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万象  作者: 桐崎浪漫
第四章 「伴天連」(泰河)
104/620

23


ルカが オレの後ろのヤツに掴みかかろうとし

蹴り飛ばされて 教会に倒れ込んだ。


首に 爪が食い込む。


なんとか、後ろ手に そいつの腕を掴んだが

何も出来ない。


遠くから羽ばたく音が近づくと、何かが ぶつかった衝撃で首の手が離れた。


ルカの前に倒れ込み、今立っていた場所を見ると、ハーゲンティが 二人いる。


教会の前の方からは ジェイドが祈る声と

「泰河! ルカ!」と、オレらを呼ぶ朋樹の声。


「自らの姿を見よ。

堕ちたな、サリエルよ」


背の闇色の両翼をたたみ、もう 一人の 自分に

ハーゲンティが言う。


「人間を侮ったな。お前の負けだ、退け」


もう 一人の ハーゲンティが変異した。


「言わせておけば... 」


背に届く長い黒髪。ごく薄い水色の眼。

人形のような顔をした男だ。

昨日の死神のような様相とは違い、白い薄絹のようなものを幾重にも重ねて纏い、天使のような格好をしている。


「堕ちてなどいるものか!

私は、お前たちとは違う!」


「ほう、ならば何故この眼にも映る?

姿を偽ったところで無駄なことは承知のはず」


教会の奥で光があふれた。


振り向くと、ライオンになったアリエルが

天に駆けていく。


... やった


熱が胸に広がっていく。

まぶたや眼の奥まで熱くなる。


ギッ と、サリエルが奥歯を鳴らした。



「サリエル。お前が何故、魂を欲する?

まだ堕天していない と言い張るならば、不要であるはず。天にも禁じられている」


「汚れた者に話す必要などあるものか」


「ほう、では... 」


教会の屋根から、ゆらりと巨大な蛇が下り

サリエルの足元から巻き付いていく。


ボティスだ。


「地界で もう 一度、ゆっくりと話を聞こう。

態度も改まるだろう」


「... アリエル!」


ボティスに拘束されたまま、サリエルが叫んだ。


「与えられた権限により、堕天を命ずる!」


... なんだ?


何、言ってるんだ? こいつ


「無理だ。罪などない」


ハーゲンティが サリエルに手を伸ばす。


ボティスが 音がするほど締め上げながら

鎌首をもたげて口を開け、サリエルを威嚇する。


「魔に与し、我を陥れた罪により堕ちよ!」


どっ と、教会に音の気配がした。


振り向くと、牝のライオンが

床に横たわっている。


「こいつ... 」


怒りに震える ルカの声を背中に

オレは立ち上がり、サリエルに向かう。


ボティスに身体を絞められ、ハーゲンティに頭を掴まれながら、まだ何か言おうとする。


「与えられた権限により、お前の魂を... 」


眼の前には サリエルの白い首があった。




********




「... が、泰河! やめろ!!」


気づくと、顔に

濡れた何かが張り付いている。


暖かく甘い 味と匂い。


口の中いっぱいに

どくどくと脈が鼓動する。


「離れろ、泰河... こんなことは 違う」


背中に組付いているのは、ルカらしい。


「頼む... 」


声と身体の震えが伝わってくる。


ハーゲンティに顎を掴まれると、柔らかい何かから口が外れた。


背中に組付いたルカに 後ろに引かれると

顔に張り付いた何かが剥がれ、後ろに倒れて床に腰をつく。


髪、だったのか。サリエルの。


顔中、胸まで 血で濡れている。


背後から灯りが近づいてくる。


朋樹だ。手に燭台を持っている。


灯りに照らされたサリエルは、首からの血で髪や白い天衣を染めていた。


赤く甘い匂い 笑いだしそうになる。


「泰河」


すぐ近くに 朋樹の声がした。


熱を感じるくらいだったサリエルの血は

夜風に急速に冷えていく。


「オレを見ろ。こっちだ」


左側から 朋樹の声がする。


今は、顔も胸も赤く冷たい。


「泰河」


燭台の蝋燭から微かな熱を感じると、身体がガタガタと震え出した。


まただ。またやっちまった...


顔を左に動かすと 朋樹の眼とぶつかる。


「大丈夫だ。心配するな」


朋樹 オレ...


強く噛んだせいか、寒さのせいか

口が動かない。


「おまえは、おまえのままだ。他の何でもない」


背中に手を置かれ、ふ っと力が抜ける。


「立てるか? ルカも下がるぞ。

ここは 一度 ハーゲンティたちにまかせて... 」


教会の外


血にまみれて、巨大な黒蛇に拘束されたサリエルと、ハーゲンティの背後には

黒雲が降り、得体の知れないもの達が

飛び交い蠢いている。

それは みるみると 闇の濃密さを増していく。


「見よ。地界より配下の者共が

お前の血肉を欲してきた。

サリエルよ。如何に力を有していようと

傷を負ったその身で、我が軍に どれ程抵抗出来ることか... 」


立ち上がろうと 床に着いた手に力を込めた時

サリエルが また叫んだ。


「ウリエル! 助けろ!」


何かが来る気配がする。


外で蠢いていたヤツらは散って行き

教会の窓という窓が 一斉に割れた。

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