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万象  作者: 桐崎浪漫
第一章 「狐」(泰河)
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「崩れかけてんな」


木々の間に建つ小屋は傾き、入り口にはドアもなかった。かろうじて小屋の形を残している という感じだ。中には何もいないようだ。


「真っ暗だな」


窓もないせいか、入り口から入る月明かりだけでは、狭い内部も全部見ることは出来なかった。


榊が 口を薄く開けてあぶくを出すと、小屋の中を 赤オレンジの灯りが緩く照らす。

六畳もない小屋の床には 人が捨てたゴミが散らばり、それ以外は何もなくガランとしている。


入り口を入って右側の壁沿いに立つと、夢でみた猟師の背中を思い出す。

確か、何かイヤな気分になる夢だった。


「もう出ようぜ」


オレが言って、榊が狐火を消そうとした時に

朋樹が「待て」と、呪を唱えてオレの肩に触れた。


部屋の中央に、まだ大人でない狐が座っている。

狐は薄く透けていた。


「これは... ?」

「過去に犠牲となった者であろうか?」


朋樹が狐の霊に近づいた。


「何かに縛られてるな」


狐の霊が朋樹を見ると、朋樹は身体を折って膝を着いた。夢で聞いた獣の叫び声が重なる。


「朋樹!」


近くにしゃがむと、朋樹は自分の胸元を押さえ

「... 大丈夫だ」と立ち上がった。


「生きたまま皮を剥がされている。

足を撃たれて 捕らえられたみたいだな」


それを今、追体験したのか?


「なんと... 」

「まだ幼い者であるというのに」


榊が「どうか成仏されよ」と般若心経をあげ

浅黄も薄れて消えていく狐に手を合わせているが

「まだそいつは逝かんぜ」と、小屋を出ながら

朋樹が言う。「そいつを縛る何かがあるからな」


小屋の外で朋樹は息をついて、肩の力を抜いた。

「何かはわからんが、恨みじゃない」


小屋の近くの茂みに眼をやると、何かを思い出しそうになったが、夢の記憶はぼんやりとして

ただ胸に靄がかかっただけだった。


榊と浅黄も小屋から出ると、とりあえずはこのまま森を抜けて、キャンプ場に戻ることにした。



********



キャンプ場にも疎らに狐が散っている。


「羊歯、どうであろう?」


広場の宿泊施設近くには羊歯がいて、周囲を見渡していたが、特に変わりはないようだ。


「まだ 見つけたという報告はない。

俺には見えぬしのう」


羊歯はため息をついた。

「何故、我ら妖狐には見えんのだろうのう」


「それであるのだが... 」

榊が迷ったように口を開いた。

「子には宝珠がないと思われるのじゃ」


「ならば、術は使えまいよ」


「しかし子が術を使うのは この山に限ったことで、我等に限り見えぬのだ。

いずれも限定された術ではある」


半端な術ではあるよな。

人や普通の狐からも身を隠せれば、こうして捜されることもないのに。


「白蘭にも、見えぬのであろうか?」


浅黄が言う。

「もし、そうであるなら... 」


「母親の白蘭から身を隠しているってことか?

でも、この山から離れないんだろ。

山に何かあるから、身を隠す必要があるのか... ?」


少し離れた場所から狐の呼び声がする。


「なんだ? 見つけたのか?」

「いや、蓬と慶空だ」


蓬と慶空は、広場の奥の森から姿を表した。

慶空が蓬に肩を貸している。

近くまで行くと、どちらも傷だらけになっているのがわかった。


「駄目だ。白蘭は 話をする気はない」


蓬は荒い息をつきながら

「慶空がおらねば、俺は死んでいた」と言う。


「勾玉を吐き出せと言うと、白蘭は俺に近寄り

口から手を入れ、宝珠を抜こうとしたのだ。

慶空が陀羅尼を唱えると怯んだので、その隙に逃げた」


それは大変だっただろうが、なんかちょっと

使えねーな こいつ。と、オレは密かに思った。

里には乱心して現れ、宝珠を抜かれそうになり...

もう大人しくしている方がいい気がする。


「だが、見よ」


蓬の手には、翡翠の小さな勾玉が 一つ乗っていた。


「おっ」

「これは、二山の勾玉ではないか」


五山、史月の勾玉と対になるやつだ。


「白蘭が まだ飲まずに首にかけていたのだ。

逃げる前に掴んだ。

俺と慶空は里に戻る。浅黄も榊も里を出ておる。慶空が里におらねば 玄翁は動けまい」


蓬は 浅黄に勾玉を渡した。

やるな、なかなか。使えんこともないらしい。

「白蘭が取り返そうと狙うやもしれぬ」

慶空が言うと、浅黄は勾玉に通された紐を結び、自分の首にかけた。


しかし、よくよく考えると

五つ尾は伊達じゃないってことだな。

口から宝珠を抜こうとするとは...

