第38話・俺の武器は…… ≪キャラ挿絵≫
魔獣に倒された娘に、親父さんとお袋さんが「雛季ぃ!」と遠くから叫んだ。
それと重なるように、斜め前で須賀川のかすれ声がする。
「ボーっとすんなぁ! 一頭、生き残りだ!」
「な、何でだ? 雛季が全部倒したんじゃ……?」
そう吐き出しながらも、俺はクロスボウを構え……いや、その段階で俺の手にはクロスボウがなかった。
「な、ない?」
雛季とぶつかって、横に飛んでしまっていたのだ。
薄闇の中、ワイルド・デビルボアの輪郭がはっきり浮かび上がって来て、その険しい形相がすぐそこに迫っている。
すぐ傍には、武器を失った雛季が倒れている。
絶望的状況……。
「……雛季が最初に倒した奴だ」と、雛季は倒れながら小さな涙声を出した。
「途中であの女の子を助けに行ったから……中途半端になって……」
「なるほど、そういうわけか……。わかったよ、だからもう無理して喋らなくていい」
ワイルド・デビルボアに目を見据えたまま、そう答える。
そして、自分の手に握られている物を見る。
俺の武器は……。
死を覚悟しながら、ワイルド・デビルボアの牙に向かって自ら飛びついた。
鉄の塊のような硬く重々しい感触が伝わった。
上に曲がったその牙に、両腕でぶら下がる。
魔獣は俺を振り落そうと、頭を傾ける。
それによって幸運にも進行方向が多少変わり、雛季が踏まれたり蹴られたりすることはひとまず避けられた。
しかし、雛季を護れたとしても、俺の命が危ない。
まるでこの世にしがみつくように、魔獣の牙に掴まる。
ブルブルと体を揺すられながら、俺は唯一の武器……クロスボウの予備の矢数本を握り直した。
牙に絡めていているその手を離し、片手で矢を顔に突き刺す。これといった感触は伝わってこない。
ワイルド・デビルボアは鳴き声も上げず、ただ鬱陶しそうに首を振った。
「うおわっ!」
しばらくは耐えて、片手で牙に掴まっていた俺だったが、ついに振り落とされてしまった。
横になった体勢のまま3メートル以上飛ばされ、土の上で派手に転がる。
「カケル君っ……」と、雛季の潤んだ瞳が視界の端に映った。
その声の方を一度振り返ったワイルド・デビルボア。
一瞬その口元が笑ったようにも見えた。
目の前で転がっている男か? 後ろで倒れている女か?
どちらを先にこの牙で突き刺してやろうか?
そう迷っているような……。
男は矢で攻撃してきた。しかしそれは大したダメージではなかった。
それに対して女の魔法による攻撃には手こずった。
そして仲間も三頭やられた。
あの女の方が危険だから、先にとどめを刺した方がいいかもしれない……。
などと考える知能があるかはわからないのだが、ワイルド・デビルボアはそこで踵を返し、雛季の方へ頭を向けたのだ。
「や、やめろぉ!」
俺は叫び地面に爪を立て、必死に体を起こす。
手の中にはもう何もない。
武器は……土と、周囲にこまごまと落ちている石ぐらいのものだ。
それでも徒手空拳で挑むよりはマシだと思い、小石をかき集めようとした時、自分のすぐ傍に、雛季の『エイト剣』が落ちていたことに気がついた。
しかしそれも、今は主の手から離れ、光を失い、少し大きく歪な石のように周囲の黒い土に溶け込んでいる。
その時、脳天を叩くような声が響いた。
「瀬戸ぉ! その剣をこっちに貸せぇ!」
鮫川だった。
ワイルド・デビルボアの隆々とした背を挟んで、向こう側に彼の姿がある。
あの女性魔法剣士は無事安全な場所に連れて行けたのだろう、もちろんその場に彼女の姿はない。
俺は雛季の『エイト剣』を手にする。
鮫川に命令されたからではなく、その前から腹積もりはできていたのだ。
魔法を発動できなくても、普通の剣としてなら使えるはずだ。
もちろん普通の剣のように、斬撃や打撃を想定して作られているわけではないだろうから、刃も研ぎ澄まされているわけではない。
