第1126話・夏の朝に答え合わせを
『幻影の世界』に起きた変化の残り一つの確認のため、一旦『ゴブレット』に戻って来た俺……。
しばらく歩いていても、『変化』らしきものはなかった。
すでに気づいている『1日目』の他の四つの『変化』が、雛季や坂出、葉山やケルベロ・キャットのことと俺の周りの人に起きた『変化』のため、彼らを『魔の森』の方に残してきた現在、『ゴブレット』内は『現実世界』と何ら変わりなく感じる。
もちろん明日以降に起きる白夜やテレビ放送、上半身裸などの『変化』もまだ起きてはいない。
そんな中、『北部エリア』中央大広場の近くで月形さん、水巻さんとバッタリ会った。
数日前のあの大胆な彼女たちのことを思い出してドギマギしてしまうが、挨拶を交わしているうちに(ハグもない)彼女たちももう『現実世界』と変わらない比較的真面目な性格に戻っていることはわかった。
見た目も……変わっていないようだ。月形さんの背は高いので、4、5センチ変わっていたとしても気づきにくい。だから念入りに彼女を見てしまって、「どうかした?」と怪しまれる。ただ、やはり彼女の身長もおそらくは変わっていない。
「……ところで、2年の頃同じクラスだった最上さんっていたじゃん?」と、やや唐突ではあるものの急いでいるので俺は切り出した。
「え? ああ、最上さんね。1カ月ぐらい前に会ったきりだわ」と、月形さん。水巻さんもその時一緒だったのだろう、首肯した。
「と言うことは、卒業後も会ったってことだね?」と、俺は声を上ずらせる。
「うん。たまたま、もう少し行ったところの本屋でね」
「相変わらず一人が好きみたいで……。ちょっと近況を話しただけで、10分もしないうちに「じゃっ」って言って帰って行っちゃったよね」と、水巻さんは苦笑する。
「そういう子なんだ」と、俺。心の中では、最上さんの性格には『変化』がないことを確認する。
「で、あの、彼女の見た目は? 髪の色とかどんな感じ?」
「え? 最上さんの? 髪色? それは……『牙』の時と変わってなかったよね?」
月形さんにそう問われた水巻さんは「うん、同じだったけど……」と、こちらに細めた目を向けてくる。
「瀬戸君、そんなに最上さんのこと気になっていたの?」
「私もそこ、気になったわ。君って、美咲さんや東御さんといい関係なんじゃないの?」と、月形さんも射るような目を向けてくる。
「ああ、いや、そういうわけじゃ……ただ! そう、丁度昨日、メンバーが彼女のこと話題にしていて、今頃髪染めてたり? とか、ね。俺は最上さんのことだからイメチェンなんてしてない気がするって言って……まぁ、それで、本当はどっちが正解なのかなって気になっただけで……ハハハ」
「そう」と、月形さんは未だ怪しんでいるような表情だが、そのまま続けた。
「それじゃあ、瀬戸君が正解ね。と言っても、近々は知らないけど、少なくとも1カ月前は『牙』の時のまま……ピンク色だったから」
「ピ、ピンク……そ、そうなんだね?」
俺は昂奮を抑えるが、それでも思わず声が大きくなる。
『現実世界』での最上さんの『牙』在籍時の髪の色は二年間ずっとブロンドだった。つまり、『この世界』で、やはり彼女の髪の色に『変化』が起きていたのだ!
