表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1138/1147

第1127話・堕落論

『現実の世界』に戻ったはずだが、朝からうだるような暑さ……。


 見張りをしていた美咲や広尾、青葉、東御(とうみ)らも度々汗を拭っては麦茶を飲んでいるし、俺とほぼ時同じくテントから出て来た安城(あんじょう)さんや諏訪(すわ)姉妹の妹の方の格好はスポーツブラに短パンという薄着だ。まるで真夏の日中……(ちなみに同じテントから葉山も出てくる)。


 この光景……既視感を抱くのは、なるほど以前訪れた『()()()()()()のそれと似ているからだ。

 もちろん、『幻影の世界』の『2日目』ということだ……。


 暗澹(あんたん)たる気分の中、美咲や青葉たちと目で朝の挨拶を交わした。

 俺は彼女たちの傍まで行って現状の確認をしようと思ったが、それよりも先に背後のテントのドアパネルが開く音がして、振り向いた。

「ああ、瀬戸……。先に起きていたか」とテントから出て来た鮫川(さめがわ)が、あくび交じりに呟く。


「な、何だよ、鮫川……。早いじゃねぇかよ?」と、俺は一層沈んでしまう声音で返す。

「あん? 早い? ……いや、お前らだけに見張りをやらせていても悪いと思ってよ。俺も見張りをするわ」

「……」


「何だ、瀬戸。お前まだ眠そうだな? それならもう少し寝てろよ。代わりに俺が見張りをしといてやる。ああ~、しかし今日も暑ちぃなぁ」

「……」

 

 俺はガクッと頭を垂れた。

 終わった……。鮫川がこんなことを言うわけがない。

 今日は、鮫川の性格に『変化』が起きた『幻影の世界』の『2日目』なのだ。つまり、『1日目』から(さかのぼ)って『現実世界』で目を覚ます……ことは叶わず、そのまま一夜が明けて『2日目』……都合三度目の『幻影の世界』の『2日目』に進んでしまったのだ。

 

 この時間にしては高すぎる気温も、『2日目』に進んだのなら納得だ。

 

 そして先ほどから色々と自分に弁解して避けてきた『この森のテントで目を覚ました』というこの状況も、時間の長短で違いはあるにしても、『意識を失っていたであろう俺がようやく起きてきたというのに美咲たちのリアクションがそれほど大きくない』ことも、ただ『2日目』に進んだのなら至極当然だ。


「悪い……鮫川。やっぱり、俺、もう少し寝させてくれ」

 俺は顔を下に向けたまま言った。

「ああ、しょうがねぇな。鳩ケ谷(はとがや)のイビキもうるせぇしな。じゃあ、しっかり寝ろよ。魔獣退治の時は頼むぜ?」

 鮫川は俺の肩を叩いて言い、親指を立てたグッドのサインを見せる。

 

 正直見たくはない、そんなサイン。

 お前はそんなことする奴ではなかったじゃないか……。舌打ちして、文句や罵倒をくれよ……。

 

 とにかく俺は、鳩ケ谷がイビキを掻くテントの中へ戻って、座り込んだ。

 そして、溜息。

 それなら、なぜ『現実世界』への脱出に失敗した?

 何が間違っていた?

 

 やはり最上さんの髪色? もう一度本人に訊くべきだったか?

 いや、月形さんたちがそんな勘違いするとは思えないし……他の『変化』に間違いが?

 だとしたら、何が違う? どれも、どう考えたって『変化』じゃないか?

 

 俺は前日へ遡ることに失敗し『6日目』から『7日目』へ進んでしまったあの時以上の焦燥感に胸が苦しくなっていた。

 

 **************************************************


 それから数日後……。


「ああ~……気持ちいいよ、カケル君」

「ありがとう……みんなのために頑張ってくれて」

「素敵よ、カケル君」

「もっともっと欲しい」

「私も、もっともっとシたいわ」

 

 俺は、『ビッグドーナツ(イースト)』の大浴場に敷かれたプール用のエアマットの上で、『グラジオラス』女性メンバーと、泡にまみれた裸身で(たわむ)れていた……。

 

