第27話・剣の訓練
家で留守番となった俺たちは、この街で生活していく上での予備知識を少しでも増やしておこうと、雛季に色々な質問を投げかけた。
しかし、雛季はどうしても説明が苦手なようで、時折話は脱線し、考えあぐねた挙句ウトウトし始める。しまいにはソファで寝転がりながらお菓子を食べ、こちらの話にも曖昧な返事しかしなくなってしまった。
時間を掛けた割には彼女から有益な話を聞くことはできなかった。
やがて彼女は起き上がったかと思うと、二階の自分たちの部屋から本やら遊び道具が詰まった箱を持って下りてきた。
「ねぇ~。暇だから遊ぼうよ~。トランプもあるし、オセロもあるし……」
リビングのテーブルの上に、箱から取り出されたトランプやオセロ盤、バックギャモン、木製のパズル、知恵の輪がどんどん並べられていく。
「お、おい。こんなに並べなくても……。少なくとも、この昆虫の標本やマトリョーシカみたいな人形では遊ばないから、仕舞ってくれ……」
眉根を寄せている俺たちに構わず、雛季は笑顔を向ける。もうすぐ16歳になるとは思えない幼い笑顔だ。
「絵本もあるよ? この絵本好きなの。猫がね、困った人に色んな夢の道具を出してくれるの」
「……どっかで聞いたことある話だな。歌の下手ないじめっ子が出てくるんじゃないのか?」
「ううん、出てこないよ~。でも、ライバルの黒い服のセールスマンが出てくるの」
「別の話が混ざちゃってんな……。そのセールスマンに話しかけられた時点でヤバいんだろ?」
そんなことを言いつつ、横に目を向けると、雛季が持ってきた箱の中には別の本が数冊入っていて、その一つに例の『オルタナティブワード』もあった。
パラパラめくって中を見ると、わかりやすくイラストが描かれている。これは時間が潰せる上、勉強になりそうだと思った。
その後、雛季の強い要望によりトランプやオセロで遊ぶ。
仕方なくトランプには参加していた鮫川だったが、やがて飽きて、上半身裸になり、腕立て伏せや腹筋を一人始めた。
それなので、オセロは俺と雛季だけで何戦もやることに……。
オセロは頭脳戦だ。
雛季はやりたがる割には決して強くなく……いや、むしろかなり弱かった。考えているふりをしているが実は何も考えていないで進めているのでは、と思うぐらいだ。
俺が勝つと、彼女は悔しそうに再戦を挑んできてきりがない。
結局、三連勝したところで、彼女に気づかれないよう、ギリギリのところで負けてやることにしたのだった。
頭を使い過ぎたのか、その後雛季は昼寝を始めた。
その横で俺と、筋トレを終えた鮫川は、うろ覚えのルールでバックギャモンをやって過ごす。
バックギャモンをまともにやったことがなかったので他の遊びよりは新鮮でやりがいがあった。しばらくは楽しめるかもしれない。
日は徐々に傾き、窓から差し込んだ四角い光が奥へ追いやられ、部屋はみるみるうちに薄暗くなっていった。
室温も次第に下がり、少し肌寒くなってきた。
ブランケットを掛けて寝ていた雛季も寒くなって目を覚まし、小さく身震いをした。
彼女が起きたことに気がつくなり、鮫川が声を掛けた。
「やっと、起きたか。なぁ、姉貴たちは一体いつ帰ってくるんだ? こんだけ時間ありゃ、俺なら新大陸発見できるぜ?」
「う~ん、あと一時間ぐらいかな……ふぁ~。お父さんたちもそのくらい」と、雛季が欠伸交じりに返事した。
俺と鮫川は同時に掛け時計を見る。
こちらの世界ではどうもそれほど時間に正確さを求めていないらしく、俺が知る限り、琴浦家の中にある時計はリビングの壁に掛けられたその時計だけのようだ。
電池のような役割をした小さな魔溜石で動いているらしく、地球のアナログ時計と変わらず、12個の文字の上を3つの針が回っている。
