第29話・26色の石
家に入ってからしばらく、琴浦姉妹はお袋さんの料理や盛り付けの手伝いをし、親父さんも一番風呂(やはり魔溜石を使って焚くのだうという)に入っていたので、魔法についての話は一旦途絶えた。
俺は鮫川と一緒にリビングでくつろいでいるよう言われたが、これからお世話になるにもかかわらず、何も手伝わなくてもよいのか気になって、落ち着かず室内をウロウロしていた。
一方、鮫川は王様のようにくつろぎ、料理が出てくるのを待っているといった感じだ。
そして時折、魔法発動の余韻に浸っているかのように口元を緩めては、あの瞬間の感覚や今後の展望を、能力を持たない俺にあてつけるように語った。
しばらくしてダイニングテーブル、そして俺たちのいるリビングにも料理が運ばれてきた。
同時に、風呂から上がった親父さんがヨレヨレの茶色いローブを纏った格好で現れ、ダイニングの指定席に座ってビールと思しきものをコップに注いでいた。
サラダ、野菜スープ、ごはん、ステーキがそれぞれのテーブルに並び、夕食が始まった。
牛肉のステーキと言うことだが、牛と言ってもやはり地球の牛とは多少違うだろうから味はどうなのだろうかと心配したが、杞憂だった。
日本国産の、そこそこ値がする牛肉と変わらずおいしかった。
お袋さんに味はどうかと訊かれたので素直においしいと答えると、向こうも喜悦満面になった。
「おいひ~」と、雛季もやたら大きめに切られた肉をくわえながら喜んでいる。
その横で美咲も舌鼓を打っている。
いつもは姉妹も両親と一緒にダイニングテーブルで食事することが多いそうだが、これからは俺たちに合わせてリビングのローテーブルで食事することにしたようだ。
みんな食べやすいようにソファから下りて、床に座る。
「いつもより高いお肉だね、お母さん?」
美咲がダイニングに向かって少し大きな声で言った。
「フフフ……。まあね。カケル君たちを迎えて初めての夕食だからね。奮発していい肉を買ったのよ」
「無理しちゃって……。冬の農家は厳しいって、毎年嘆いているくせに」
その声はおそらく、お袋さんには届いていなかっただろう。
目の前の料理に夢中の雛季と鮫川にも聞こえていなかったようだが、美咲の斜に座る俺の耳にはしっかり届き、これからのことを考えさせられた。
食事が一通り済んでから、自然と『エイト剣』による魔法の話になった。
「……赤い光で? だえんに二つの突起?」
鮫川が先ほど玄関先で起こった奇跡(俺にとっては悲劇)を語ると、雛季は瞳を爛々と輝かせた。
「……って、だえんって何?」
一同ズッコケる。
美咲が手で形作ってみせた。
「楕円って言うのはこういう形よ、雛ちゃん……。それより、鮫川君に剣を渡しっ放しにしたまま家に入っちゃダメじゃない」
雛季は「ブ~」と頬をふくらませてから、無理矢理話を戻した。
「その魔法の形、牛さんに見えなかった? 前に飛び出したのが二つの角なの!」
「牛にか? まぁ、形は強引にそうやって見れば見えなくもなかったが、いかんせん小さすぎるぜ」と、鮫川。
「それは鮫ちゃんの出し方が悪かったからだよ~? 本当はもっと大きな魔法なの、『オックス・アタック』は」
「オックス……アタック?」
俺が首を傾げると、雛季はうなずいた。そして一口ジュースを飲んでから説明を始める。
「オックスは牛でしょ? アタックは攻撃! 『O』と『X』の魔溜石で出るし、牛の形に見えるから、魔法にそう言う名前を付けたの!」
「牛はブルじゃなかったか? カウだったか?」と、鮫川。
「全部牛に違わないけど、細かく言えばカウは雌牛とか乳牛じゃなかったか? ブルは去勢されていない雄の牛で、オックスは去勢された雄の牛……」
英単語を思い出しながらテーブルを挟んで正面に座る鮫川に向かって答えていると、「きょせい?」と、雛季が小首を傾げてこっちを見てきたので、慌てて手を横に振った。
「ああ、いや、何でもないっ! とにかく、さっき雛季が見せてくれたフォックス……コンコンだっけ? それとは違う魔法ってことだよな? 何かいまいちよく理解できないなぁ。魔溜石にアルファベットが付けられているところとか……」
頭を掻きむしりながら、さり気なく視線を雛季から美咲の方に移した。
皿からこっちへ移った彼女の視線と交わる。
「あぁ、うん。私にも説明はしにくいんだけど、『サライ』で確認されている魔溜石は現在26種類と言われているの。違いは色でハッキリわかる。まだ発見されていないものもあるかもしれないけど、現時点ではアルファベットの数と同じということになるでしょ?」
