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83.ジョン・ドゥ

 ぶっちゃけたなとユーリは思った。

 こちらの警戒心を解くための、たぶんポーズなのだろうが。

 だが確かに使い慣れない言葉で、この喋り方は大変であるのに間違いは無い。

 諦めたようにユーリが言葉を返す。

 もちろん、タメ口をきいたりしない。尊敬語や謙譲語を止めるだけだ。丁寧語なのに変わりは無い。


「分かりました。ですが我々から自身の事を明かすつもりはありません。まず貴方の方から、我々に会いたいと思った理由を話してください」

「ふむ、そうだな。少し昔話をさせて貰おうか」


 そう言って領主はギルド長に目を向けた。

 ギルド長も肯き返している。二人で共有している話のようだ。


「私がまだ伯爵位を継ぐ前だ。二十年ほど前になるか。領内を検分のため廻っていた時だ。当時は領兵だったこの者、ギルド長達を連れてな。当時から領内一と言われておったな」

「それは関係ないことかと」


 ギルド長が照れくさそうに口を差し挟む。

 組合代表の方は初耳なのだろう。子息子女達もそうらしい。静かに、だが熱心に聞き入っているようだ。

 家宰の男は黙って立っている。彼も知っているのだろう。


「魔の森に近い場所に村があってな。そこを訪れた時に、ラゴギョノテの群れに襲われたのだよ。五匹は居たか。連れていたのは十人ほどの領兵だ。さすがに死を覚悟したよ」


 子息子女達はまるで物語を聞いているように、わくわくとした顔をしている。

 自分の父親の危機だった事を忘れているかのようだ。

 ネカハの居た村のような所かな。ラゴギョノテ五体。ドーリと自分で前衛で捌き、エイティとゴローの魔法と弓で攻撃。たぶん一分も掛からないよね、などとユーリは考えている。


「だが、村に旅の冒険者が居てな。その者が魔法を使えたのだ。お陰で何とか乗り切れたわ」

「剣も一流でしたな」


 ギルド長も思い返しているのか、懐かしそうに口を挟む。

 その冒険者は一撃で倒す程ではないが、四体の相手を引き付けて翻弄していた。そのため領主達は十人で一匹ずつ対処できたのだ。

 領内一の強者と言われたギルド長を含む、領主嫡男の護衛を任される領兵達なのだ。十人掛りで一匹が相手なら問題も無く倒せる。それを繰り返す事で、全員が怪我一つ負わずに全滅させる事が出来たのだった。


「その冒険者に頼み込んで、街まで同道して貰った。なんとか引き止めようとしたが、二旬ほどで姿を消していたよ。爵位も美女も興味が無いようでな」

「無欲……と言うのとは違いましたな。目的があったようで」


 なるほど、それが転移転生者だったのだろう。

 彼等でも一人だと、きつかったかもしれない。

 紙装甲のエイティは一発喰らえばアウトだ。ゴローも近接戦になると辛いだろう。ヒーラーよりの自分は決め手に欠ける。対応できるのはドーリくらいだ。

 いや、倒すだけなら簡単だ。領主の護衛を前衛に立てれば良いのだ。後方からの支援や攻撃なら、彼等は一人でも楽勝だ。数人の犠牲者に目を瞑りさえすれば。

 彼等は四人が揃っていてようやく、最強を名乗っても許される存在なのだ。


 その冒険者は彼等以上のチート持ちだったのかもしれない。一人で魔法も剣も一流なら、やはりチート能力があったのだ。

 それに言葉も通じていたようだ。ゴローの言うところの三大チートも持っていた可能性もある。

 その男一人だけで、ユーリ達四人を圧倒出来るのかもしれない。

 旅の目的は、やはり元の世界への帰還だったのだろうか。


「その冒険者は君達より若く見えた。そうだな、今の息子と同じくらいの齢だったのだろう。そして黒い髪と眼をしていたな。そう、そこの彼のように」


 エイティを見つめながら領主が呟く。

 ギルド長もソファの横で立ったまま肯いているようだ。

 組合代表と子息子女達もエイティを見つめている。もしかしたら、彼がその冒険者の息子では無いのかとすら考えているようだ。

 年齢的にはギリギリおかしくないかもしれない。その頃に既に子持ちなら、その子はエイティくらいの年齢だろう。


「この街での逗留中も、彼はあまり自分の事を話そうとしなかった。ただ幾つかの話から推測は出来たよ。どうやら異国の出身、いや『この世界』の出身ですら無かったようだ。迷い人とも言っていたかな」


 組合代表と子息子女達は、その言葉に驚いて領主の方を振り向く。

 それでは本当に御伽噺のようでは無いか。

 神界から舞い降りた御使い、死の世界から蘇った過去の英雄。彼等はそう言った者達を思い浮かべているようだ。

 さすがに異世界への転移転生などとは思い付かないのだろう。

 だが、領主とギルド長は違うようだ。

 この世界とは別の、だが自分達と同じような姿の人間の住む世界がある事を疑っている。

 その世界の者が迷い込んだに違いないと、半ば確信すらしているようだ。


「君達はジパングという国の出身らしいが、『ニッポン』と言う国に聞き覚えがあるかな。似たような名で気になっているのだが」


 その言葉を聞いたユーリは溜息を吐いた。

 領主に断りを入れて、他の三人に今までの話を翻訳していく。

 話を聞いた三人も、揃って大きな溜息を吐いていた。


「俺等の二十年前、いや、この世界の暦を換算したら二十二、三年前になんのか……ならばまだ二十世紀じゃねえか。異世界転移転生なんて分かんねえだろ」

「どうかなあ。確か三十年前には、オーラロードや龍神丸が放送されてたんだよねえ。異世界転移って概念は知っていたかもねえ」

「それらを知っているお前の方が、俺には驚きなのだがな」

「親父のコレクションに残ってたんだよねえ。親父も筋金入りだからさあ」

「でもさ、僕等って三十二年後に飛ばされたんだよね。もしかしたら僕達の時代の十二年後から来たのかもと思うけど」

「あー、そうか。その可能性の方が高いかもしれねえか」

「十二年後も異世界物って流行ってるのかなあ」

「それはどうでもいいだろう。だが確実に日本人だな。そして黒髪黒目なら転生で無く転移だろう。しかも俺TUEEEEをやらないタイプのな」


 二十年前だと領主は二十代半ばだろう。十分に分別を持っている齢だ。

 その領主嫡男が、そんな凄腕の冒険者を知らなかったのだ、

 目立つような事をしていなかったに違いない。

 国内ならば、王都の学校を首席で卒業したりするような真似を。

 どこかの国家が主催する、「世界中」から強者を集めた闘技大会で優勝するような事も。

 そして爵位にも美女にも靡かない。ならば目的は元の世界に還る事だろう。彼等四人のように。

 当面の目標は、その冒険者の足跡を追う事になりそうだ。

 ユーリは領主に向き直って尋ねた。


「その冒険者の名前を教えて頂けますか」

「たぶん偽名だったのだろうが、こう名乗っていたな。ジョン・ドゥ、と」


 ユーリは思わず苦笑する。

 英語で身元不明の男性の死体を指す隠語だ。女性ならジェーン・ドゥだ。日本だと名無しの権兵衛が近いだろうか。

 自虐にも程がある、とユーリは考えていた。

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