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96.本当に吟味したのですか

 領主抜きで雑談する訳にもいかないのだろう。既に居た三人は口を開かない。ユーリ達もわざわざ何かを言う気もない。

 しばらくすると領主もやって来た。

 この部屋で軽く食事を取るのだ。さすがに昼食までも、家族揃って取る事は無いのだろう。

 食事は小麦で作った白パンのようだ。一人ずつ皿に盛られており、リンゴのジャムらしき物が添えられている。それにハーブティーが付くようだ。

 やはり昼食は貴族でも軽めのようだ。

 食事をしながら領主が尋ねてきた。本題への軽い前振りのつもりだろう。


「朝の間は何をしていたのかね」

「市を見学していました。活気があって楽しかったですよ」

「そうか。楽しんでくれたなら何よりだ」

「聞いたところ『二十年ほど前』から始められたとか。なかなか良い事を『思い付き』ましたね」

「……ああ……そうだな」


 それ以降はユーリは何も言わない。領主の反応も気にしていない。

 息子と娘は、なぜ領主の父親が言葉を濁したのか分からないようだ。ギルド長は気付いているのだろう。片手で頭を抑えている。

 黙ったままのユーリに、諦めたように領主が話し掛ける。


「……ジョン・ドゥ殿からの提案だ。決して無理に聞き出したのでは無い」

「ええ、分かっています。彼の感謝は本物のようでしたから。彼は何を言ったのですか。楽市楽座、いやフリーマーケットでしょうか」

「本当に彼と同じ世界から来たのだな。貨幣は血液と同じだと言っていたよ。貯め込んでいても豊かにはなれないと。循環させる事に意味があるとね」

「それが理解できる時点で、貴方が賢侯と称される理由が察せられます」


 低額の出店税を取り一定空間だけを貸し与える。その収入は運営費として、若年冒険者に与える。多額の利益を上げる者には、別途に税を課す。商人の既存権益を侵すことなく、庶民の経済活動にも活気を与える。

 良く考えられている。どうやらジョン・ドゥは、とんでもない知識チートをしていたようだ。


「この国全体に、この市は広まっているのですか」

「いや、我が領だけだ。他の者は有用性に気付かぬようだ。王家すらな」

「でしょうね。土地に縛られた者には難しい考え方ですからね」


 二十年経っても、他の領では採用されていないらしい。ジョン・ドゥの知識チートも宝の持ち腐れ状態のようだ。

 使い方によっては既得権益の排除で、絶対的な領主権を確立できる筈だ。だがその有用性が理解できないのだろう。領地から得る収穫を基準に考える者には。

 この辺境伯領の立ち位置も関係しているのかもしれない。財力の高さとそれに因る領兵の多さも、王家からの援助と考えられているに違いない。他所の食い詰め者を集めて開拓させるためにと。