「まだ待たないといけなぇのか……。だったら、妹。例の剣を貸してくれよ? 姉貴も少しなら練習してもいいって言っていただろ?」と、鮫川は言った。
「う~ん。でも、お腹空いたから動きたくないなぁ」と、雛季はお腹をさすりながら言った。
「さっきお菓子食べていたじゃないか? モグラじゃないんだから……」
空腹が5、6時間続くと餓死してしまうというモグラに例えたのだが、彼女の頭上に?が浮かんでいたようなので、俺は口を閉じることにした。
その後も鮫川がしつこく言ったので、雛季は仕方なく『エイト剣』を用意して、一緒に庭に出た。
俺も後についていく。
「まず、雛季がお手本を見せます!」
広々とした庭に出た雛季は先生っぽい口調でそう言って、鞘から抜いた剣を手前に構えた。
瞬く間に刀身が光に包まれ、周囲にわずかな風が起こった。庭の土や小石、枯れ草が巻き上がる。
「すごい……。いとも簡単に……」
素直に感心した俺に対し、鮫川は口を歪めた。
「そこまでは俺もできたぞ」
「しかし、お前の時は光が青白かったよな? 今は……赤い」
そう、先ほどの鮫川の時と明らかに違うのはそこだった。
雛季が鞘から抜いた瞬間も、剣は青白い光に包まれていたが、すぐにその色を赤く変えた。
「発動して出す魔法の性質によって、光の色や大きさは変わって変化するんだよ」
彼女特有のまどろっこしい言い方だが、そういうことらしい。
背後に立つ俺たちに向けていた顔を正面に向き直して、雛季は「いくよ~」と言った。
彼女の前には何もない庭が広がり、その先には草むらと壁を作るように立ち並んだ木々があるだけで、隣家もずいぶん先にある。
魔法を発するには丁度いいのかもしれない。
「フォックス・コンコン!」
雛季が意味のわからない言葉を発し、剣を振り下ろすと、その先から赤い光が飛び出し、地を這うように前へ伸びる。
光は一瞬にして向こう側の茂みを切り裂き、木の太い幹に当たって花火のように飛散した。
あまり見たことない速さだった。時速170~180㎞はあっただろうか?
「くしゃみの速度と同じぐらいか……」と、俺。
「何だよ、その例え……。むしろくしゃみが速えぇって話になるだろ? それにしても、あんな小娘でも簡単にあそこまでできるのかよ」
鮫川がそう言うと、こちらを振り返った雛季はあどけない表情のままで、何ともないように微笑んだ。
「まだ全然力出してないんだよ~。抑えてやらないとお隣さんに飛んで行っちゃうの!」
「あ、あれで……?」
「ワハハ。能力者の俺としてはワクワクしてくるなぁ。そう思わないか、瀬戸? あ、お前には能力がなかったのか。そりゃ、すまん! ハハハ」
鮫川の嘲笑は、歯噛みして何とか受け流し、雛季に話を振った。
「さっき口にしていた、何とかコンコンって言うのは何だ? 呪文か?」
「フォックス・コンコンだよ~。雛季が付けた魔法の名前なの! 『フォックス』ってキツネさんの意味だよね?」
「魔法の名前か……。あまりかっこよくはないけど、確かに飛んで行った赤い光は、キツネみたいな生き物が走っているような形に見えなくもなかったかな……」
まさか緑色に光るタヌキ型の魔法もあるんじゃないだろうな、などと考えていると、雛季が説明を続けた。
「形からと言うよりはねぇ、この魔法を出す時に使われている魔溜石がフォックスっていうのもあるんだよ~」
「う~ん……? すまん。言っている意味がよくわからん……」
「だから、フォックス! F、O、X〈エフ、オー、エックス〉! この三つの魔溜石が揃ってはじめて出せるようになる魔法なんだよ」
「何かよくわからねぇけど……」と、鮫川がじれったそうに嘴を入れた。
「その魔溜石ってやつの種類によって、アルファベット名が付けられているんじゃないのか?」
