61.やっぱり読めないねえ
「やっぱり読めないねえ」
「前の時は文字に触れる機会すら無かったからな」
「井上の設定ってフレキシブルだったみたい。読めちゃうよ」
「どうなってんだ、全く。俺もクスマナエの文字読めてたのかよ」
「たぶん読めてたんだろうねえ」
「どんな依頼が残っている?」
「んー、薬草採取が有るけど。一ルプが五百円と仮定して八掛けだったよね。五エノツだと二千円かな。物価は分からないけど、一日仕事でこれは安いよね」
「たぶん自分じゃ行けねえ場所なんだろ。なのにそれじゃ誰も受けねえよな」
「さすがに討伐は残ってないね。まあそうそう有る依頼じゃ無いと思うしね」
討伐依頼が日常的にある街とはどんな所なのだろう。
魔物にしろ盗賊にしろ毎日のように幾つも現れて襲ってくる街。そんな場所に人が居付く事は無いだろう。
クーディが言っていたように何回か目撃情報があり、それからようやく討伐依頼が出るのだ。
毎日のように魔物が闊歩しているのなら、領軍の存在価値は何なのだと言う事になる。領地持ちの貴族は、領内の安全を確保する義務がある。だから巡回衛視などが村々を廻ったりしているのだ。
クーディの受けた依頼も、ラゴギョノテ単体なら軍を動かすより安上がりだから冒険者に任せているだけなのだ。
異世界物では依頼が無くても、討伐証明部位さえ持ってくれば報酬が出るものがある。
誰がその報酬を出すのだろう。
間引き? 魔物を狩る事で危険度を下げる? それは冒険者が勝手に判断すべき事ではない。領主が、領軍が行うべき事なのだ。
可食部位のある魔物を狩って、肉屋に卸すことはあるかもしれない。それでも単一種を狩りまくる事で魔の森のバランスを崩すような事をすれば、食物の無くなった上位の魔物が出てくるかもしれない。魔物にも生態系はあるのだ。
そんな事になれば為政者の怒りを買うだろう。食肉用の魔物狩りも、一定数を満遍なく行うように規制されているに違いない。
受付の女性が降りて来て、クーディに何かを告げた。
クーディは激しく抗議をしていたが、諦めたようにユーリに声を掛ける。
「すまない。二階でギルド長達と会うんだが、四人とも着いて来て欲しい」
「ああ。構わない。が、全員でか」
「どうもギルド長が合いたいようだ。何かあっても俺達が護るから」
「いや、敵対する気は無いけどな」
ラゴギョノテ三体の討伐が問題だったのかな、とユーリは考えていた。
クーディ達は彼等と同じような齢だった。ならば冒険者としても十年近く過ごしているだろう。
それにランクが上がったばかりとも言っていた。中堅クラスか、もしかしたらベテランクラスへのアップだったのかもしれない。
そのクラスの者が梃子摺る相手を瞬殺したのだ。一匹はクーディ達に止めを刺させるために手加減までして。
前回の盗賊やメギョアの時に薄々気付いてはいた。ドーリが言ったように、やはり彼等は「化け物」なのだろう。
それと受付の女性がこちらを窺っていた事にも全員が気付いていた。
フードを被っているが、それでもエイティの髪や眼の色に感付いたのだろう。
なかなか鋭い観察眼を持っていそうだ。伊達にギルドの受付をしている訳ではなさそうだ。
たぶん上に伝えに言った時に話したに違いない。
面倒な事にならないといいなと思いながら、他の三人に会話内容を伝えた。
クーディ達三人に続いて、ユーリ達四人も階段を昇っていった。
ギルド長の部屋は真ん中辺りに有った。
階段近くは持ち込まれた依頼の妥当性を確認する部屋や、完了報告の検証をするギルド役人の部屋になっているらしい。頻繁に階段を上り下りする必要からこの間取りになっているそうだ。