「そ、そうだけど……どうしたの?」
「ハハ~ン、鹿角さん辺りと賭けでもしていたね?」と水巻さんが言い、月形さんも「ああ!」と納得顔になった。
これには俺も乗らせてもらう。
「いや~、実はね、うん。最上さんが卒業後イメチェンで髪色を変えていたら、俺の負けだったんだよ。いや、でも、そのままの……ピンクの髪でいてくれてよかった~」
俺は改めてピンクの髪のことを強調して言い、月形さんたちの反応を横目で窺った。
比較的頭も良く、しっかり者の彼女たちだから考えにくいが、もしさっきの話が記憶違いだとか勘違いだったら、本当の『最後の変化』をまた探すという途方もない時間を過ごさなくてはならなくなる。
ただ、彼女たちは苦笑いし、「あまりそういうことで賭けをしない方がいいよ。鹿角さんにも言っておいてね?」などと返しただけで、最上さんの髪色がピンクであることは言い直さなかった。
つまり、最上さん本人を問い詰めるまでもなく、この『1日目』の5つ目……最後の『変化』は確定したのだ。
『最上さんの髪の色がずっとピンク色だったことに変わっている』……これが答えだ。
まぁ、それがわかっても、月形さんと水巻さんと別れてからもしばらくは街をぶらぶら歩き、『中央大広場』、『キャッスル前(さすがに門の中には入れないが)』、折り返して『ビッグドーナツE』、『アイラブコーヒー……』、『スピリット・オブ・セントルイス』、『牙』の寮と校舎の前、と巡った。
何も早く森へ戻って魔獣退治をさせられるのは面倒だ、と思ったわけではない。他のメンバーには俺の親父の痕跡探しを手伝ってもらっている身だ、できればすぐに戻ってメンバーと合流したかった。
しかし、それでは『神々』で遊ばせている鳩ケ谷が「遊び足りん」と文句を言うだろうと思ったからだ。
だから俺もしばらく時間を潰し、夕方、頃合いを見計らって『神々の黄昏』へ向かった。
鳩ケ谷におごった分、彼を探すために『神々』に入場料金を払って入ることは控え、彼が自ら門の前に現れるのを待った。
約1時間後……。
『神々の黄昏』の朱色の門の向こうに、ようやく鳩ケ谷の姿が見え、俺は彼の名を叫んだ。
彼は俺がいると思って入り口まで来たのではないようだった。たまたまその辺りの店を回ろうとしていただけで、まだまだ遊ぶつもりだったらしい。
だから、一度は俺の声に気づかないフリをして踵を返したが、俺が周囲の耳目を集めるほど彼の名前などを叫んだものだから、苦虫を噛み締めたような顔で結局『神々の黄昏』を出て来た。
それでも少しは愉しんだのだろう、すぐにその表情は緩み、『神々』内でのふしだらな思い出を語り始めた。
そんな彼と共にまた『ゴブレット』を出て、中央本部兵に『大型マレンゴ』を出してもらい、『魔の森』へと引き返す。ちなみにそれまでも一応、別の『変化』が起きていないかと気をつけていたが、あきらかな『変化』というものはなかった。
『魔の森』へ戻った時には日は沈み、辺りの草木の輪郭はすっかり闇に滲んでいた。
この『1日目』から、このように日は完全に沈み、夜は暗くなるという『現実世界』の『惑星サライ』と同じ環境になる。
忘れていたわけではないが、久しぶりの夜らしい闇に少し足がすくむ。
俺たち二人は魔溜石ランプを点け、時折鳥獣の鳴き声が響く不気味な森の中を、美咲たち他のメンバーの名前を呼び続けながら進む。
もちろん、鳩ケ谷は俺以上にビビり、『神々の黄昏』の遊びで想定以上に時間を使ったのが自分であることを棚に上げ、「こんな怖い思いするなら、お前なんかにつき合わなければよかった」などと俺を詰る。まるで散歩に連れて行ってもらえて浮かれていたのに、連れて行かれたのが動物病院だとわかった時のような犬みたいなテンションの下降だ。
異常な暑さという『変化』もなくなっているので、森の中の夜気がやけに冷たく感じる。
そして、ずっと続く恐怖心……これらによって俺も体を擦りながら、慎重に歩を送った。
そしてしばらくし、暗闇を凌駕する暖かそうな明かりの広がりが先に見えて来て、俺たちは安堵した。
向こうに揺れている複数の人影もこちらの二つの灯りの存在に気づいたようで、弾むような声で呼びかけてきた。雛季や美咲、鹿角たちの声だ。
