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第40話・新たな悩み

「雛ちゃん……! もう大丈夫なのね、雛ちゃん?」

 パーティーでの仕事から帰ってきた美咲は、涙声で言った。

 玄関先で彼女を迎えたお袋さんから、今日農園で起こったことを大まかに聞いたらしく、やや青ざめた顔でリビングに駆け込んでくると、ソファの上の雛季に抱きついた。


「うん、大丈夫! お婆ちゃん先生に診てもらったの。もう何ともないよ~」

 雛季(ひなき)の朗らかな笑顔を改めて見てから、美咲はソファの背もたれに崩れるようにもたれかかった。


「……よかった。ワイルド・デビルボアは相当な相手だから……。お姉ちゃん、すごい心配しちゃった」


「四頭のうちね、二頭は雛季が倒したんだよ。あ、でも、途中までは他の魔法剣士の人が相手してくれていたんだけど……。それで、最後の一頭に背中をやられちゃって、剣も落としちゃったんだけど」


「『エイト剣』を?」

 美咲は一驚し、頭を起こした。

「それでどうやって……?」


「あれ、お母さんから聞いてないの? その絶体ゼツメイ大ピンチの場面で奇跡が起きたの。雛季の剣を拾ったカケル君が魔法を発動して助けてくれたんだよ!」


「カケル君が、魔法を……?」

 彼女が怪訝(けげん)そうな顔をこちらに向けてきたので、控え目にうなずいた。


「不思議なことに、そのタイミングで初めて剣が震えて光ったんだ。だから、もしかしたらと思って、出たとこ勝負で剣を振ってみたんだ。雛季の口にしていた魔法の名を同じように叫んで、その魔法の形とかを頭に浮かべながら……。そしたら、発動したんだ。自分でもビックリしたよ」

 

「すごいじゃない。正直、もうカケル君には魔法術者の能力はないと思っていたのに……」と、美咲。


「ホント……」と、お袋さんが盆に載ったティーカップを美咲の前に置いて言った。

「我が家に四人も魔法術者の能力が備わった人間がいるなんて、お母さん、頼もしいわ~」

 

 美咲は小さく笑ってから、カップの紅茶を一口飲んで、しかしその後わずかに曇った顔を見せた。


「……あれ? 思ったより、喜んでいるという感じじゃないな?」と、俺は言った。


「ああ、ゴメン……。もちろん君にも能力があったことは、私も嬉しいよ? でも、その先のことを考えて……」


「その先~?」と、雛季が隣に座る姉に寄りかかりながら訊いた。


「だって、これは鮫川君にも言えるけど、正確に魔法発動できるようにはまだまだ訓練が必要だし、それに肝心の『エイト剣』が手に入っていないから……」


「だったら早く情報屋のとこに行って、手に入る場所を訊こうぜ? そうしたら訓練ももっとできる。まぁ、どっちみち、怠け者の瀬戸の成長は遅いだろうがなぁ」と、鮫川が言った。


「うるせーよ。俺だって自分の剣があったら……」


「その剣なんだけどね……」と、美咲が俺たちを遮った。

「『エイト剣』入手について、同じパーティーの子から聞いた話では、やっぱり相当な額を請求されるらしいの。それも二本ってことになると……すぐには用意できないかな」

 そう言って、美咲は頬杖をついた。


「じゃあ、情報屋の所に行くのも、まだ先の話ってことか? かぁ~っ」

 イライラした顔つきで頭を掻きむしる鮫川を、俺はなだめる。

「仕方ないだろ。住まいや食事の世話をしてもらっているだけありがたいと思えよ……」


「護衛の方も心配しないでね? 明日は私も家にいられるから、雛ちゃんと一緒にしっかり護るよ」

 薄い笑みを浮かべてそう言うと、美咲は席を立った。トイレらしい。

 

 その間、夕食の用意をしていたお袋さんがエプロンで手を拭きながら言った。

「親バカに思われるかもしれないけど、あの子はね、約束はしっかり果たす子だから。何としてでも二人の剣を買うお金を貯めようと考えているはずよ」


「雛季もお金貯めるよ~。パーティーからもらえるお金!」


「あら、雛ちゃん。お菓子買うの、我慢できるの? フフフ」


「できるよ~……多分。菓子パン一つ減らすようにして……あと、カップケーキもやめよう。チョコとポテトチップスとキャンディとクッキーとアイス、それに普通のケーキ。これだけで何とか頑張ろう、うん!」

 指折り数える雛季に苦笑いをしながら、彼女の援助は期待できないなと、思う。

 