小さく返事をすると、美咲はしかつめらしく続ける。
「最初の研究者たちはそれぞれに仮の名前を付けていたのだけど、魔溜石が全部で26種類だと判明して、26文字あるアルファベット名を付けることになった。その際、単純に発見された順で『A』『B』と付けることはせず、それぞれの魔溜石が持つ特色、魔法発動に関わる成分の比率、複数の魔溜石の組み合わせによってどのような魔法が発動されるのかを研究し綿密に考えられた上で、アルファベット名が付けられたの」
そこで美咲は一旦言葉を切って、マグカップに入ったオレンジジュースで喉を潤わせた
俺も彼女の話を反すうしながら、ジュースを一口飲む。
その間美咲は再び話し始めた。
「……研究者たちのその努力のおかげで、後の魔法剣士や魔法術者の苦労がかなり減ったと言えるわ。発動したい魔法の組み合わせを考える時間もかなり省略されるし、発動される魔法のイメージがしやすくなったからね」
俺も鮫川も小さく唸り、頭を抱える。
美咲は表情にやや疲れを見せながらも、丁寧に言葉を紡ぐ。
「例えばさっきの魔法、『オックス・アタック』を発動するにも、魔溜石に含まれる何種類かの成分が、それぞれ何パーセント以上必要だとかがあるんだけど、どの魔溜石にどの成分がどれだけ含有されているかなんて研究しないとわからないじゃない?」
「だから、仮に『オックス・アタック』のような攻撃魔法を発動したいと思っても、どの魔溜石とどの魔溜石を組み合わせればよいかがわからない。適当に複数の魔溜石を『エイト剣』に取り付け、魔法が完全に発動するまで試す必要が出てくる。それで運よく攻撃魔法が完成されればいいけど、望んでいたものとは違うもの……例えば治癒系の魔法しかできなかったり、まったく魔法が出ずに徒労に終わったりすることさえあるわ」
「そういう苦労を省くのが、魔溜石のアルファベット化……。雛ちゃんのように、『O』と名付けられた茶色い魔溜石と『X』と名付けられたピンク色の魔溜石を持っていて、『OX〈オックス〉=牛』という単語を知っていれば、もしかしたら牛と関わりあるような魔法が生まれるかも、と気がつくことができる」
「お姉ちゃんがそれを教えてくれて試したら、本当に『O』と『X』の魔溜石で牛さんみたいな魔法が出たの!」
「あの形を牛と見るのはかなり強引な気もするが……」
鮫川は皿の端のポテトをフォークでもてあそびながら言った。
「しかしそんな英単語ごっこで、本当にそう都合よく魔法ができるのか?」
それは俺も疑問に抱いていたことだった。
「う~ん、まあね……」
美咲は真剣な表情を崩し、苦笑いを浮かべた。
「長々話してアレだけど……あくまで、魔溜石の組み合わせの目安にするものだから。自分が知っている英単語のつづり通り、その魔溜石を組み合わせても、それらしい魔法が出ないってケースが残念ながらあるわ」
「また、実際には『A』の魔溜石に含まれる成分がなくても、『ある魔法』が完成しているのに、英単語のつづりに『A』が入っていることで、その『ある魔法』には絶対『A』が必要だと思い込み、『A』を入手するのに必死になるっていう遠回りをしてしまうということもある。逆に、英単語になっていなくても、さっきみたいに適当に組み合わせてできる魔法もあるね……。それでも、闇雲に組み合わせて自分の求めている魔法を作りだす苦労を考えれば、ずいぶん楽なのよ? 現に私たちもそれを実感しているわ」
「要は……英単語のつづりに合わせて魔溜石を組み合わせてみるっていうのが一番早いってことだな? しかしそれには英単語を多く知っていなくちゃならないな……。くそ、もっと英語の授業を真面目に聞いてりゃよかったな」
鮫川は義歯に悩むワシントンのような渋面で言った。それでいて英語はできないという……。
まぁ、俺もこの男ほどではないが、英語の勉強を真面目に取り組んでいた方ではない。
「大丈夫だよ~。雛季も苦手だったもん!」
「それは何となくわかるよ……。と言うか、『だった』って言うことは、今は得意って感じに聞こえるんだが?」
俺が訝しがりながら訊くと、雛季は小恥ずかしそうな顔をした。
「アハッ……今も苦手だけど、本があるから大丈夫なの」
「本?」
俺と鮫川が声を揃え、彼女に視線を向ける。
そのタイミングで、横からお袋さんが近寄ってきた。その手にはまさしく本を持っていた。
「これのことでしょ? 魔法の話をしていたから、そろそろこれを見せる頃じゃないかと思って持ってきたわよ」
「気が利く~、お母さん」
美咲がその本を受け取って言った。
お袋さんはウインクすると、またダイニングの方へ引っ込んだ。