 それこそ日本の戦国期のように、周辺と争うような状態でないと理解されないのかもしれない。

 この国の安定が続く限り、辺境伯領だけで行われ続けるのだろう。


 食事中の会話でユーリはトロナ石のことも伝えておいた。さすがに詳細まで話はしない。

 だが領主にとっては、あの粉が石である事が分かるだけでも十分だ。色々採取させて試せばいいのだ。運良く領内でその石が採集出来るなら、新たな貿易品となるだろう。


 食事を終えると本題に入るようだ。

 貴族街にある領兵の詰め所まで出向いて、分隊指揮官との面接を行うらしい。

 ギルド長は当然だが、領主と息子や娘も立ち会うらしい。護衛対象の伯爵令嬢が立ち会うのは理解も出来るが、なぜ嫡男までと疑問に感じる。

 どうやら見極めの訓練を兼ねているようだ。

 候補者を実際にユーリ達に会わせて、その反応を嫡男に見させるらしい。


 数人の護衛とクーディ達も連れて、一行は詰め所まで向かって行った。

 さすがに貴族街にある領兵詰め所だ。平民側より規模自体は小さいが、建物は立派だった。そして馬を繋養するための、小さな牧場が隣接している。

 クーディ達が前に大きいと言ったのは、建物だけでなく牧場も含めた広さだったのだろう。

 隊長室まで連れられて行く。


 室内には貴族街担当の隊長と思われる、筋骨隆々の男が一人立っていた。年齢はギルド長と同じくらいだろう。

 領主とギルド長はその男と親しげに挨拶をしていた。そしてギルド長がユーリ達を紹介する。

 隊長の男はエイティの黒髪黒目をじっと見つめていた。そして領主とギルド長に顔を向ける。二人が肯くのを見ると、納得したようだ。

 ギルド長がユーリに囁きかける。


「ジョン・ドゥの助力を得た時の護衛の一人だった男だ。何も言わずとも察したのだろうな。彼は男爵だ。口外はせぬよ。安心してくれ」

「なるほど。伯爵様は信頼出来る部下を多数お持ちのようですね」

「まあ、あの死線を共に潜り抜けた者達だ。言っては何だが、皆が領軍でそこそこの位置に就いておる」


 ラゴギョノテ五体に遭遇しても、領主嫡男を置いて逃げようともしなかった護衛達だ。なるほど、領主からの信頼も厚いのだろう。

 その者達を領軍の要職に配しているのだ。反乱を起こす事もあるまい。


 領主と息子と娘は、隊長室の奥の扉から隣室に控える。

 直に姿を見せずに、素の状態を観察するのだろう。室内には隊長とギルド長以外は、ユーリ達とクーディ達、一見冒険者にしか見えない者達しか残っていない。


 しばらくすると一人の領兵が呼び出されて来た。

 ユーリ達と同じ齢くらいの若者だ。この世界では高身長であろうユーリ達と同じくらいの体格をしている。

 ユーリ達には目も向けず、隊長とギルド長の前に進んで行く。

 ギルド長がその男に声を掛けた。


「連絡が届いていると思うが、貴君を伯爵令嬢の王都への護衛指揮官に考えている。そこの冒険者は護衛ではないが、王都までの行程に付き添う予定だ」

「はい、伺っております」

「出立は明日だ。一応顔合わせにと思ってな。挨拶しておきたまえ」

「はっ」


 男はそう言うと振り向いた。

 ユーリ達とクーディ達は部屋の入口の傍で固まって控えている。

 いかにも場違いな場所にいるため、恐れ多いような態度である。

 もちろん演技だ。ユーリ達がそんな繊細さを持っている筈も無い。クーディ達は演技では無いのかもしれないが。


 男は彼等に近寄ると、先頭に立つユーリに右手を差し出す。どうやら握手を求めているらしい。

 ユーリがその手を握ると「よろしく頼む」と大きな声を上げる。

 だが、次の瞬間には小声でユーリに囁くように告げる。


「ふん。王都まで寄生する気か。冒険者ならそこそこ闘えるのだろ。何かあった時は大人しく従え。お嬢様の盾になれるのだ。お前等程度には光栄……」


 その男は最後まで言えなかったようだ。ユーリの左手が振り下ろされて、下顎が完全に外れている。

 その男は両手で顔を抑えて唸り声を上げた。悲鳴を上げたいのだろうが、顎が外れているため大きな声が出せないのだ。

 それを行ったユーリと後ろの六人も驚いている。顎が外れた顔と言うのは、あんなに伸びる物なのかと。馬面などというレベルではない。


 ギルド長は天を仰いでいた。

 馬鹿が迂闊な事を言ったのだろう。事前にラゴギョノテ三体討伐の褒章者達だと連絡をしていた筈だ。そんな相手に舐めた口を叩いたに違いない。

 ユーリが軽い感じで告げる。


「本当に吟味したのですか。護衛指揮官候補がこれでは駄目だと思いますが」

「……男爵嫡男だ。父親はまともな人物なのだがな」

「早めに継承者は考え直した方が良いでしょうね」


 転がって唸り続ける男を無視して、ユーリとギルド長は会話を続けていた。

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