ほとんどの依頼は受付の者が判断するそうだが、例外はいつでも起こりうると言う事だろう。
ギルドの受付とはただの案内役ではない。
冒険者がその依頼を受けるのに妥当か、完了報告が本当かを判断する必要がある。依頼を受ける時にも内容と代金が妥当か、犯罪行為を含んでいないかを検証する必要もある。
それらをいちいち上に問い合わせずに、基本はその受付で行うのだ。
冒険者に怒鳴られて立ち竦むような、無理な依頼を脅されて簡単に引き受けるような、若年者に任される仕事ではないのだ。
異世界物のように、若くて可愛い受付嬢はまず存在しない。ギルドの受付とはベテランが担当する職務なのだ。
奥は倉庫や書庫になっているらしい。
魔物の解体部屋なんかは存在しない。それは街の肉屋の仕事だ。
先にも述べたようにギルド内で全てを完結するわけにはいかないのだ。ギルドで解体まで行って街に下げ卸すとなると、ギルドの権力が大きくなりすぎる。そんな組織を許す為政者が居る訳が無いのだ。
クーディが扉をノックすると「入れ」という低い声が返ってきた。
扉を開くと十二畳はある部屋だった。机に座した筋骨隆々の男と、隣に立つ文官風の男が立っているのが目に入った。共に五十歳くらいだろう。
ソファと低いテーブルも手前に置いてある。来客は大抵ここで迎える事が多いのだろう。応接室など無さそうだ。
クーディが小声でユーリに囁いた。「ギルド長とその補佐、副長だ」と。
クーディ達が先に入り、ユーリ達が後に続く。
ユーリ達はあえて扉を閉めずにそのまま開いていた。すぐに逃げ出せるようにしているのだろう。
「扉を閉めてくれ。君達も自分達のことを聞かれたくないだろう」
ギルド長らしき逞しい男の声だ。四人の中で最前面に立っていたユーリは試されているのかなと思いながらも、しれっとしたように答える。
「別に我々に聞かれて困るような事はありませんよ」
少しの間、ギルド長が目に力を込めてユーリを見詰めていた。
だが力を抜いて改めてユーリに告げる。
「わかった。すまない。だが『我々』が他に漏らしたくない。扉を閉めてくれ」
それを聞いたユーリが後ろを向いて肯く。するとゴローが扉を閉めた。
クーディ達はその様子をはらはらしたように見詰めていた。
机の向こうに座っていたギルド長が立ち上がって、机の前まで移動して来て改めてクーディに向いて告げた。
「掛けてくれ。そちらの四人も。確かラゴギョノテの件だったな。詳しい話を聞かせてくれ」
クーディ達がソファに座る。その対面にユーリ達も腰掛けた。ギルド長は長方形テーブルの短い側に設置した席、俗にお誕生日席と言われる所に座る。副長の男はその横に立ったままだ。
クーディは三匹分の討伐証明部位をテーブルに出しながら、状況について説明をしていた。他の二人もギルド長の確認に肯いている。
運よく出合ったユーリ達四人が三匹を倒した事も隠しはしない。その辺は上手く誤魔化してくれても良いのに、と考えながらユーリは話を聞いていた。
「なるほどな。確かに依頼主側の手落ちだ。依頼主の領主に掛け合おう。うちが上げた報告の間違いもあるから、三倍とまでは言わないが増額はされるだろう」
ギルド長の言葉にクーディ達三人はふうと息を付いた。
ラゴギョノテが一匹と言うのは、冒険者が見かけたという報告のせいでもある。だが他にも森を抜ける商人による報告も上がっている。それらを判断した領主が単体討伐の依頼にしたのだ。
その誤りを認めなかったら、レカの街から冒険者は居なくなるだろう。わざと少ない量にした依頼を出し続けでもすれば依頼の信用が無くなる。誰も討伐依頼を受けなくなるに違いない。




