
「まぁ、いい。若僧たちに期待はしてねぇよ……。これで教えてやる。で、何で余分な『エイト剣』が出るのかや、本来は中央本部が管理するはずのそれらをどうやって手に入れるのか、それぐらいのことはわかっているのか?」
「はい。大体は……。売り物になるから、先回りして回収する人がいるんですよね?」
「じゃあ、その辺は割愛して……。俺が知っている奴で、その手のことに一番優れているのは、菊池って奴だ。菊池信長。ただ、そんな裏商売が中央本部に見つかったら捕まっちまうからなぁ、奴もかなり警戒している」
「わざと回りくどいことすんだろ?」と、天川の前に座った男が将棋の持ち駒を指でもてあそびながら言った。
「自分の所に辿り着く前に子分が、相手が中央本部の奴だとか怪しい奴じゃないか見極めるんだな……」
「そういうことだ。本当にその客が『エイト剣』目的だと判断できたら、ようやく奴がいる店を教え、そこで合言葉を言って初めて交渉できる。お前さんたちはどうも中央本部の人間ではなさそうだから、地道に回りくどいことしていけば、いずれ菊池と会うための合言葉も教えてもらえるだろうが……どうする?」
「どうする……と言うのは?」
美咲が軽く首を傾げると、天川は二本の指をクイクイと自分の方へ曲げ、何かを要求する手振りをした。
天川が要求しているのは追加の情報料だと、すぐに察した。
俺は呆れながら言う。
「さっきは若僧に期待していないから、これでいいって言ったくせに……」
「それは菊池のことを教える代金だ。奴がいる店の場所や合言葉を教える代金は含まれていない……って言っても、どうせ俺への分は残ってねぇんだろ? じゃあ、菊池に払う分から少し出してくれ」
「……それでその菊池って奴から剣を買えなくなったらどうすんだよ?」
俺が一歩近づいて言うと、天川は意地悪い顔をして答えた。
「だから少しでいいっての。……そうだな、2000でいいや。2000減ろうが、菊池との交渉の結果に変わりはないだろ。売ってもらえるなら売ってもらえるだろうし、ダメなら2000レガロぐらい追加したところでダメだろうし」
天川は素っ気なく言って、こちらに背を向けた。
歯噛みする俺の隣で、雛季も何だか悪い空気が流れているのを感じ取っているようで、難しい顔をして美咲と天川たちの間で視線を行き来させている。
鮫川はと言うと、右拳を握り、「情報屋って言っても、あの世への道順は知らねぇみたいだな。俺が教えてやるぜ」などと食って掛かる。
美咲は鮫川をなだめてから、深く息を吐き、袋から追加の2000レガロを出して彼らの前に置いた。
天川はそれに手を伸ばすと、掃除機のコードのように素早くひっこめ、金をポケットに入れた。
代わりにポケットから紙切れと鉛筆を出し、黙って何かを書き始めた。
書き終わると、不愛想な表情で紙切れをテーブルの端に突き出した。
紙切れには地図らしきものが雑に書かれていて、そのそばにいくつか虫の死骸にもホコリにも見えるような文字が書きなぐってあった。
「それが菊池のいる『ザ・レイブン』という酒場の場所だ。菊池たちはほぼ毎日、18時以降にはいるみたいだな。そこに赤いバラを三本持って行くんだ」
「バラを?」と、美咲が不思議そうに言う。
「その地図にも書いたが、酒場の近くの家で造花を作っている親父がいる。そこで三本もらいな。本当はその家に辿り着く前にもややこしい手順がいるんだぜ? 俺の情報に感謝しろよ。三本の赤いバラを持って、酒場に行く。しかし菊池たちは一般客のいる場所にはいないはずだ。奴らに会うには、奴らとグルの酒場のオヤジに合言葉を言わなきゃならん。赤いバラを三本持っていれば、親父がこう言ってくるはずだ。『いい店でしょう? でも向こうにももう一軒酒場があるんですがね……』と。そう言われたら、お前さんたちは『でも、向こうの酒場には幽霊が出るから怖いです』と答えるんだ」
「……でも、向こうの酒場には幽霊が出るから怖いです……」
俺と美咲は復唱した。
「幽霊? 幽霊が出るの?」と面倒なことに雛季が騒ぎ出したが、ありがたいことに鮫川がツッコんでくれた。
雛季の勘違いに天川は眉を寄せ、一度大きな咳払いをしてから続けた。
「すると今度はオヤジの方が『どんな幽霊ですか?』と訊いてくるので、『エドガーという名の幽霊です』と答えろ」
「エドガーという名の幽霊です……」
俺と美咲はやはり復唱した。
「で、向こうはこう言ってくる。『お墓にお酒を供えていないから現れるのでしょう。何か持って行ってやりなさい』と。そしたら最後にあんたらはこう答える。『それじゃあ、コニャックを』」
「それじゃあ、コニャックを……。以上ですか?」
美咲が訊くと、天川はうなずいた。
「完了だ。お前らがよっぽど不審な動きをしなけりゃ、オヤジは菊池のいる部屋に通してくれるだろう。そこまで行けたら後は交渉だけだ。『エイト剣』を売ってくれと言えばいい」
「わかりました……」と言ってから、美咲は『向こうの酒場……』だの『エドガー』だのと呟き、合言葉の確認をしていた。
その間、天川はせせら笑い、俺に向かって言った。
「しかし、坊主ども。『エイト剣』を二本も買う金、用意しているのか? ふっかけられるの覚悟しろよ?」
「忠告ありがとうございます」
俺はいやみったらしく頭を下げてから、薄ら笑いを浮かべて言い返す。
「だけど、あんたも気をつけた方がいいんじゃないかな?」
「……どういう意味だ?」
「見た目だけで俺たちを中央本部の人間じゃないと判断してここまで喋ったわけだろ? もしかしたら中央本部の使いってこともあり得るのに。裏取引の斡旋ってことで、あんたも捕まるかもしれないんじゃないか? いや、俺たちは本当に『エイト剣』が欲しいだけで、中央本部とは関係ないけど……。でも、もう少し慎重に話をした方がいいんじゃないかな?」
「なるほど、お前さんからも忠告してくれたわけだ」
そう言った直後、天川の口元が綻びる。それはやがて哄笑に変わった。
「ブハハハハッ! いやいや、お前さんたちは中央本部の人間ではない。……そうだろ、瀬戸カケル君?」
「いっ?」
今さっき初めて会ったばかりの天川に自分の名前を言われて、俺は背筋が寒くなった。
「むしろ中央本部に恨みを持っている。大昔から強引に転移させられたんだからなぁ。そうだろ? そして君を保護しているのがそこのお嬢ちゃんたちだ」
指を差され、美咲も顔をひきつらせた。雛季は小首を傾げる。
「な、何でそのことを?」
天川は誇らし気な顔をしてから、気味の悪い微笑みのまま囁いた。
「『神に訊くか、天川に訊け』……。今後もよろしくな」
教えてもいない名前やどこから来たのかなどの情報を握られていたことにゾッとしたまま、俺たちは天川の元を後にすることになった……。