「あぁ、そういうことか……」
俺は首をひねりながらも、とりあえずそう呟く。
「あるふぁべっと……。あ、うん! お姉ちゃんもそんなこと言ってた! きっと多分、鮫ちゃんが言っていることで合ってるよ!」
「そういうことは姉貴が帰って来てから訊けばいいさ。とにかく、早く俺にも練習させてくれ」
手を伸ばして迫る鮫川に少し身を引いた雛季だったが、仕方なく剣を渡した。
「ちょっとだけだよ? いっぱい練習すると、魔法の力が大きくなりすぎちゃって、うちの庭が壊れちゃうよ……」
「わかってる。気をつけるさ。まぁ、お前たちは後ろに下がっていろ」
野蛮な笑みを浮かべ、俺たちを手で払った。
こちらがまだ充分な距離を取っていないうちに、鮫川は光った剣を振り始めた。
その度風が巻き起こり、前方に青白い光がゆるゆると進んで行って、草むらを揺らし、数枚の葉が舞い上がった。
先ほど鮫川が暖炉に向かって放った(意図したものではなかったが)魔法よりも少しだけ大きかったように見えたが、雛季の後だとやはりショボく見える。
本物のキツネが草むらの中を駆けて行ったぐらいの変化しかもたらされていない。
まぁ、それでも無から風を引き起こしたのだから、魔法と呼べるし、それすらできない俺からすれば羨ましくもあるのだが、やはり本人は納得いっていなかったようだ。彼は異常なまでの自信家なのだ。
鮫川は舌打ちし、何かぶつくさ言いながら首を傾げ、改めて剣を見つめ、手汗をズボンで拭き、肛門を引き締めて(おそらくそうしたに違いない)、再び剣を振り下ろした。
同じく風が巻き起こり、前方に光が伸び、草むらの葉を揺らした。先ほどと大きさも威力も大して変わらない。
「くそっ! これじゃビニール傘も吹っ飛ばせねぇぞ……」
「いい魔法ができたじゃないか? もっとミニスカートをめくれるぞ? ハハハ」
さっきのお返しとばかりに嘲笑ってやると、憤然として剣先をこちらに向けてきた。
「お、おい! 人に向けるなよ!」
「そうだよ、鮫ちゃん! またお姉ちゃんに怒られるよ~?」
「もう少し暑い季節になったら、その風で扇いでもらうとするよ、ハハハ」と、俺はまた嗤った。
「てめぇ……吠え面かくなよ? そのうちシャガールの絵の奴みたいに空に飛ばしてやるよ」
そう言い返して鮫川は、親の仇でも討つかの如く、再び草むらと木々に向かって剣を振り下ろした。
俺の挑発に対して沸き上がった怒りがそうさせたのかはわからないが、先ほどよりは速く、強い風圧が与えられたようで、木の幹にわずかな跡ができていた。
それでも、幹の表皮が少しばかり削れた程度だが。
しかし、鮫川自身は魔法の威力がアップしたことに満足気だ。
「見たか? 少し大きくなったぜ。この調子で練習しコツさえ掴めば、もっと大きくなるはずだ。すぐにお嬢ちゃんを抜いてやるぜ」
俺の横で雛季はふくれっ面になった。
「ダメだよ~! その前に剣を返してもらうもん! それは雛季の剣なの!」
「そうだよな。それを忘れんなよ、鮫川」
そう言って雛季をなだめた。
鮫川はこちらを無視して、再び魔法を放った。
調子に乗った報いか、少し威力は小さくなっていた。
その直後、家の前の道を小さな笑い声が過ぎて行った。
二人組の女性が横目でこちらを窺い、口を押えてクスクスと笑って通り過ぎたのだ。
二人とも地味な色の服の上に茶系のマントを羽織り、その腰に一人は『エイト剣』と思われるもの、もう一人は『エイト弓』らしき黒い弓(鋼鉄のようだ)を携えていて、どうやら魔法剣士や魔法弓士らしい。
大きな体をした鮫川が般若のような顔をして放った魔法が、あまりにも小さく弱い風しか起こさなかったのを目撃し、思わず吹いてしまったのだろう。
鮫川は耳を赤くし、ムキになって剣を振り続けた。




