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第39話・戦闘を終えて

 最後の魔獣を倒すと、雛季(ひなき)が四つん這いで近づいて来た。

「やったね、カケル君。魔法が出せたんだよ? カケル君にも特殊能力があったんだよ~」

 その顔には先ほどよりも明るさが戻っている。


「ああ、信じられないよ……。しかしそれより、君は背中、大丈夫なのか? ずいぶんダメージを受けたみたいだけど?」


「う~ん、痛いけど、なんとか……。ポーションで治して治癒できると思うの」


「治して治癒って……まぁ、それはいいとして、ポーション? そんな物があるのか?」


「治癒系の魔溜石(まりゅうせき)の粉を配合して作られた魔法の水だ」

 歩み寄ってきた親父さんが、雛季の背中を確認して言った。

「あ~……うん、まぁ、この程度なら消毒して、ポーションを飲んで安静にすれば大丈夫かもな」


「何言ってんのよ、あなた」と、お袋さんが顔をつっこんできた。

「念のため近くの魔法術者の所へ行って、ちゃんとした治療を受けさせましょう。ねっ、雛ちゃんも、わかった?」


「う、うん……。大丈夫だと思うけど、お母さんがそう言うなら……」

 雛季は面倒臭そうだったが、渋々承知した。

 俺もその方がいいような気がした。

 きっとこの場に姉の美咲がいても同じように言っただろう。

 

 雛季は親父さんとお袋さんの肩を借りて立ち上がってから、倒れているワイルド・デビルボアを改めて見下ろす。

「でも本当にすごいよ、カケル君。やったね!」


「そうだな。まったく驚いたよ。君にもまさか魔法術者の能力があるなんて」

「これまでは剣も反応してなかったわけでしょ? 例外的な覚醒が起きたのね」

 親父さん、お袋さんが続けて言った。


「は、はぁ~……そうみたいですね」と冷静を装って言ったが、心は騒ぎ立っていた。

 まだ震えがおさまっていない手の中にある、『エイト剣』に再び目をやった。

 

 信じられないことだが、この剣の力を借りて自分であんな魔法を発動させたのだ。

 興奮がなかなかおさまらない。

 

 だが、鮫川(さめがわ)の刺々しい声が俺の頬を引っぱたいた。

「俺の出す魔法よりは大したことがなかっただろ……?」

「そ、そうだったか? いや、お前よりも……」


「結果発動したからよかったものの、何も起きなかったらどうする気だったんだ?」

「それを言われたら辛いが……ちゃんと出たんだからいいだろ? 人の成長を素直に喜べない奴だな、お前は」


「あの時点では、素直に俺に剣を渡していた方が助けられる確率は高かったはずだぞ?」

「お前のいた所に投げて渡していたら、多分間に合わなかったって……」と、俺は顔をしかめて言う。


「お前があたふたしていなければ間に合ったと思うがなぁ。どうせなら、さっき運んだ女剣士から剣を借りてればよかったぜ……」


「まぁまぁ、鮫ちゃん。誰が戦ったにしても、何とかなったからいいじゃん! 結果オーライなの」

 雛季がいつも通りの明るい調子で言うと、鮫川はしかめっ面をした。


「すっかり元気っていう感じだな……。オポッサムのように死んだふりしていたんじゃないだろうな? と言うか、魔法剣士ならどんなにダメージを受けても、剣を放したらダメだろ……」

 

 もっともな意見だと思ったのか、雛季は照れ笑いを浮かべる。

「アハッ。それは雛も後から失敗したと思ったよ……。でも死んだふりなんかしてないのは確かなの! 本当にあの時は立ち上がれないぐらい痛かったの!」


「わかっているよ……」と、俺は少し離れた場所にいる鮫川に聞かれないように、雛季に囁いた。

「あいつは自分の活躍の場がなくなって悔しいんだよ。それに、俺よりリードしていたと思っていたのに、並ばれてしまったから焦りがあるのさ」


「アハッ。でも~、こうなったらカケル君の剣も必要になるね?」


「ああ、そうだな……。能力が備わっているとわかった以上、自分専用の『エイト剣』が欲しくないと言ったら嘘になるな。あっ、そうだ。これは雛季のだから返すよ」

 

