77.天下りかよ
ユーリは特に驚く様子も無かった。
前にもネカハの村で転移転生者らしき者が居たのだ。他に居ても不思議ではないだろう。その者がこの辺りで何かをしたのだ。能力チートか知識チートを。
いや、領主自身が転移転生者かもしれない。それで会いたがっている可能性もある。
どちらにせよ「異界人」などと言われては無視できない。
ユーリはギルド長の囁きを他の三人に翻訳した。
「忙しい街だな。襲撃があった翌日に『異世界』の話か」
「もしかして転移転生者って珍しくもないのかねえ」
「だがこうなると会いに行くしかねえな」
「じゃあ、すぐに向かうって事で良いよね」
ユーリ以外の三人も驚いた様子は無い。ユーリと同じ考えに至ったのだろう。
そして話を聴きに行く気にはなったようだ。
ただ警戒度は上がっている。領主が転移転生者だった場合は、相手もチート能力がある可能性が高い。
本当に転移者ならば一代で辺境伯まで上り詰めた事になる。そして魔の森近くに送られるからには戦闘系の能力なのだろう。
この街に下水道があるのも、もしかすると知識チートのお陰だろうか。
いや、クーディがここの辺境伯は代々続くと言っていた。婿養子として貴族の仲間入りを果たした転移者か、貴族の子息に生まれた転生者なのかもしれない。
悲鳴を聞きつけたクーディ達も宿から出て来た。
そして辺りの様子に肩を落とす。まだ馬鹿が居たのかと思っているようだ。
彼等四人とクーディ達はギルド長と組合代表、それに数人の領兵と共にその場を離れた。
後始末は領兵にまかせるしかない。
更に数人の領兵がギルド長の指示を受けて、別の方向に駆け出した。絡んできた商人の屋敷と店を押さえる為だろう。
一団はゆっくりと領主の館に向けて動き出す。
もちろん四人は、ずだ袋を背負っている。領主の館で何かあっても、すぐに逃げ出せるようにとの判断だ。
クーディ達が親切心からか荷物を持とうかと問いかけるが、彼等はそれを断っていた。たぶん無いとは思うが、館の前で領兵の大群が待ち構えているかもしれないからだ。
領主が転移転生者だった場合に備えているのだ。
自分に比肩し得る能力を持つ他の転移転生者を、亡き者にしようと企む可能性を否定できない。チート持ちの超越者は己だけで良い。自分の座を脅かす者など葬ろうと考えるかもしれない。
幾分穿った見方ではあるが、相手の性格が分からない以上仕方がない。
賢侯などと呼ばれるのも、自分の能力が高みにあるがゆえの余裕から来るものかもしれないのだ。
半刻ほど掛けて貴族街を通り領主の館に辿り着いた。
辺境伯ともなると組下の貴族もそこそこ居るのだろう。辺境の街にしては結構な広さの貴族街であった。
貴族街ではやはりじろじろ見られていたようだ。フードも被らず黒髪黒眼を晒しているエイティに興味津々らしい。
領主の館は広大な庭を持つ立派な屋敷のようである。
敷地の前には大きな門が設置されているため、内部は窺えない。
どうやら門の前に領兵が集結している気配は無いようだ。
それでも十人程の兵士が立っていた。どうやら門衛とは異なるようだ。門衛は二人居て、その様子を不安げに見ている。
その兵士の内の一人が前に出てくる。ユーリ達と同じくらいの齢の男だ。その若さでリーダー格なのは貴族の子弟なのだろう。他の兵士達も若いようだった。
ユーリ達は案内かと思ったが違うようだった。ギルド長が渋い顔をしていた。
前に出てきた若い男が尊大に告げる。
「そいつらが例の冒険者か。武器と荷物を預からせてもらうぞ」
ユーリ達四人はギルド長に目を向ける。
その視線を感じ取ったのだろう。ギルド長はその男と仲間を無視して、後ろに居た門衛に問いかけた。
「この馬鹿は何者だ」
門衛の二人はギルド長の顔も立場も知っているのだろう。
背後に居た門衛の一人、壮年の男が答えた。
「貴族街担当の領兵です。ヴォズリィ男爵の嫡男です」
「ギルド長として、いやカンヴァイ子爵として命ずる。この馬鹿共を捕らえて牢に放り込め」
その男はギルド長が爵位持ちである事すら知らなかったのだろう。典型的な貴族の馬鹿息子と言ったところか。
男は慌てたように膝を付いた。一緒に居た他の者達も同様の姿勢をとる。そして言い訳を始めた。
「も、申し訳ありません。平民の冒険者風情を館に入れるのに、武装解除は当然だと思いまして」
「ほう、領主の通達を無視したという事か」
今更どう言い繕おうと意味が無い。
領主である辺境伯が、彼等が武装したまま入る事を許可しているのだ。しかも武具はおろか荷物まで奪おうとしたのだ。
もしかしたら昨夜の盗賊と関係あるのでは、と思われても仕方がない。
しかも平民風情などと口にしたのだ。他領の食い詰め者すら招き入れるこの街で、そんな選民思想をあからさまに出して許される筈が無い。
ギルド長は背後に引き連れた領兵にも同様の指示を出す。
もう言い開きは無理と感じたのであろう。その若い男は剣を抜こうとした。
その瞬間ギルド長は素早く前に進み、右手で男が抜こうとした剣を抑える。そして左手で渾身の力で顔面に拳を浴びせた。
その男は潰れた鼻から血を撒き散らしながら倒れていった。意識も失っているようだ。
傍に居た男の仲間達は呆気に取られたように、その様子を見ていた。
ギルド長は改めて自分が引き連れてきた領兵と門衛に指示を出す。この男と仲間を牢に入れるようにと。
倒された男の仲間達は黙って従っているようだった。
子爵位の貴族の言葉に逆らえる筈も無い。しかも非はどう見てもこちらにある。殴り倒された男は爵位を継ぐ事は無いだろう。今更媚びても意味が無い。
少しでも自分達への被害を抑えるためにも、この男に無理に付き合わされたと証言するしかない。
ギルド長は、剣を抜かせる前に殴り倒せた事に胸を撫で下ろした。
もしこの馬鹿が剣を抜いて、こちらに向けでもしたら。ここに一人の死体が、下手をすれば十人の死体が並ぶ事になっていただろ。
横目で窺うと、彼等四人が既に己の武具に手を伸ばしているのが目に入った。
ギルド長は溜息を吐いた。
一連の遣り取りをユーリが他の三人に翻訳する。
「天下りかよ」
「いや、実力から見て正当な配置だろう」
「準公営機関とも言えるギルド、末端の支部ならともかく領都の支部長だからねえ。叩き上げの冒険者がなれる筈も無いだろうねえ」
「爵位が僕達の世界と同じなら伯爵のすぐ下の筈だしね。辺境伯領では相当な高位だと思うよ」
彼等は倒された男には興味がないようだった。
異世界物によくある勘違いした馬鹿なのだろう。
貴族の嫡男と言うのは、将来その爵位を継ぐ可能性が高いだけの「平民」なのだ。周りがちやほやするのも、爵位を継ぐだろうと思っているからだ。本来は爵位を継ぐ前に威張るのは馬鹿のする事なのだ、
爵位の継承は無条件ではない。当然爵位を授けた王か、陪臣なら上位貴族の許可が必要とされる。愚かな行いが影響する事にも気付けない馬鹿なのだろう。




