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76.やはり断らせて貰いましょう

「だ、黙れ。放火は重罪だ。捕らえるのが当然だ」

「へえ、昨夜の火事って失火じゃなかったのか。あんたは何で付け火だと思ったんだろうな」


 ユーリの返答に男はグッと詰まった。

 焦りの余り、言ってはいけない事を口にしたのだ。

 まだ領兵の検分すら済んでいない時間だ。昨夜の火事の原因が、放火か失火かなど誰も知るわけがない。

 それを知っているのは、襲撃に失敗して反撃されたと推測出来る者だけだ。

 つまり襲撃犯の仲間しか居ない筈なのだ。


「黙れ黙れ。お前等この者達を捕らえろ」


 男は誤魔化すように後ろに控えた私兵達に命令を発した。

 だが私兵のほとんどが動こうとしなかった。二人ほど動こうとした者も居たが、他の私兵に肩を掴まれていた。

 その様子を見て、コイツの私兵では無いなとユーリは感じた。

 そして怒鳴る男を無視して、後ろで動かない十人程の男達に問いかける。


「あんた等はコイツに雇われたヤクザ者じゃ無さそうだ。どう思ってるんだ」


 後ろに控える男達も大半が戸惑っているようだった。

 朝早くに駆り出されて護衛を頼まれたのだ。だが話を聞いていると、異国の旅人を無理に連行しようとしているらしい。

 そして男達の中の一人が、怒鳴り続ける男に向けて声を上げた。


「おい、どういうことだ。護衛じゃ無かったのか。商人組合所属の俺達を引き摺り出して人攫いに加担させる気か」


 男達の集団の中から二人が抜けて、怒鳴り続けていた男の回りを固めた。この二人は組合所属ではなく、男が個人で雇っている者達なのだろう。

 男は大人数で威圧する事で、大人しく言う事を聞かせるつもりだったのだ。

 男は怒鳴っていた口を閉じる。


「なあ、なぜ昨夜の火事が放火だと思うんだ? なぜ俺達が犯人だと思うんだ? なぜ治安機関の者を連れて来ていないんだ?」


 ユーリは大声で執拗に男に問いかける。

 わざわざ集まった見物人達に聞こえるようにだ。まるで「ねぇどんな気持ち?」をやっているようだった。

 男は真っ赤になっていた顔を、どす黒い色に変えながら俯いた。

 それを見ていたゴローが「踊ろうかなあ」と呟いて、ドーリとエイティに頭を叩かれる。言葉は分からなくても状況は読み取れたのだろう。


 もういいかなと思ったユーリは、宿の中に居る領兵を呼び出す。するとパンを手に持ったままの領兵が二人出て来た。まだ食事中だったようだ。

 ユーリはその領兵達に尋ねた。


「なあ。コイツが俺達を捕まえるって言ってるんだが、あんた達の仲間かい?」

「いや、知らんな。お前達は何者だ」


 領兵が男に問い質す。

 途端にその男は驚きの表情に変わる。

 昨夜の火事で領兵は全員出払ったのではなかったのか。彼等は物知らずの異国人ではないのか。話が違うではないか。

 どう言い訳しようかと必死で考えている。

 その時、背後から声が聞こえた。


「一体何の騒ぎだ」


 振り返った男が見たのはギルド長と、その隣に並んだ商人組合の代表だった。

 一瞬呆気に取られた男だが、すぐに逃げ出そうと脚を動かした。

 途端にその脚に激痛が走る。足を見下ろすと、馬鹿にしたような返答をした茶髪茶眼の男の短槍が突き刺さっているのが目に入った。


「あああああ!」

「人に喧嘩吹っ掛けといて、今更逃げるってのはないだろ」


 悲鳴を上げながら倒れこむ男に、ユーリは軽く話しかけた。

 パンを持ったままの領兵が、何があったかをギルド長に告げている。それを聞いたギルド長は天を仰いだ。

 護衛として連れて来られた男達の一人も、組合代表に気付いたらしい。どういう経緯でここに連れ出されたかを話している。

 組合代表は沈鬱そうに俯きながら、槍で脚を貫かれた男とその傍で立ち竦んでいる二人の護衛を捕らえるように指示を出した。


「どうやら昨夜の盗賊の仲間のようだな。そいつの家を教えてくれるかい」


 ユーリは凄みのある笑みを浮かべながら、ギルド長と組合代表に尋ねた。

 尋ねられたギルド長と組合代表は慌ててユーリに答える。


「待ってくれ。後の処理はこちらで厳正に行う」

「も、申し訳ありません。必ず償いは致しますので、この場はご勘弁を」


 ギルド長は考えていた。このまま彼等を放っておくと、別の火災が起こる可能性が高い。絡んだ男の屋敷と店の二軒の。更に数人の遺体も増えるだろう。

 これ以上街に被害が出ることは避けたかった。


 商人組合の代表も必死であった。

 彼等四人が商人組合から帰ってすぐに通達は出したのだ。なのに複数の商人が結託して襲撃を行ったのだ。倒れている男を拷問してでも、他の仲間や背後の有無を聞き出さねばなるまい。

 彼等に独自調査されでもしたらどうなるか。襲撃者の店と取引のあった全ての商会を相手に、盗賊の仲間として報復行動を取る危険すらあるのだ。


 さすがに彼等四人も、そこまで考えてはいなかった。

 ほぼ実害は無かったし、これ以上この街に留まる気もない。ただの脅しのつもりだったのだ。

 しかし彼等ならやると思われている。ランク六冒険者、つまり狂人達と考えられているのだ。

 後ろの三人に話すと彼等も苦笑を浮かべていた。


「それで今日の領主との謁見だが……」

「ええ、分かってます。中止ですね。いつか再度この街に立ち寄る機会があればその時にでも」


 ギルド長が少し言い辛そうに話すのを聞いて、ユーリは気にせず答えていた。

 昨夜に四人で話し合ったように、今回はキャンセルと言われると考えていた。

 彼等のような狂犬の群れと会いたい、と言う貴族が居るとは思えない。

 領兵達も火事の後始末で人数を揃えられまい。それに襲撃犯の生き残りや、ここで倒れている男の尋問にも手を取られるだろう。

 彼等四人を排除するためとしても、領主の護衛のためとしても、人手不足は否めない。

 そして四人は二度とこの街に立ち寄る気など無かった。


「いや、違う。今からすぐでも良いか」

「は? 昨日言った事を覚えてますか。取り込まれる気は無いですよ。それに我々は『この街』を信用できません。武具を預ける事もしませんよ。それでも良いのですか」

「ああ、構わん。馬鹿な貴族が居れば斬り捨てても良い」

「……それは昨夜の襲撃の背後に、貴族を名乗る『盗賊』が居ると」

「分からん。その可能性もあると言うだけだ」

「膿み出しに使われるのも嫌ですね。やはり断らせて貰いましょう」


 ユーリはすげなく断った。

 ただでさえ神に準ずる何者かの駒扱いされているのだ。これ以上利用されるのは真っ平だ。領主なら自分で処断するべきだろう。


 その返事を聞いたギルド長がユーリに近付こうとする。

 それを見た彼等四人は各々の武具を構えた。それに気付いたギルド長は身に付けた武具を外し、更に上着まで脱いで上半身裸になった。

 齢の割りに引き締まった身体だ。長になっても鍛錬を欠かさないのだろう。

 害する気が無い事を明らかにしているのだ。それを見た四人も武具を下ろす。

 ギルド長は近付いて、ユーリの耳元に口を寄せて囁いた。


「君達は異国人では無く、『異界人』ではないのか」

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