 雛季の『エイト剣』をまだ自分が持っていたことに気づき、彼女に手渡そうとした丁度そのタイミングで、周りをうろうろしていた須賀川(すがかわ)が寄って来た。

「あ~、その……助けてもらったことは感謝するぜ」

 目を合わせず、不本意そうな言い方だ。


「いいの、いいの! 雛季も魔法剣士だし、お互い様だよ~」


「まぁ、お金をもらって雇われているから、お前たちにはもっとしっかりしてほしかったけどな……」

 俺が須賀川を尻目に見ながら嫌味っぽく言うと、奴はうなだれて溜息をついた。

「あぁ~……今回の分はさすがにもらえねぇかなぁ」


「だろうな。しっかり稼ぎたければ、これからは真面目に護衛をすることだな」


「わかっているさ。今回の件で考え直した。俺はしばらく仕事を辞めて、魔法剣を鍛えることにするぜ。今度会った時は、嬢ちゃん! あんたをしっかり護ってやるぜ」

 須賀川は俺を通り越し、雛季に向かってそう言うと、コンタクトが目の中でずれたかのような不器用なウインクをした。

 

 明らかに下心も含んだ顔をしていたが、雛季は嬉しそうに「うん。農家のみんなもちゃんと護ってね。期待してるよぉ!」と返した。

 

 須賀川はこちらに背を向けたまま手を振って、立ち去る。

 何とも格好つけた去り方だが、雛季はその時大きなあくびをしていて、すでに彼を見てはいなかった。

 

 俺は改めて雛季に『エイト剣』を返そうと、それを持っていた手を彼女の方に回した。

 その瞬間、『エイト剣』の刀身から青白い光が発せられて、前方に、女の子の丸めた靴下ぐらいの大きさの青白い光の玉が飛んで行った。

「うあっと!」

 

 意図せずに出たわずかな魔法に、俺は慌てて剣を引っ込めて、剣先を下に向けた。

 青白い光の玉は……前を歩く須賀川の肩の上、顔の横すれすれを通過し、やがて虚空(こくう)に消えた。


「はっ……今の何だ?」

 右頬をさすりながら振り返った須賀川は、上ずった声で訊いた。

 

 俺は苦笑いをして答える。

「悪いな。魔法が飛んで行っちまった。こういうことがあるからさ、魔法剣士の傍を通る時は気をつけてくれ」

 いつぞや、須賀川が俺に言ったことと同じようなことを返してやった。


************************************************************ 

 

 農園にはすっかり夜の(とばり)が下りていた。

 畦道(あぜみち)に点在する外灯や『ゴブレット』外壁から向けられている灯り(農園や魔巣窟から戻ってくる者たちへの少しの気遣いと、夜間の魔獣の接近を監視するという目的かららしい)はあるが、やはりそれだけでは心細い。

 

 残っていた農家の人たちは固まって『ゴブレット』に戻ることになった。


 荒らされた畑の一部は、その畑の所有者はもちろん、農園のみんなが協力して明日から整えることになった。


 そして畑を荒らし回った張本人たち……ワイルド・デビルボア四頭の片づけはと言うと、中央本部の者たちに任せることになった。

 一旦彼らが『ゴブレット』に運び入れ、胸の骨に蓄積されると言われている魔溜石を取り出す。


 本来なら、魔獣を倒した者……つまり雛季や俺たちがその魔溜石をすべて手に入れることができるはずなのだが、雛季は魔獣を(さば)くのは苦手と言うし、もちろん俺も気持ち悪くてできない。

 