魔法が使えないのなら、普通の剣よりも劣るかもしれないが、少なくとも礫攻撃よりもまだ効果が望める。
だから俺は反射的にその剣に手を伸ばしていたのだ。
「早くこっちへ投げろ! そこで寝転がっている女がどうなっても知らねぇぞ?」
「わかっているって……」
この状況を打破するためには、鮫川にこの『エイト剣』を投げ渡す。
それが最善策のようだ……。
「俺に渡してもいいんだぜ?」と、須賀川も口を挟んでいたが、奴の位置はここから距離がありすぎるし、片腕を負傷した状態なので無視することにした。
鮫川にこいつを投げて渡す……。
そう思って『エイト剣』の柄を強く握った時、思いもよらぬことが起きた。
小刻みの振動……。
視線を手元に落とすと、掌中で剣が煌々と輝いていた。
「な、何? こ、これって、まさか……」
「ひ、光ってる……。ひ、光ってるよ、カケル君……」
倒れながらもこちらに目だけを向けていた雛季が、途切れ途切れに言った。
その間、ワイルド・デビルボアが大きく体を左右に振って、雛季に突進する構えを見せた。
「カケル君! 君にも能力があるぞ! 剣を振れぇ! 娘を、娘を助けてくれぇ!」
鮫川の後ろに立っている親父さんが叫んだ。
まるで発破のようなその言葉で、余計に剣の発光が強まった気がした。
「俺にも能力が……?」
口元で呟き、そして目を見開いて魔獣を見る。
奴は頭を低くして、地面を強く蹴った。
その牙で、雛季を突き上げる気だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁ!」
俺は喊声を上げてワイルド・デビルボアの巨体に突撃した。
「バカが! 俺に貸せよ……」
鮫川の声が耳に入ってきたが、もう剣を渡している余裕はなかった。
地面を蹴って跳び上がり、大きな声を上げながら、両手で握った『エイト剣』を振り下ろす。
先ほど見た、雛季の放った『オックス・アタック』の牛のような形を頭にイメージして……。
「オーックースッ!」
【OX……雛季所持魔溜石・A・F・『O』・『X』】
叫び終わると、『エイト剣』の振動は一層激しくなって握った手のひらに伝わり、軽いしびれを起こさせる。
刀身を包んでいた青白い光が、真紅の光へと変わっていく。
そして振り下ろした刃先から、これまた真紅の、楕円の光が前方に飛び出して行った。
規模は……鮫川が初めて出した時に表現した、中型犬サイズよりも大きい。
それこそ一般的な大人のイノシシや豚ぐらいはある。
楕円の前方には角のような二つの突起もできている。
もちろん名前通りに牛のサイズとまではいかないし、ワイルド・デビルボアの体よりも大きくはないが、それでも前を行く魔獣にかなりの衝撃を与えられたようだ。
ワイルド・デビルボアはすぐ横の雛季を通り過ぎて前に吹っ飛び、巨岩のように転がって倒れた。
「わ、わ……怖かった……」と、雛季は顔を青くして言った。
確かに、結果的には雛季を巻き込まずにすんだが、今放った魔法が雛季に当たっていたかもしれないし、ワイルド・デビルボアに彼女の華奢な体が押しつぶされていたかもしれなかったと、後から肝を冷やす。
とにかく今、幸運にも魔獣は雛季から少し離れた場所でもがいている。
俺は昂る神経を抑えるために、一つ、二つと深呼吸してから、改めて剣を構えた。
魔獣に向かって走り、地を蹴って跳ぶと、声を張り上げた。
「オーノー・オーノー!」
【AX……雛季所持魔溜石・『A』・F・O・『X』】
振り下ろした剣から、青白い斧型の気が出現。
刃に当たる部分がワイルド・デビルボアの背を斬り、肉片が飛び散った。
しばらくして、完全にワイルド・デビルボアから精気が消えた。
それを見届けると、俺は腰から崩れた。
妙な疲労感にも襲われる。おそらく魔法を発動したことによるものなのだろう……。
挿絵・カケル




