93.独自に動きます
その言葉に領主は驚いたようだ。ギルド長や組合代表も面食らったような顔をしている。
まさか彼等の方から同行を言い出すとは思っていなかったのだ。
唯我独尊を地で行くような彼等だ。足手纏いにしかならない娘を送る事を申し出るなど、考えもしなかったのだろう。
領主とギルド長は胸を撫で下ろしている。
だが組合代表だけは、本当に信用していいのかと疑っているようだ。
彼だけはジョン・ドゥに会っていない。ニッポンとやらの国の者がどういう者かが分かっていないのだ。
さすがに立場上、口に出すわけにもいかず黙っていたが。
ギルド長がユーリに問い掛けた。
「明後日の昼過ぎに出発予定だ。だが同行というのは、どういう意味だ」
「王都行き部隊の指揮下に入る気は無いという事ですよ。もし部隊が襲われたならば、撃退のお手伝いはします。ただその時は御息女の指示にも、護衛の領兵の指示にも従う気はありません。独自に動きます」
ユーリの答えは、かつてドーリがエルイに対して返したのと同じであった。
さすがにその言葉には、領主もギルド長も考え込んだ。
自由意志で動く遊軍。それは果たして護衛の役に立つのであろうか。
だが他に手が無いのも間違いない。
彼等の同行を断ったとしても、護衛が一個分隊しか出せないことに変わりは無いのだ。それなら彼等が居る方が少しはマシだろう。
令嬢の出発予定日は、彼等が発つ予定日と同じだ。しかし別に彼等に合わせた訳では無いだろう。
「それと幾つか条件があります」
「どんな条件かな。叶えられる事なら構わないが」
「まず、御三方にお願いします。紹介状を書いて頂けますか。王都とそこまでに立ち寄る街の領主や代官、ギルド、商業組合に対する紹介状を。異国人の我々では簡単に会う事も出来ないでしょうから」
「それは承知した。用意させよう」
ユーリの提示に、領主が鷹揚に答える。
それは初めから考えていた事だ。彼等に便宜を図ると告げていたのだ。
「それと御息女に付く執事やメイドはともかく、護衛の領兵に馬鹿を入れない事です」
「どういう意味だね」
「今朝の何とか男爵の嫡男のような者が、部隊に含まれていると困りますから。王都に着いた時に、御息女と我々四人しか居ない、と言うのは避けたいですし」
「……十分に注意する事にしよう」
次の条件には、領主も考えてから答えていた。
異国人風情が、冒険者風情が、と考えるような者を入れるなと言う脅しだ。下手に見下すような態度を取られれば、その相手を潰すと言っているのだ。
娘付きの執事やメイドを変更する事は出来ない。しっかり言い聞かせておくべきだろう。
護衛の方は全体的に見直しが必要となる。現状予定されている者達では、確実に問題を起こすに違いない。貴族街担当の領兵なのだから。
今朝の馬鹿息子ほどでは無いだろう。だが貴族街を担当している自負からか、平民を見下す傾向が強いのだ。
護衛の領兵は基本は平民街の担当を出さなくてはなるまい。彼等なら冒険者、平民を見下す事も無い筈だ。
問題は指揮官だろうか。こちらは貴族か一代爵、もしくは彼等の子息を充てる必要がある。
護衛対象は我が娘と言えども、伯爵令嬢なのだ。それなりに貴族としての対応が出来る者で無いといけないのだ。
家宰やギルド長と検討する必要があるだろう。
明日にまたジョン・ドゥの話や王都行きの詳しい話をする事として、今夜はひとまず帰ることになった。
四半刻と言っていたのが既に夕四刻に差し掛かっている。午後十時半と言ったところか。さすがに遅過ぎる時間だ。
中世の世界で日が沈んでから、三、四時間。灯りが貴重な時代だ。貴族や裕福な商人以外は寝静まっているだろう。
領主の館を辞して門外に出ると、クーディ達が立っていた。