 湯船には出水(いずみ)さんや朝霞(あさか)さんたち『黒衣の花嫁』の女性たちも数名いて、「次は私たちだよ」、「早く~」と、俺と戯れる順番を期待して待っている。

 

 桜川やミュウ、浅川や桜川など『年下組』は洗い場の椅子に座り、恥ずかしそうにしながらもチラチラこちらを見ている。

 脱衣所で寝転がっているトラヒメやケルベロ・キャット以外では、雛季(ひなき)だけだろう。マットの上の俺たちがプロレスごっこか何かでふざけていると思っているのは……。

 

 まぁ、体力を使う肉弾戦という意味ではプロレスとそれほど変わらないだろうか。ただ、これは、相手が複数の女性たちであり、ものすごい至福の時間の後、絶頂感が訪れる。


 そして、心地の良い疲労感の中、部屋に戻り、熱気を帯びた布団の上に団扇(うちわ)片手に寝転がっていると、ゆっくりと訪れる何とも言えない寂寥(せきりょう)、無力感……。




 それでも俺は夕方……。

 一人街中に繰り出し、『テレビ』や『ラジオ』の(かしま)しい音、『決闘』する男たちの喧騒(けんそう)、上半身裸の人々を()って歩き、色っぽい女性に誘われればついて行き、路地で体を重ねた。


 時には知った顔を見つける。

 白鷹(しらたか)のように高飛車な性格の目黒さん、目黒さんのように従順な白鷹、月形さんや水巻さん、星野さん。色麻(しかま)さんに会った日もある。


 そうそう、最上(もがみ)さんとも会ったな。

 彼女の髪はピンクで、初めのうちはそのことを強く問い(ただ)しキレられてしまって、もう質問はやめた。どうしても「この髪は昔からよ!」の一点張りだ。

 それなので諦めて、結局抱き合う……情欲のままに、みんなと愛に溺れる。


 ただ、藍住(あいずみ)さんにはまだ出会えていない。

 彼女も、上半身は裸身なのだろうか?

『この世界』にいるなら、そうなのだろう。そして会えれば、彼女とも……。


 どうだろう? いくらこんな世界とは言え、抱き合うにはやはり相思相愛が条件だ。その愛のハードルは低いけれど……。

 だから、どうだろう? 彼女も俺と愛し合ってもいいと思ってくれるだろうか?


 ……その前に、いつも彼女の後をくっついて歩いている福山さんや壬生(みぶ)さんと、まさか……。

 ああ、そんなこと考えたくない!

 止めだ、止め! と、俺は頭を振って(よこしま)な妄想を追い出す。


 ただ、この状況で、藍住さんに会ってみたい気はする……。

 そんなことを思いながら歩いていると、幸運が引き寄せられた。速見先生、佐倉先生、そしてレンジリー先生を『北大通り』で見つけたのだ。


 俺は近寄って行ってハグの挨拶を交わした後、爽やかに言った。

「この後、特に何もないのですか? それなら、もしよければ、メイクラブでもしませんか?」


「あら、教師にそんな誘い……いけない子ね」と、顔を紅潮させた速見先生はからかうように言った。

「ってのは冗談で、私たちも、たまにはそういうことシたいななんて話していたところ」


「そうね。まさか君から誘ってくるとは思わなかったけど、私もOKよ」と、佐倉先生。

「それなら……私もいいかな? 変な男相手に妥協したくないのよ」と、レンジリー先生も言った。

「も、もちろん。三人とも、僕にはもったいないぐらいですよ!」と、俺。


「それじゃあ……1対1で、3回? 大丈夫? それとも、3対1で……流れに任せて?」

 速見先生が上目遣いで()いてくる。あとの二人も、蠱惑(こわく)的な表情で答えを待っている。

「えっと……3対1で、流れに任せていきますか!」と、俺は以前よりも躊躇(ためら)いなくそう言った。

 

 


 そう、俺はもう『半裸』と『エロ行為のハードルが下がる』という『変化』が起きるこの『6日目』とその前日『5日目』を何度か行き来していて、ちょっとしたプレイボーイ気取りになっているのだ。

 