 早速、瓶ビールを開けて一杯やり始めていた親父さんが、ダイニングのいつもの席から聞き取りづらい小声で言った。

「しかし……美咲も本心では困っているんだろうな……」


「え?」と、視線を親父さんに向ける。


「いや、元々俺たちの稼ぎもそんなない上に君たちも来て、その上、娘たちのうちどちらかが護衛しなくてはならないから……。自分のパーティーに来る依頼だけでは、お金はなかなか貯まらないんだよ」

 

 俺の顔が申し訳ないという表情になっていたからか、お袋さんが慌てた。

「お父さん……! ちょっと飲み過ぎているんじゃないの?」


「まだちょっとしか飲んでないさ」と返して、親父さんは話を続けた。

「娘たちが入っているパーティーっていうのは、魔法剣士の全パーティーの中でも小さい方なんだ。所属しているのは女性ばかりだから、街の連中にも信頼されていない。魔法剣を使うなら大して関係ないと思うがなぁ。女性蔑視だな」

 

 そう愚痴ってから、一気にコップを開ける。

「……だから舞い込む依頼も少ないし、金にならない小さなものばかりだと、自分でも前から嘆いていたよ」


「そうなんスね……。その上、俺たちの護衛か……」

 俺のその呟きは、沈黙に吸い込まれていった。

 

 しばらくして頭にあることが浮かび、俺は思わず膝を叩いた。

「あの! 『エイト剣』がなくても、魔溜石があれば魔法術者としての能力を発揮することができるんですよね? 例えば、さっきの病院のお婆さんのように」


「……まぁ、それはね」と、親父さんはまたビールをコップに注ぎながら言った。


「『エイト剣』のように即魔法を発動……とはいかないが、必要な魔溜石を揃え、時間や労力を掛けさえすれば、魔法術者は色々なことができる。この世界を支えるインフラの整備はもちろん、もっと個人的、小規模なことでも魔法術者の力は重宝されている。この家の中の魔溜石灯のように、魔溜石さえあれば誰でも使えることができる『魔神具(マシング)』だって、生産するのは魔法術者でなくてはできんし、とにかく剣を持たなくても需要はいくらでもあるよ」


「またぁ~。簡単なように言っちゃうんだから、あなたは……」と、お袋さんが沈んだ声で言った。


「え? それも難しいんですか?」と、俺。


「う~ん、まあな……」と、親父さん。

「それにもやはり訓練は必要だ。魔法術者の能力はあると認められたものの、魔法剣士としての資格は与えられなかった……そういう者はその後、大概、魔法術者の学校に進む」


「それか~……」と、雛季が顔を近づける。

「そういう学校の卒業生や、知り合いの魔法術者なんかに頼んでいろいろ教わるの。でも~……うちにはそういう人がいないんだよ~」

 

 そしてお袋さんが続いた。

「美咲ちゃんなら『エイト剣』なしでも使える魔法を多少は身に付けているけどね~。それでも、お金を多く稼げるほどのものでもなくて……。パーティーの仕事をこなすのと大差ないの」


「それでも……美咲さんから教えてもらって習得すれば、俺たちも魔法術者の仕事ができるってことですね? 稼ぎは少なくても、多少は親父さんやお袋さんたちの役に立てる」


「まぁ、ありがたいことを言ってくれるねぇ、カケル君」と、お袋さんは笑顔のまま涙を拭う演技をした。


「しかしなぁ~。その手の魔法を身に付けたとして、それが今の農園の手伝い以上にオッサンたちのためになるかはわかんねぇだろ?」

 鮫川が横やりを入れる。

 ふてぶてしい態度でソファに座っている姿は、まるで被告人席で極刑を言い渡されるのを待っている悪人のようだ。


「何だよ……。少しでも協力できればと思って考えたのによぉ……」


「まぁ、他には……」と、親父さんは天井の一点を見上げながら呟いた。

「『魔法術者の書』を読んで、独学で魔法を使えるようになるっていう手がある。取り組み次第では、かなり重宝される魔法も使えるようになるかもなぁ。例えばあの医者の婆さんのように……」


「『魔法術者の書』? そういう本があるんですね? じゃあ、それを見て頑張れば、稼げなくもないということですね?」

 再び俺は勢いづいた。

 

 が、親父さんはすぐに首を振って、寂し気な笑みをこぼす。

「その書自体もいい値がするんだ……。当然だな。編纂した者たちも魔法術者だ。安い値で売り出して、何でもこなせる魔法術者が簡単に生まれてしまったら、ライバルが増えて、今度は彼らが食いっぱぐれてしまうからな……」


「それじゃあ……やっぱり、このまま農園の手伝いをしていた方が一番か……」

 うなだれて、頭を掻く。

 

 視線を少し上に向けると、ダイニングからこちらを横目で見ていた親父さんの視線と重なった。

 親父さんは目を逸らし、ビールを喉に流し込んだ。

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