第32話・防具姿の姉妹 ≪キャラ挿絵≫
雛季と同じく女の子らしいモコモコした生地の寝間着を身に付けて、脱衣所から廊下に出てきた美咲は、依然赤らんだ顔をプイと横に向け、俺の横を過ぎて行った。
しかし、トイレに行こうと思ったという俺の言葉は信じてもらえたようだし、突然の出来事で頭も体もフリーズしていたから裸は記憶に残っていないんだと言う、半分嘘を含んだ言葉にもある程度納得してくれたみたいで、「使用中ということを示していなかった私も悪かったから……。今後は考えなくちゃね」と、半ば諦めるようなニュアンスで許してくれた。
トイレで用を足し出てきた俺は、ダイニングの椅子に座って髪をタオルで拭っていた美咲におずおずと述べた。
「そもそもこんな時間にお風呂に入っているとは思わなかったんだ」
「食事の後片付けとか、『エイト剣』や防具の手入れをして忙しかったんだよ」
「防具? 君たちも持っているのか?」
「今日は大した仕事じゃないとわかっていたから横着して装着しなかったけどね。防御系魔溜石を一部材料にした、軽めの防備は持っているよ。それより、君こそ、まだ寝ていなかったなんて……」
「あ、ああ……」と、苦笑いをしながら頭を掻いた。
「疲れてはいるんだけどな。いろいろ考え出すと、やっぱりすぐには眠れなくって」
「いろいろ……。家族のこととか?」
そうだ。
胸が苦しくなるほとんどの原因が別れた家族のことを思ってなるのだ。
しかしその通りに返すと、また美咲たちを心配させてしまうだろう。
元いた世界のことは、彼女たちにもどうにもならないことだから、それを口にされると苦しいだろう。
少し考えた挙句、こっちの世界で解決し得る、目下の問題……伊賀のことを切り出した。
「君の方から言わなかったってことは、やっぱり進展はなしか?」
美咲は小さく唇を噛み、頷いた。
「捜す範囲を広げる必要があるかもしれない……。私たちのパーティーは小さいから、もっと大人数の、広範囲に活動しているパーティーにも協力してもらわないとダメかも」
「そうか……。あっ! さっき言っていた情報屋は? 伊賀のことを何か知っていないかな?」
「う~ん、君たちが来てから日もそれほど経っていないし、『キャッスル』内のことに関しては情報入手の難易度が上がってしまうからね……どうだろう? 今度訪ねるまでに、その伊賀っていう人の手がかりが掴めていなければ、天川さんに訊いてみるのも手かもしれないけど……」
「……けど? 情報料の問題か?」
浮かない顔をして訊くと、美咲も沈んだ表情でうなずいた。
「情報屋の料金は基本前払いだから、大した情報がないのにふっかけられる恐れはあるの。まぁ、他のパーティーに依頼するなら結局似たようなものだけど」
「金かぁ……」
そう小さく吐き出し、椅子の背にもたれかかって頭を抱えた。
いつの時代も、どこにいても、金の問題はつきまとってくるものだ、と年寄りじみたことを思う……。
それでも美咲は、「心配ない」、「お金はなんとかするから」と励ましてくれるのだが、彼女や親父さんたちの負担になるのは間違いない。
かと言って、当面はこの街で稼ぐ手立てが俺たちにはない。
やはり親父さんたちの農園で、せめて何か手伝わせてもらわなければ、と改めて決意した。
しばらくして、部屋に戻るため立ち上がると、背後から美咲が呼び止めてきた。
彼女は逡巡している様子を見せてから、やがてまた口を開いた。
「よっぽど眠れないようだったら……その~……来てもいいからね? 私たちの部屋に」
「えっ? ええ~?」
唐突に飛び出した大胆な発言に、俺は目を丸くする。
彼女の方は頬を染め、胸元で両手を素早く振りながら、すぐに続けて言った。
「よ、よっぽどの時ね? この先のことが心配で眠れないっていう場合よ。わ、私たちと話しながら、次第に眠くなるってこともあると思うから……言ってみただけ」
美咲はうつむきながら小声でそう言うと、顔を隠すようにまたタオルで髪を拭き始めた。
こっちもはにかみながら、「そ、そうだな~……ハハハ」と、上ずった声で返す。
「い、いつかそういう時があったら、は、話を聞いてもらおうかなぁ」
「う、うん。睡眠がよくできないと余計ふさぎ込んでしまうことがあるもん。そうなると、こっちも心配になってしまうから……気兼ねなく言ってね?」
「オ、オーケー」
俺は引きつった顔に笑みを浮かべ、椅子に座り直しクシャクシャと乱暴に髪を拭く美咲に背を向け、部屋に戻った。
鮫川は寝姿こそ変えていたが、相変わらず大きなイビキをかいている。
そこに、さっきの美咲の言葉……。
元の世界のことは頭の隅に追いやることができたが、別の種の緊張感がまとわりつくことになり、案の定、この後もなかなか眠りにつくことができなかった。