 この『6日目』がやはり名残惜しかった……わけでは、当然ない。

 あれから俺は再び『2日目』をやり過ごし『1日目』に戻った。そして、前と同じように半ば強引に『ゴブレット』へ引き返し、最上さんを捜し出して髪色の件を問い質したのだが、彼女の答えは同じ……『(きば)』に通っていた時からずっとピンクと言う。

 

 わけがわからなくなった俺は、今度は『雛季の一人称の変化』を疑った。

 同じ『1日目』の『変化』である葉山と坂出(さかいで)の性格はあきらかなものだし、ケルベロ・キャットも体が大きくなる特性は絶対ないと、カンナたち本体だけでなく他のメンバーにも(さと)されるぐらいなので、この『変化』にも間違いがあるとは思えない。

 

 そうなると、『雛季の一人称の変化』を疑うしかないのだ。 

 それが『変化』ではなく、ただの雛季の気まぐれ、あるいはこの『幻影の世界』に入り込む、その数日前から彼女の心境の変化のようなもので自分のことを『雛季』と名前で言うのをやめ、『私』と言うようになっていたのかもしれない。


 正直、『幻影の世界』に入り込む……つまり『魔の森』へ来るその数日前の彼女が自分を『雛季』と言っていたのか、その頃から『私』と言っていなかったか、確証が持てなくなっている。

 もっと前は、自分を『雛季』と言っていたのは確かで、自分を『私』と言う彼女はどうしても違和感があるのだが、森に来る数日前……ここ最近のことについては自信がない。

 

 だから、この『雛季の一人称の変化』をなしにして、別の『変化』を探した。

 それも『ゴブレット』ではやはり見つからず、とりあえずまたみんながいる森へ戻ったのだが、そこでもこれといった『変化』が見つからない。

 

 ただ、一つ……。

 北の山脈……『ショルダーズ・オブ・ジャイアンツ』が、思いのほか傍にそびえているのだなと、かなり最初の方に感じたことを思い出した。

【第1076話・参照】


 その後、川で水浴する前に改めて北の山脈の方を見て、やはり『現実世界』で見た『写真』などよりも迫力があり、思ったよりも近く(南)にあると思った。

 もしかしてこれが、『雛季の一人称』と替わる『変化』の答えなのかもしれない。


 と言うことで、その夜は『雛季の一人称の変化』ではなく、『ショルダーズ・オブ・ジャイアンツがやや南にそびえている』という『変化』を、他の四つの『変化』と共に繰り返し頭に浮かべて眠りに落ちた。


 しかし、また『2日目』を迎えてしまったのだ。


 俺は焦りから、この日の途中で気分が悪くなり、魔溜石(まりゅうせき)採取や親父の痕跡探しをほとんど他のメンバーに任せきり……鳩ケ谷の傍でアリバイ作りのようにちょっとだけしか働けなかった。


 その後また『1日目』に戻る。

 ここまではうまくいく。そのため、池田さんが言っていた『前日への遡り方』は間違っていない。

 間違っているのは、『1日目の変化』5つの方だ。


 この日は結局、まだ試していなかった『最上さんの髪色の変化』をなしにして、代わりに『ショルダーズ・オブ・ジャイアンツがやや南にそびえている』という『変化』を加えて、眠りについた。

 だが、やはり迎えたのは『2日目』……。


 こうなると、『前日への遡り方』は池田さんの言う通りで合っているが、この『幻影の世界』から抜け出す方法はこのままではいけない気がしてきた。

 池田さんもエロイベント目的で『5日目』や『6日目』を繰り返している人だから、この方法で『幻影の世界』から脱出できることは試していない。


 池田さんが知らない脱出方法があるのだ……いや、最悪、()()()()()()()()()

 

 魔獣・ナイトメア・リバティーンの体内に呑み込まれ、幻を見せられる瘴気(しょうき)のようなものを受けてしまった時点で、人間は終わりなのかもしれない……。

 脱出方法などなく、このまま『現実世界』の体は生命活動を終え、そこからどうやってか乖離(かいり)したこの幻の身体と意識だけが、この『世界』をさまよい、やがて俺は狂うのかも……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