第28話・扉以上の隔たり
「あ~あ……。あんなに無茶苦茶に振ってもダメなのになぁ……」
玄関前のベランダに上がる階段の途中に腰を下ろした雛季は、膝に頬杖をつきながら言った。
庭では、鮫川がムキになって『エイト剣』を振っている。
雛季の隣で俺も苦笑した。
「しかし、あいつの放つ魔法は青白い光だよな……? さっき雛季が放ったのは赤かっただろ? つまり、魔法としては種類が違うわけか?」
雛季はこくりとうなずいた。
一瞬、また眠りかけているだけなのかと思ったが、両の瞼は開いていたので、俺はそのまま訊き続けた。
「あいつのあの青白い風の魔法にも名前があったりするのか?」
「う~ん。あれはまだ最初の初期段階なんだよ。簡単に言うとぉ、まだ魔法の赤ちゃんみたいなものなの。最初に渡された剣だけでも出せる魔法だよ」
「う~ん……つまり、魔溜石を装備していない状態でも出せるやつ?」
「うん、そうなの! 『エイト剣』は始めから幾つかの魔溜石の粉? そういう物が使われて作られているんだって。だから剣だけでも小さな魔法が出せるの。火とか、水とか、土とか、火とか……」
「火は最初に言ったな……」
「あ、アハッ。とにかく、その中の一つに風の魔法があるの。鮫ちゃんのあれはその風魔法で、青白い色の光をしているの。だから青白いんだよ。雛季が見せた『フォックス・コンコン』は、後から取り付けた魔溜石の力も利用していて、もっと強いし、変わった動きや形になって特色? があるの」
彼女の言わんとしていることを頭の中で整理する。
「……なるほど。取り付けた魔溜石によって出せる魔法が変わり、強化される。君は強化された剣の力をしっかり使えているけど、あいつはまだそこまで技術がないから、剣自体が持っている魔法しか出せていないんだな?」
「……」
「それで合ってる?」
「う~ん……多分! アハッ」と、雛季はごまかすような笑顔を見せた。
「それで、君の時、光が赤くなったのは……そのフォックスなんちゃらが、風系の魔法じゃないからってことか?」
「コンコンだよ! 『フォックス・コンコン』! そうなの。あれは火の魔法の一種。だから赤くなったんだよ。力を強めたら、あの木に火を引火させることもできたんだよ!」
相変わらず言葉の意味が重複していることや、笑顔でおっかないことをサラッと言ったことに、俺の顔は引きつった。
「剣だけでももっと大きいものを出せるんだけどなぁ。鮫ちゃんはまだうまく出せていないんだよ」
「本当に初期段階なわけだな……」
少しだけホッとして呟いた。
あいつが俺にはない力をどんどん増幅させると、頼りがいある護衛になるというよりは、それを笠に着て威張る可能性があるのだ。
それならば、このままあいつも大した成長をせずにいてくれた方がいいような気がしていた。
本当は、俺にも『エイト剣』を扱える特殊な力が備わっていて、二人とも強くなっていけるのが一番望ましいことなのだが……。
その望みも露となって消えそうだ。
と言うのも、鮫川が休憩している間、俺も雛季に頼んで剣を使わせてもらったのだが、光を発することがなかったのだ。
柄を握った時にわずかなしびれを感じたのだが、それも気のせいだったようだ。
残念ながら、俺には琴浦姉妹や鮫川のような特殊能力がないようだ……。
鮫川に笑われ、一層彼に殺意を抱いただけだった。
この男が成長しないこと、専用の『エイト剣』が手に入らないこと……。
俺はそれらの願いを胸裏に秘める。
『オルタナティブワード』で言うところの『夕日』が沈み、遠くに見えていた山の稜線、草木や家々の輪郭が濃紺に塗り潰されていった。
家々に点った灯りや中央本部が市民へのお情けのように設けた外灯(これも魔溜石によるものらしい)が、所々で弱々しく光っているだけで、辺りはすっかり暗くなっていた。
「いい加減にしろ、鮫川!」
一心不乱に雛季の『エイト剣』を振っている鮫川の背に向かって、俺が声を掛けた直後、庭を挟んだ向こう側にある木製の門扉が開く音が聞こえた。
家の窓から漏れて庭に落ちていた灯りの中に姿を現したのは、美咲と琴浦夫婦だった。
「雛ちゃんたち……。こんな暗くなっているのに、練習していたの?」
「あらあら、熱心だわねぇ」
美咲とお袋さんが半ば呆れたような声で続けて言った。
「鮫ちゃんが大きな魔法が出るまでやろうとするの」
雛季は眉を下げ、鮫川を指差した。
