84.前回よりマシじゃねえか
そのユーリの様子に、勢い込んだ領主が尋ねてきた。
「もしかして聞き覚えのある名前なのか。知り合いなのかね」
「いえ、逆ですよ。『我々の世界』では身元不明の死人を指す言葉です。差し詰め名無し、と言った意味でしょうか」
ユーリは異世界人であることを隠しもせずに答えていた。
領主とギルド長は、やはりかと言った表情を浮かべていた。
ギルド長は初めて会った時には気付かなかったが、昨晩にはあの冒険者と同じ匂いを嗅ぎ取っていた。領主も彼等に会った時に同様の思いを強くしたのだろう。
今更ジョン・ドゥに会えるとは思えない。あの後に懸命に捜索したのだ。だが見付けられなかった。身を隠し、あの力を晒す真似もしなかったのだ。
この四人もあの冒険者と同じで、何を差し出そうと靡く事は無いのだろう。
組合代表と子息子女達は、先程以上の驚いた様子を見せていた。家宰の男すら微かに動揺する様子を見せている。
本当に異界の者なのか。なぜこの世界に訪れたのか。何を目的に。様々な疑問が渦巻いているようだ。
そして同席させられた理由も理解する。
異界人は存在するのだ。そして、その者は強い力を持っている。
一人でラゴギョノテ五体を翻弄し続けるような。あるいは四人でラゴギョノテ三体を瞬殺するような。
だが篭絡しろと言ってるのではないだろう。
ジョン・ドゥを名乗る冒険者は黙って姿を消した。彼等四人は襲ってきた相手を叩き潰した。
下手に手を出すなと言いたいのだ。
ユーリは続けて問いかける。
「改めて伺います。我々に会いたいと思った理由はなんでしょうか」
二十年ほど過去に転移者らしき者が居た事は分かった。
だが彼等とは関係のない話だ。たぶん同郷なだけの者だ。
その冒険者の代わりに仕えろ、と言われても無視するだろう。ふざけるなと領主を害するかもしれない。
情報を欲しているのかもしれない。だが、彼等は異世界の情報を安売りする気も無い。
「私はジョン・ドゥに感謝している。彼が居なければ、娘や次男達は産まれていなかっただろう。そして彼が去り際に残した手紙があったのだ。自分と似たような者に出会った場合、便宜を図って欲しいと」
賢侯と呼ばれるだけの事はあるのだろう。
彼等四人に何かを要求する気は無さそうだ。撥ね退けられる事すら理解しているのだ。その上で手助けをしたいと言っている。
たぶん無駄だと思うけどね、とユーリは考えている。
ジョン・ドゥを名乗った日本人は姿を消した。ここでは還る為の手段が手に入らないと思ったからに違いない。
昨日異国人に関して尋ねた時に、ギルド長は嘘を吐いたのかとも思った、
だが、彼等の訊き方が悪かったのだろう。最近と訊いたのだ。二十年前を最近と捕らえる者が居る筈が無い。
エイティとゴローによる嘘発見器も万全では無いということだ。
「彼の残した手紙がもう一通ある。だが我々には読めない。暗号なのだろう。研究させたが解読の糸口も掴めない。君達なら分かるのだろうか」
領主はそう言いながら、一通の手紙を差し出した。
ユーリは受け取ってサッと目を通す。
そして隣にいたエイティに手渡した。エイティも読み終えると、ゴローに回す。そしてドーリまで渡り、読み終えるのを確認すると領主に返した。
確かに解読は難しいだろう。
この国は表音文字を使っている。表意文字を使う国もあるのかもしれない。
だが漢字ひらがなカタカナ、更にアルファベットまでが混じった文を理解するのは無理に違いない。表意文字と二種類の表音文字、異国の文字までを混ぜて使う言語など珍しいだろう。
それにこの辺りは、どうやら印欧語系の言葉だ。どの言語系統とも似ておらず、孤立言語などと言われる日本語の解読など無理に違いない。
