第41話・美咲の魔法披露
初めて魔獣と戦った翌日。
約束通り、美咲もパーティーの仕事は休み(と言うよりは単に仕事がないらしい)、姉妹揃って俺たちの護衛兼畑仕事の手伝いをした。
当然かもしれないが、農園の護衛には須賀川たちとは違った、新しい魔法剣士が雇われていた。
彼らは魔法剣士としての腕は未知数だが、少なくとも魔獣の監視任務には真面目にあたっていた。
昨夜、ワイルド・デビルボア四頭が暴れ回った名残が、畑のあちこちに点在していた。
農家のみんなで荒れた畑を整え直し、今日の仕事はそれだけで、早めに終わった。
それから、少し遅めの昼食を家に戻って取る。
鮫川曰く『僧侶のすねのような細長いパン』に、ハムや野菜を挟んで食べた。
そして午後は、庭で姉妹と共に魔法剣の練習をすることになった。
まず手本に姉妹が軽く魔法を発動する。
広いとは言え庭には隣との境界があるし、あまり派手にやることはできないので、あくまで手加減をして、ということだ。
最初に見せてくれた雛季の魔法発動については既知のことが多く、俺たちも静かに見ているだけだった。
しかし、次に姉・美咲が、自身の持つ赤い鞘から『エイト剣』を抜いて、無駄のない動きで発した魔法には、俺も鮫川も固唾〈かたず〉をのみ、視線を注ぐ。
「サンダー・ダートッ!」と彼女が声を張ると、前に下ろされた剣先から黄色い光が飛び出した。
【DART……美咲所持魔溜石・『A』・B・『D』・N・『R』・『T』】
『投げ矢』の形をした光だった。
それが物凄い速さで空を切り裂き、木の幹のど真ん中に突き当たった。
それと同時、魔法が直撃した部分から石火のようなものが飛散した。小さな黒い穴を残した幹からわずかに煙と焦げ臭い匂いが立ち上っている。
「何だあれは? 妹のキツネのやつは明確な火系の魔法だったが、それとは違ったな……。光の色も黄色だった」
鮫川が一瞬の出来事を、決して優れてはいないその頭の中で必死に思い出しながら言った。
「速さもすごかったぜ。時速300キロほどはあったんじゃないか?」
そう付け加えた鮫川に、俺はうなずきき答える。
「ああ。だとすると、バドミントンのスマッシュ並みの速さだな」
「……だから何だよ、その例え。前のくしゃみの速さの例えといい、それだとバドミントンのスマッシュの凄さが際立つだけだろ?」
「ま、まあな……」
俺たちの後ろで、自分の剣を曲芸のようにクルクル回しながら、雛季が割って入ってきた。
「黄色い光は、雷や電気系の魔法の時に見られるやつだよ。雛季は石がないから出せないんだけど、お姉ちゃんは出せるの!」
「『投げ矢』の意味の『DART』という魔法」と、美咲が振り返って言った。
「私の『エイト剣』には現在、『A』『B』『D』『N』『R』『T』に当たる、全部で六つの魔溜石が組み込まれているの。だから『DART』の魔法を発動できるわけ」
「六つもか? え~っと、雛季はいくつなんだっけ?」
俺が尋ねると、雛季は一度自分の年齢を答えようとしてから、首を振って軌道修正した。
「アハッ。魔溜石の数だよね? えっと、『A』とぉ『F』とぉ『O』とぉ……『X』! 何個言ったっけ?」
「四つだよ、雛ちゃん」と、美咲が苦笑いでフォローする。そしてまたこちらに視線を投げた。
「それに、カケル君は六つもかって言ったけど、強い魔法剣士からしたら魔溜石六つや四つって、少なすぎて笑われちゃうぐらいなの。パーティーに入って依頼を受けるには最低限のレベルね」
「そういうもんなのか……。それでも六つあれば、色んな組み合わせができるから、それだけ発動できる魔法の種類も増えるだろ? 今思ったんだけど、例えば……『ART』っていう魔法もあるんじゃないか? 『DART』ができるなら……」
美咲はにっこりして頷いた。
「鋭いね~、カケル君。今見せようと思っていたところだったんだよ。それじゃあ、いくね?」
そして庭の端の方へ向けた剣先を、軽快に振って見せた。
『ART』=芸術。
その名前による先入観があったからかもしれないが、彼女の振る剣先の動きはまるでキャンバスに絵筆を走らせているように見えた。
その動きに合わせて黄緑色の光の尾が伸び、晩冬の空に曲線や円が描かれる。
一通り『エイト剣』を動かした美咲は、「ダンシング・アートッ!」と力強い声を上げ、フェンシングのように剣先を前に突き出した。