「カケル君! 大丈夫? その……お腹の下は?」
美咲は恥ずかしそうに訊いてきた。
それで俺も、自分が股間の謎の痛みを理由に戦線を離脱したことを思い出した。
鳩ケ谷と目配せしながらも、他のメンバーに説明する。
「もう大丈夫、痛みはなくなった。気がつかなかったけど、魔獣と戦っている間、どこかでぶつけたんだろうな……ハハハ」
「フンッ……。股間なんてぶつけんなよな」と鮫川は眉根を寄せたが、他の者たちは呆れ半分に笑うなどして納得してくれた。
一方、鳩ケ谷には、男子テントに入った時にまた『琴浦姉妹へのサプライズ』について訊かれたが、「だから、明日発表するから待ってろって」と先へ引っ張った(実は何も考えていない)。
傍では鮫川も聞いていたが、彼はこの手のことに関心がない。「お前ら、明日は今日の分も余計に動けよな?」などと言い放つと、早々に横になった。
ちなみに葉山はいない。『男子テント』で寝させるのは可哀そうだと、安城さんたちのテントに移動した。そう、彼が女性の心を持ったのは、この『1日目の変化』だ。
そして、『雛季の一人称が、私に変わっている』、『坂出の性格がやや不真面目になっている』、『ケルベロ・キャットの身体が大きくならない』……そして、『最上さんの髪がずっとピンクということになっている』。この5つが『1日目』の『変化』の5つ……これで合っているだろう。
俺はこの後、自然と眠りに落ちるまで、鮫川のイビキや鳩ケ谷のいやらしい寝言に邪魔されながらも(鳩ケ谷は寝ている間もエロいことを考えていられるらしい)、5つの『変化』のことを頭の中で繰り返し思い、次に目を覚ました時はそこが『現実世界』であることを願った。
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俺が次に目を覚ましたのは、テントの中……。
隣には鮫川と鳩ケ谷が相変わらずいびきを掻いて寝ている。
実はまだ夜が明けていない?
……当然、そんなことはない。テントの布を通して、柔和な光が差し込んでいるから、もう夜は明けている。
朝になっている。しかし、テントの中のまま……。失敗か?
いや、違う! テントの中で目を覚ましたからと言って、『幻影の世界』からの脱出に失敗したとは限らないではないか!
しばらく『現実世界』から意識が離れていた俺は、おそらく意識を失った状態、あるいは時折呻くなどはあったかもしれないが、とにかく『現実世界』の体は寝たきりのようになっていたはず。だから、こうしてテントの中で横になった状態で目を覚ます(意識が『現実世界』に戻る)ことだってあり得ることだ。
ただその場合、10日以上もこの森の中のテントで横にされ、他のメンバーに看病されていたことになるが……もしかしたら、『幻影の世界』で10日以上を過ごしたようになって(感じさせられて)いたが、『現実世界』ではその何分の一ほどしか時間が経過していないかもしれない。『逆・浦島太郎』状態だ。
『幻影の世界』でもものすごくリアルな体験をして、時間についても正確に過ぎていた感覚だったわけだが、魔獣・ナイトメア・リバティーンが創り出した夢の中にいたに過ぎない。実は思ったよりも時間が進んでいないことはあり得る。
実際、体にだるさや苦しさ、なまっている感じはなく、栄養不足や飢餓感もない。
これまでと変わらずスムーズに上体を上げることができたし、手足も楽に動かせる。
数日寝たきりになっていた後とはまったく思えないのだが、それも他のメンバーが治癒魔法をかけていてくれたからという強力な根拠もある。
そうだ。きっと、ナイトメア・リバティーンに吞み込まれたあの日あの時から、そう日時は経過していないに違いない。『ゴブレット』内のアパートや病院などに運ばれてもいないことを考えると、もしかしたら1日か2日しか経ってないのかも。
俺はうんうんと一人頷き、自分を納得させながら、テントから出た。
朝日が眩しかった。
篝火の跡を囲むようにして、自分たちのテントも含め6つのテントがあり、その傍には見張り番あるいは朝起きるのが早かったメンバーたちが点在していた。
そして……うだるような暑さ……。