そして彼等の知る紙なのだ。真っ白で、だが罫線が入っている紙だ。どうやらルーズリーフタイプのノートを破った物だ。
さすがに二十年の年月で薄汚れている。だがボールペンで書かれたであろう文字は、消えもせずに十分読み取れる物だ。
内容はシンプルなものだった。
自分は大学生だ。気が付いたら荷物を抱えてこの世界に居た。還る手段を探している。これから王都に向かう。もしこの文を読める者が居たら連絡して欲しい。
領主嫡男への感謝や他にも色々書いているが、概要だけならこれだけだ。
わざと一部をカナにしたり、ヘボン式ローマ字に置き換えてもいたようだ。数字もアラビア数字と漢数字を混在させている。ローマ字部分も大文字だったり小文字だったりと、バラバラにする念の入れようだ。
「微妙に神様とやらの悪意を感じるな」
「前回は十五年、今回は二十年前だもんねえ」
「手懸りをチラつかせて、足掻く様を見て楽しんでるってか」
「それはどうかな。前回なんか街に行く前に跳ばされたし。偶然だと思うけど」
「少なくとも前回の十五年前、いや五十年近く前か、の転移転生者と、今回の二十年前の転移者は別口だろうな」
「やっぱり転移転生者って珍しくもない存在なのかねえ」
「まあ日本人な事と目的地が分かってるだけでも、前回よりマシじゃねえか」
「王都にも何か残してるかもしれないしね」
領主は彼等が相談している様子をじっと見つめていた。
四人があの文を読めている事を理解しているのだ。ジョン・ドゥと同じ世界の、更には同じ国の出身なのかもしれない。
「どうやら読めたようだね。何が書いてあったか、教えて貰えないだろうか」
「わざわざ、貴方に読めない文字で書いていたのですよ。知られたくなかったのだと思いますが」
自分同様にこの世界に迷い込んだ者へ宛てたメッセージだ。
なぜこんな状況に居るのか訳も分からず、絶望に捕らわれ、それでも一縷の希望を残した必死な叫びだ。
詳細に読むと重いのだ。己がこんな理不尽な状況に置かれた嘆き悲しみと怒り、恨み辛みも書いてあった。半ば諦観していたのかもしれない。
簡単に内容を伝えて良い筈が無い。
「それは分かっている。だが彼が何を求めていたのかを知りたいのだ。もしかすると、我々が彼を追い出すような真似をしたのではないかと。悔やみきれんのだ」
領主は身を震わせながら、ユーリに頼み込んでいる。
領主嫡男を救った冒険者を、無下に扱った者が居たのかもしれない。
彼が差し出そうとした爵位を、妬んだ者が居たのかもしれない。
それらに嫌気が差して、ジョン・ドゥは去ったのではないか。
彼は命の恩人なのだ。自分と十人の領兵、それに村人達の。
その者を礼もせずに追い払ったのではないか、という気持ちがどうしても拭えなかったのだ。
ユーリはその様子に溜息を吐く。そして告げた。
「では一つだけ。貴方達には感謝していたようです。二旬、二十日も歓待してくれた事に。ですが彼は自分が元居た場所に戻る為に去ったのです。その手段を探す事を目的として」
「……そうか。感謝してくれていたのだな、彼は……」
領主は憑き物が落ちたかのように、ソファに深く座り込んだ。
「そうか……そうか……」と呟き続ける領主の手の上に、隣に座っていた娘が軽く手を添えた。息子の方も逆の手を握っている。
たぶんジョン・ドゥを名乗った日本人大学生は感じたのだ。
この次期領主は尊敬に値する者だと。将来は賢侯と呼ばれる事すら見通せたのかもしれない。
このままだと取り込まれると。いや元の世界に戻る事を諦めかけている自分が、自ら仕えようとするかもしれないと。
だから黙って去る事にしたのだろう。手紙だけを残して。