鮫川も舌打ちをして、ようやく一同の傍に歩み寄ってきた。
「くそ……。もう少しで何か掴めそうなんだけどなぁ」
雛季へすぐには返さず、名残惜しそうに剣を見ながら呟いている。
「もう今日は終わりだよ、鮫川君。お母さんたちが夕食にお肉買ってきてくれたから、家に入ろう」
「お昼はサンドイッチと朝の残りのスープだったんでしょ? 夕食はしっかりしたお肉料理作ってあげようと思ってね。すぐ作るから待っていて」
お袋さんはそう言って、親父さんの後に続き家に入って行った。
雛季も「わ~い、お肉ぅ!」と、両手を交互に上へ伸ばしながら両親について入って行った。
美咲に促され、俺も玄関への階段に足を掛ける。
その時、背後が赤く光ったような気がした。パトカーが通過していったような感じだ。
次の瞬間、背中に強い風圧を感じ、前にいる美咲の束ねられた髪が大きくなびいた。
何事かと自分の肩越しに振り返った時には、背中と横腹に強い衝撃を感じ、前へ押された。誰かにいきなり突き飛ばされたような感じだ。
「ぐおぉぉっ?」
「ん? カケル君? えっ、キャッ!」
気が付けば俺は前にいた美咲に横から抱きついた格好になっていた。左手には柔らかい感触がある……。
美咲の方も、後ろからいきなり俺が体当たりしたようになって、その勢いに耐えきれず、玄関扉の方へ一緒に倒れ込んだ。
二人は扉にぶつかりその場で体を崩し、座り込んだ。
「いた……何、いきなり……って、ちょっと、カケル君!」
耳元で悲鳴に近い叫びを上げられ、顔を上げると、そこは美咲の胸元だった。俺は美咲の上に覆いかぶさるように倒れていたのだ。
美咲がまた叫び、俺の体を押して横へ転がした。
一体何が起きたのかわけもわからぬまま、階段の横の手すりに顔を打ちつける。
「がっ! 痛てっ!」
「何でいきなり突っ込んできたの?」
眉を寄せ、潤ませた両目でこっちをにらんだ美咲だったが、俺が答えるまでもなく、自分で気がついたらしい。
「あ……! 鮫川君……。もしかして君、今その剣を振らなかった? わずかに赤く光っているもの!」
俺は手すりに打ちつけた顎をさすりながら上体を起こして下を見た。
確かに、二人から距離を置いて未だ庭の途中に鮫川が立っていて、その手に持つ剣の刀身に微かな赤い光が煙のように絡まっていた。
「ああ、ちょっと最後に振ったかもしれん」と、鮫川は平然と言った。
「振ったかもしれんじゃねぇよ! あれだけ気をつけるように言われていただろ? ケガしたらどうするんだ?」
「そ、そうよ、鮫川君!」
「ケガしていないだろ? 瀬戸に関してはむしろおいしかったと思っているんじゃないか?」
「バ、バカ野郎! 少しは反省しろよ!」と前に向かって怒鳴りつつ、「い、今のは不可抗力だから……」と、横の美咲には囁くように言った。
「わ、わかっているよ……」
窓から漏れ出た灯りによって照らされた美咲の頬は、気のせいか赤らんでいた。
「悪かったな」と、さほど反省している様子もなく鮫川が近寄って来て言った。
それどころか満足気な顔を見せている。
「しかし、ついに出たぜ、赤い光が。長い時間練習した成果が最後に出たぜ」
「ハァ~……。今の感じだとまだまだだけど、赤い光の形は? どんなだった?」
立ち上がりスカートを手で払いながら、美咲は冷たく訊いた。
「形? あ~……楕円だ。大きさは中型犬ぐらいか……って言っても、こっちの世界の犬のサイズはいまいちわからんが……こんぐらいだ」
鮫川は剣を片手にしたまま、両手を広げて大きさを示した。
「この大きさの楕円の光に、前方へ二つの突起があったかな……。それが瀬戸に勢いよくぶつかった」
「ぶつかったじゃねぇよ! ぶつけたんだろ……」
息巻いた俺の横で、美咲の方は冷静に話を飲み込んだようだ。
「なるほどね……。確かにそれは、雛ちゃんの剣が出せる魔法の一つのようね。小さかったし、本人の意図とは関係なく発動したようだけど、できたのは間違いない」
「フッ」と、憎たらしい笑みを浮かべこちらを見下ろし、鮫川は横を通り過ぎて行った。
背中をさすって痛がっている俺に手も貸さず、玄関扉を手で押さえてくれたりもせず……。
立ち上がって家に入ろとした俺の鼻の前で、鮫川がバタンと扉を閉めた。
俺は一人、目の前で閉まった扉を、しばらく見つめていた。
玄関扉一枚……。
それ以上に、俺と、鮫川と姉妹の間に大きな隔たりが生まれたようで、妙な焦燥感に駆られる……。