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琴浦家にお世話になって二日目の朝を迎えた。
俺たちは、お袋さんたちが買ってきてくれた服に着替えた。
ジャージのような黒いシンプルなズボンに、紺色の厚手のシャツ。
鮫川も下は俺と同じズボンのサイズ違い。上は墓石みたいな黒ずんだ灰色のシャツを着ている。
一階へ下りると、お袋さんとやや俺の視線を気にしているような様子の美咲が、朝食にパンと野菜スープ、コーヒーを用意してくれた。
寝ぼけ眼のまま、鮫川や雛季と共にそれらを平らげる。
「このパンは少し硬いかも。二人とも気をつけてね、歯」と、お袋さんが前置きして出してくれた通り、確かにオランダ土産の木靴のように硬いパンだった。
この硬いパンに慣れているであろう雛季も、食べるのに苦戦していた。やはり嫌いなのだろうか、露骨に不服そうな顔をしたままかじりついていた。
親父さんは相変わらず物静かに朝食を済ませ、いち早く農園に出かける準備を始める。
どうやらこんな感じで琴浦家の一日は始まるようだ。
朝食を取っている間に、親父さん、お袋さんたちと話し、正式に農園の手伝いをさせてもらうことになった。
今日からしばらくは見習い期間として軽い作業をし、徐々にできることを増やしていくのだ。
表に出て、汚れてもいいように農作業用の服を借り、普段着の上に着込む。
俺の作業着は普段美咲が手伝う時に使っているというベージュのつなぎで、所々に乾いた土や汚れが付いている。
横で鮫川も面倒くさそうに黒いつなぎを着込む。それは親父さんが前使っていたものらしく、俺のものよりもさらに汚れや穴が目立つ。
二人ともサイズは少し小さめだが、新しいものを買ってもらうのは悪いので黙っていた。
そうこうしているうちに、玄関扉から姉妹が出てきた。
二人は今までの格好とは違う。防具を身に付けていたのだ。
「うおっ!」と、その姿に俺は目を瞠った。
二人とも一部プレートが使われた革製の胴鎧、小さめのポールドロンを身に付けている。
その下には胴鎧と同じ素材のフォールドがミニスカートのように腰部を護っている。
その割には、姉妹どちらの胴鎧も胸元が開いていて豊かな胸の谷間が見えているし、内腿も見えているので嬉し……いや、少しだけ軽い印象を与えている。
美咲の胴鎧やフォールドは黒い革、プレート部分が銀色に白い模様が入っている物で、いかにも鎧というような印象に対し、雛季のそれはクリーム色の革に、薄いピンク色のプレートでできた物で、何だか可愛らしい。
フォールドの下には、美咲が私服の白いスカート、雛季が、よりピッタリとした水色の短パンを穿いている。
胸元、腕、脚と、肌が露出している部分が多いので、二人とも完全に体を護るというよりは身軽さやファッション性を重視しているように見える。
「すごい格好だな」と、姉妹を交互に見ながら言った。
「今日はそれだけ危険な場所にでも行くということなのか?」
「私はいつものパーティーの仕事だけど、一応軽めの防具を装着してくるように言われたの」
「雛季はみんなと一緒に農園に行くって言ったよ~? 壁の外に出るから、念のためなの。カケル君たちをちゃんと護れるようにだよ」
「そうか。農園に行くには壁の外に出るんだったな……」
神妙に呟く俺の横で、鮫川が忌憚なく言った。
「コスプレみたいな格好だな。体を護るために来ている割には、丸出しの部分が多い。そんなんでもし魔獣が出た時に戦えるのか?」
「魔巣窟に向かう時とか、もっと危険な仕事だとわかっている時は、この下にさらにメイルを装着したり、ガントレットとかグリーブを装着したりすることもあるけど……」
美咲は自分の胸元に視線を落としてから、ベルトで左の腰に吊るされた『エイト剣』に手を掛けて言った。
「防御も基本この剣でやることになるから、特に大きな違いはないのよ。重装備というのは剣を手放してしまった時などの緊急事態に備えて。でも普段の動きや攻撃時に逆に不利になるから、特に女性魔法剣士はこの程度の装備の人も多いの。それに、これら防具にも魔溜石が材料として使われていて、ダメージを軽減してくれるのよ。いつも防御魔法の薄いベールに護られているような感じ……」
「まぁ、いいさ。妹があまりにも頼りなければ、いざとなれば俺がその剣を借りて魔獣を退治してやる」
鮫川の傲慢な態度に、雛季は両拳を下に突き出してプンプン怒った。
「雛季が護るよ~! 鮫ちゃんはしっかりお父さんたちの手伝いをするの!」
「うん、お願いね、雛ちゃん」
美咲は苦笑いを見せて雛季の肩を軽く叩くと、親父さんたちにも同じように俺たちのことを頼んだ。
「それじゃあ、私はパーティーの方へ行くね。仕事がもし早めに済んだら、私も農園に向かうから」
美咲はそう言って手を振り、俺たちとは反対方向に道を進んで行った。
挿絵・左、雛季・右、美咲