【ART……美咲所持魔溜石・『A』・B・D・N・『R』・『T』】
直後、黄緑色の光は、宙に描かれた形のまま、前方に飛んで行った。
球体もある。メビウスリングのような形のものもある。ミミズのようにくねくねした線もある。
美咲が適当に空中に描いたと思われるそれらの形が、一斉に攻撃魔法となって木や茂みにぶち当たり、木っ端や切り裂かれた葉が舞った。
「……君たちに見せた本によれば、今の魔法は『特殊攻撃魔法』というカテゴリーの中の一つになるらしいの。まぁ、その中でも弱いものだけれど……」
「『特殊攻撃魔法』……?」
「火系魔法や水系魔法という分け方の他に、その性質によって『攻撃魔法』や『防御魔法』のカテゴリー分けができるの。その中の『特殊攻撃魔法』と言うものだよ。『攻撃魔法』の中でも、今のようにトリッキーな発動の仕方だったり、相手の動きを封印するような攻撃をしたりするものもこれに入る」
「相手の動きを封印……。あの須賀川って奴の、植物のつるみたいな攻撃もそれだったのか……?」
それを目にしたことがない美咲は小さく肩をすくめたが、代わりに雛季が言った。
「あ、うん。あれもそうだよ~。他にも『治癒系魔法』もあるじゃん、お姉ちゃん?」
美咲はあえて全部は挙げずに代表的なものだけを言ったのだと思うが、雛季は姉が忘れているものも覚えていたぞ、と言わんばかりに得意気な顔をした。
「あぁ、うん。そうだったね。『治癒系魔法』も当然あるわ。私の剣も雛ちゃんの剣も、今のところは使えないけどね。他にも『特殊魔法』っていうものもある。戦闘時に直接使われるというものではないけど、通信魔法や移動魔法、難易度が高いけど精神操作魔法というのもあって、それらはすべて『特殊魔法』にカテゴリーされているの」
「精神操作魔法か……。何か聞いただけでも恐ろしくなるな」
「ものにするには相当大変らしいから、使い手はそんなにいないし、大丈夫だよ。……それじゃあ、私の使える他の魔法も披露しておくね」
こうして美咲はこの後、「プラトーン・アントッ!」と言ってアリの行列のような火系の攻撃魔法・『ANT』や、「ソルジャー・ラットッ!」と言ってテニスボール大のネズミのような形の火系の攻撃魔法・『RAT』や、「インパクト・ライト・バーッ!」と言って棒状の攻撃魔法・『BAR』や、「リーフ・バットッ!」と言って、『コウモリ』のような、空飛ぶハンカチのような、ゆらゆら飛ぶ特殊攻撃魔法・『BAT』を披露してくれた。
【ANT……美咲所持魔溜石・『A』・B・D・『N』・R・『T』】
【RAT……美咲所持魔溜石・『A』・B・D・N・『R』・『T』】
【BAR……美咲所持魔溜石・『A』・『B』・D・N・『R』・T】
【BAT……美咲所持魔溜石・『A』・『B』・D・N・R・『T』】
ちなみに『BAT』は、美咲曰く、「衝突した時に与えるダメージはそれほどでもないのだけれど、『特殊攻撃魔法』に分類されている理由はその後の動きで……。あのように一定時間まとわりつき、相手の体……主に顔に張り付いて、視界を奪ったり呼吸をしづらくさせたりして邪魔をするの。うまくいけばだけど、こちらの次の攻撃機会を与えてくれる」らしい。
俺が真面目くさった顔をしてウンウンと頷いていると、美咲が突如こちらに剣先を向けた。
「ん? お、おい……何でこっちに剣を? み、美咲ちゃん? い、一体何をする気だ?」
美咲は悪戯っぽく笑って、こちらに向けた剣先で円を描く。
「ライト・バンドッ!」と、歌うように言った。
【BAND……美咲所持魔溜石・『A』・『B』・『D』・『N』・R・T】
「お、おいっ! 人に向けちゃいけないんじゃないの……かっ?」
宙に描かれた青白い光の輪がこちらに接近。
気がつけば、俺と鮫川の周りを光の『帯』が取り囲み、一気に中央へ絞られる。
それと同時、自由に身動きが取れなくなる……。
俺と鮫川は光の輪の中に捕えられた状態だった。まるできつく縄に縛られたようだ。
「おいっ! 姉ちゃんよぉ……! 何だ、これ……笑えねぇぞ?」
鮫川は額に筋が浮き上がるほど気張り、両腕を強引に左右へ広げようとするが、外側からの圧はかなりのものだ。