 同じく、魔獣を倒すことも、その肉を捌くという経験もない親父さんたちもできるはずがないと言った。

 須賀川はじめ他の魔法剣士たちもすでにおらず、魔溜石獲得の権利を放棄した状態だ。


 それなので中央本部に一任することになり、四頭の魔獣から取り出された魔溜石のほとんどを彼らが、残りの一部を雛季や俺がもらうという取り決めをした。


 鮫川はその段階で口を挟んだ。

 それなら俺が一人で魔溜石を取り出し、全部もらった方がいいと言い出したのだ。

 しかし、魔溜石を取り出すだけでいいという問題でもないと、親父さんたちに(さと)された。


 普通、ワイルド・デビルボアの肉は肉屋に、皮は様々な職人に分配され、利用される。

 それらの(わずら)わしい仲介は、まとめて中央本部の者に任せたほうがいいだろう、と。

 鮫川も渋々引き下がった。


 こうして、ワイルド・デビルボア四頭は、駆けつけてきた中央本部と衛兵たち数人によって『ゴブレット』に運ばれて行った。


 それが魔獣とて、皮を剥がれ、骨を取られ、肉を売られるとなると、少し残酷で気の毒になるが、これが『惑星サライ』に生きる人たちの習わしだ。

 いや、『サライ』に限ったことではなく、俺たちのいた地球でもそれとほとんど変わらないことは行われている。

 都会に生きて普通の暮らしを送って来ていたから、見落としがちになっていただけなのだ。


 親父さんが誰に聞かせるというわけでもなく、ボソッと言っていた。

「魔獣にしても動物にしても野菜にしても、食事の時にはそのものへの感謝が大事だ。魔溜石にしても毛皮にしても骨や牙、角にしても、利用する時には感謝だな……」

 

 その後『北東門』から『ゴブレット』に入って、他の農家の人たちと別れた琴浦家の面々は、家にすぐには戻らず、北東部エリアの小さな病院で雛季の背に負った傷を診てもらった。   


 病院と言っても、最新の医療機器が揃っているということはもちろんない。

 周りの民家とさほど変わらない家屋の中に、診察室と幾つかの病床があるだけだ。

 

 しかし最新の医療機器はなくても、それ以上の効果をもたらしてくれる魔溜石と、魔溜石を使った薬の数々が並んだ棚があった。

 それらを使って、治癒系の魔法に精通している魔法術者(この人たちが『サライ』の医者である)が、患者の傷や病気を治し、回復させる。


 男性陣が診察室を追い出された後、雛季は打撃を受けた背中に塗り薬を付けられたそうだ。

 診察室前に引かれたカーテンの向こうから、医者の婆さんの、呪文と思しき声が聞こえていた。ピカソの長い洗礼名を繰り返し言っているかのような呪文だった。


 お袋さんと一緒に診察室から出てきた雛季は、先ほどよりも快方に向かっているようだった。

 痛みも消えたらしく、お袋さんに手を借りることもなく一人ピョンピョンと跳ねていた。


「傷跡ももうほとんどないよ」と、うららかな声で言って、シャツの裾をまくって背中を見せようとしたが、「はしたないよ」と、医者の婆さんに手を(はた)かれた。

 余計なことを……と、婆さんを恨めしく見る。

 

 親父さんたちは、ワイルド・デビルボアとの戦いで少なからずダメージを受けた俺にも、ポーションを買って飲ませてくれた。

 街の薬局や食料品店でも普通に手に入るが、こういった病院でも買うことができる。

 

 ポーションは栄養ドリンクのように小さい、紫色のガラスの瓶に入っていて、味はレモン水に少し苦みを足した様な感じだ。飲まずにすむならすませたいものだ。

 

 しかし飲み終わってからしばらく経った、家への帰り道、体が急に軽くなったのを感じた。ポーションのおかげなのだろう。

 受けたダメージが大きければ大きいほど、もっと明確にその効果を実感できたかもしれない。

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