蓬は、耳も尾も出さずに人化けが出来ている。

術は そこそこ使えるはずだ。


蓬に肩を貸しながら里に戻る前に、慶空が

「勾玉であれだけ変わるものとは」と呟く。

「身から放つ気すら 以前と違うのだ」



「さて、また森を捜すか」


バンガローや宿泊施設周辺にも 獣女はいない。

また榊と歩き出したが、駐車場の方に向かいかけていた朋樹が立ち止まり「待て」と言った。


「かかった。遊歩道だ。

遊歩道とキャンプ場の間にいるはずだ」


朋樹がそう言ってすぐに、広場の隅

白尾の祠の側で、狐が報告の声を上げた。


木々の間に白い何かが動く。

オレは すぐに走った。


こちらに背中を向けた白い獣女に、狐二匹が飛び付いては払われている。

後ろから捕まえようとした時に地面から蔓が伸びて、獣女の足に絡んだ。朋樹の術だ。


「おるのか、そこに」

オレの後を追ってきた榊が聞く。

「ああ、いる」

まだ榊には 獣女が見えないようだ。


獣女の片腕を掴むが、驚いて興奮しているのか

長い爪の腕を振り回して暴れている。


「待てって、大丈夫だから落ち着けよ!」


振り向いた獣女は、白い狐の頭をしており

通常 眼がある部分には何もなく

顔の真ん中に 一つだけ眼があった。


あの眼だ。コンビニの駐車場に落ちてきた時の。


眼が合うと 獣女は暴れるのをやめたが

オレの頬を掠めて白い燐光を放つ紙の鳥が飛ぶ。

獣女の胸で、鳥は式鬼しき札となった。


気を失った獣女が倒れると、術が解け

榊にも その姿が見えたようだ。


「子じゃ。先程生まれた白蘭の。

胸の札の鳥は、式であったか」


式、というのは 朋樹が使う陰陽の術だ。

式神とも呼ばれるようだが

名の無い神のようなもの... 妖物や式鬼などを

鳥獣や虫の形にして使役する。


獣女の足に絡んでいた蔓が離れ、地に沈んだので

抱き上げると 祠の側に運んで寝かせる。

朋樹と浅黄、羊歯も 近くに着いた。


朋樹が 獣女の手足を麻紐で軽く縛る。


「では、里へ運ぶか」


「待ってくれ」


オレは羊歯が、白蘭の子を担ごうとするのを止めた。


「どうしたのだ、泰河」


「こいつ、話せねぇのか?」


榊や浅黄と羊歯、朋樹が眼を合わせる。


「今までの子は、話せても

意味を成さぬ言葉であったが... 」


「だが、二人目までは里から逃げることなど出来もしなかった。

前の四つ眼の子は逃げ、この山に戻り

この子は生まれてすぐに成長し、術まで使ったのだ」


「生まれ落ちる度に成長しておるのか?」


「ならば... 」


榊がオレに頷く。


「朋樹、麻紐は?」


「清めてある。抜け出せないはずだ」


オレは 獣女の胸から、式鬼札を外した。


「おい... 」


肩を揺すってみると、気がついたようで

身体に少し力が入った。


顔を動かし、一つ眼をこっちに向ける。


「話せるか?」


オレが聞くと、長い口を動かし

何か言おうとしている。


「... ま... を ... け」


「泰河」と、朋樹が言う。


オレは そいつの眼ばかりを見ていたが

腕や脚、身体が急速に老いてきていた。


朋樹が浅黄の薙刀を借り

先の刃で、手と足の麻紐を切る。


そいつは手や肘をついて起き上がろうとし

やっとのことで上半身を起こすと、オレにまた眼を向けた。


「はは... ま を...  たす... け... 」


みるみると細い頬が痩け、身体が細り

腕や足が棒のように衰えると

起こそうとしていた身体をその場にまた倒して、息絶えた。


「... “母様を 助けて”、か?」


朋樹の問いに「たぶん」とだけ答えた。

胸の中に 靄のようなものが広がる。


「このようなこと... 」


榊は 声を震わせて、近くにしゃがみ

干からびて萎縮した子の手に 自分の手を重ねた。


「お主たちは、ずっと

そう申しておったのか... ?

助けて、などと... あのような母親を... 」


なんで、すぐ死んじまうんだよ

納得がいかない。


あの四つ眼の獣女も そう言ってたのか?


親は どうであっても

子は親を慕うものらしい。


「生まれ落ちる度に成長するようだが、寿命は縮まるようだな」


朋樹の冷静な言葉に また苛立ちを覚える。


ふと榊が、何かに気づいたような顔をし

干からびた子の手を取った。


「何か... 」


子の手に握られていたのは、小さな白い珠だった。2センチ程で 真珠のような色をしている。


「これは... 宝珠ではないか」


榊の手の中の珠を見て、浅黄が言う。

「子の物か?」


宝珠は 身の中にあるはずだ。

なぜ手に持っていたんだ?


「... ほう、見つけおったか」


涼やかな鈴のような声に 顔を上げると

広場の中央に 長い白髪の女がいた。

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