怪力を自負する鮫川もさすがにこの光の輪を引きちぎることができず、妙なうなり声を上げたのを最後に、体育館の天井に挟まったバレーボールのように動くのをやめておとなしくなった。
俺だっていきなり体を封じられていい気持ちはしない。
特に鮫川なんかと体をくっつけられているわけだ。奴の方を向くと、教室に放置された誰かの昆虫採集の箱の中から漂っていそうな臭いがする。
美咲は「ごめん、ごめん。冗談だよ」と頭を下げた。
「これは『BAND』という魔法。その名の通り帯状で、相手をこのように封じることができる魔法なの。縛り上げている間、体力を奪う直接攻撃もできるけど、それよりは次の攻撃のため時間を作ったり、自分の体勢を整えたりするために使う、まさに『特殊攻撃魔法』だね」
「……わかったから、そんな輝いた笑顔で語っていないで早く解いてくれ。もしかして、Sっ気あるのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」と、一瞬で美咲の笑顔が紅潮し険しくなった。
「わかった……。待って、今……」
美咲はそう言いながら、『エイト剣』を握った右手を上げようとした。
それを突如雛季が手で制す。
「ちょっと待って、お姉ちゃん! ここは雛季がやってみる!」
「え? でも……」
「『オーノー・オーノー』で断ち切れるよ、こんなの! やらせてみて」
「お、おいっ! それって斧の形をした魔法だろ? あんなのをこっちに向けて大丈夫なのかよ?」と、俺は慌てて言った。
「カケル君と鮫ちゃんの間の気を断つの! 大丈夫だよ、うまくコントロールするもんね~!」
雛季は美咲の前に出て、自分のクリーム色の鞘から剣を抜いた。
「おい、姉貴! この妹止めろよ!」と、鮫川もさすがに叫んだ。
「瀬戸が片腕斬られようが、頭から真っ二つにされようが知らんが、将来有望な俺が負傷したらどうする?」
「お前が将来有望かどうかは置いといて、俺だって斬られてたまるかよ……」
美咲は困惑したように眉根を寄せたが、一歩前に出て雛季の真剣な表情を確認すると、なぜか小さく笑った。
「フフフ、雛ちゃん……悔しかったんだね? 私がずっと魔法を披露して、二人の注目を受けていたから」
「う~」と、雛季は口を尖らせた。
「そうだよ~。お姉ちゃんばっかり、カケル君に凄いって言われて。雛季だって魔法剣士なんだからね! お姉ちゃんの魔法から、雛季が二人を助けるの!」
「いや、君の魔法もすごいと思っているって! だから、とりあえず、魔法を解くのはお姉ちゃん本人に任せよう! ね?」
急き込んで言うが、雛季はやる気充分という感じで『エイト剣』を胸の前に構えた。
美咲も苦笑いで、雛季の肩を叩いた。
「……わかった。雛ちゃんを信じて任せるから、慎重にね? カケル君を護らなきゃいけない私たちがカケル君を傷つけたら馬鹿らしいよ?」
「わかってるよ~。お姉ちゃんも下がって。いくよ~……」
鮫川はフィギュアスケーターが回転ジャンプする時のような踏ん張った顔をして、できる限り体をのけ反る。
「ま、待ってくれ……だったら、鮫川寄りに振り下ろしてくれ~!」
俺はきつく目を閉じながら本心を叫ぶ。
斧の形をした青白い光が一閃。
直後、俺は体を傾けていた左側に、ガクンと倒れた。鮫川も逆に倒れ、低い声を漏らした。
うっすらと目を開けて見回すと、俺たちの体を縛っていた帯状の魔法『BAND』は、周囲にわずかな残光を散らしながら消えかかっていた。
雛季の振り下ろした剣から放たれた『AX』が、見事に『BAND』を断ち切ったのだ。
「よしっ! やったね~!」
雛季はガッツポーズをし、『エイト剣』を鞘に収めると、ピョンピョン跳ねてこちらに近づく。
「カケル君、無事救出~!」と言って、芝生に片膝をついた姿勢の俺に、横から抱きついてきた。
美咲は一息ついて、小さく拍手した。
「お見事、雛ちゃん! イタズラ半分でやった魔法だけれど、一発で解かれるとは思わなかったよ。それに気のコントロールもバッチリ。お姉ちゃんももっと頑張らないと……」
「エヘッ」
明らかにお世辞も含まれている感じだったが、雛季は気づかず、美咲に褒められて満足気だ。
「……こっちの身にもなってくれ」
心臓の位置に手を当てながら呟く。横で鮫川も愚痴を言っている。
「ごめん、ごめん。……とりあえず、これで私の魔法は終わり」
美咲は剣を鞘に収めた。