ギルド長に事前に言われていたのであろう。晩餐後に少し話をして帰るので、その後の護衛をするようにと。
たぶん二刻近くを待っていたはずだ。
門衛に軽く挨拶をして、クーディ達はこちらに近寄ってきた。
ずっと門衛と立ち話でもして、暇を潰していたのだろう。それが出来るからこそ、彼等はこの街で顔も広く信用もあるのだろう。
ギルド長はそのまま残るようだ。
組合代表とユーリ達、それに二刻近く門の前で立ちっ放しだったクーディ達は、商業組合に寄る事になった。
馬車や積荷の事で話をする必要があるのだ。
クーディ達は少し疲れているようで足取りも重い。だが名目上とは言え護衛なのだ。ユーリ達に付き合うしかなかった。
組合の建物に着いたが、さすがに正面玄関は閉まっている。
だが門衛は立っているようだ。建物内には少なからぬ財貨があるのだ。夜間警備の人間として雇っているのだろう。
建物の裏口に回る。そこにも門衛が立っていた。
組合代表が門衛に何かを見せる。それを確認した門衛が扉を開けた。
そしてユーリ達とクーディ達を建物内に招き入れる。
中では灯りが燈されて、まだたくさんの人々が作業をしていた。
エイティが呟いた。「まるで電算機導入前の銀行だな」と。
祖母が銀行員だったのだ。祖母の年代、二世代六十年前だと電卓すらなかった筈だ。違算が一円でもあると帰れないと零していた。計算も算盤などで行っていたのだろう。
ユーリは組合代表に問い掛けた。
「この時間でも凄い熱気ですね。やはり組合ともなると毎日こうなのですか」
「いえ、今日は特別です。……二つほど商会の整理、資産検証がありまして」
「あー。……それはすみません」
藪蛇だったようだ、どうやら彼等のせいらしい。
しかも、これから積荷の交渉が待ってるのだ。明後日には彼等は旅立ってしまう予定だ。明晩もこの状態になるのは間違いない。
もしかしたら彼等は、異世界にデスマーチを持ち込んだ人物、として名を残すことになるのかもしれない。
組合代表に連れられて、昨日にも通された二階にある応接室に入っていく。
ユーリ達は迷わず昨日と同じソファに腰を下した。
クーディ達も疲れているのだろう。だがやはり高級そうなソファに腰が引けているようで立ったままだ。ユーリが座るように促すが、頑として拒んでいる。
組合代表は彼等を残して出て行った。
戻ってきた時には昨日と同じ女性秘書を伴っている。彼等は人数分のお茶を用意してきていた。
それとは別に二人の男性が椅子を抱えている。
さすがに気が引けたのだろう。クーディ達が腰掛けられるように簡易な椅子を用意してきたようだ。
クーディ達はホッとしたように、その椅子を部屋の隅に置いて腰掛けた。
昨日とは異なり、お茶も受け取って飲み干している。
彼等に用意される馬車は一セトイル弱の積載量があるらしい。彼等に分かる単位に直すと、一トンくらいだろうか。
彼等が乗る事を考えると、載せられる荷物は六、七百キロ迄になるだろう。
クーディ達に尋ねたが、二旬の旅で必要な物の見当が付かないらしい。
詳しく聞くと、冒険者は街を基点に周辺の村落を巡る行商の護衛がせいぜいのようだ。後は単独行動を行う商人の護衛くらいだと。
一旬以上街を離れるような依頼は、ほぼ無いらしい。
商隊の規模で他の街に向かったり、領を出るような場合は専属護衛を使うそうだ。組合代表もその言葉に頷いていた。
考えてみれば、その方が良いに決まっている。得体の知れない冒険者より、常雇いの護衛の方が信用が置けるだろう。
思い返せば、エルイの護衛もそのようであった。
それに冒険者が馬車を持っていることも無いだろう。馬の分の水や食料の事を考慮出来る筈が無い。




