60.レカの街にようこそ
城壁は六メートルほどの高さがあるが、幅は広くは無いようだった。城壁上に人が立つ空間は無い。人口が増えて街を広げていったため、そこまで手を回せなかったに違いない。
それにこの城壁も対人目的ではない筈だ。魔物が梯子を架ける事などありえないだろう。城壁上で待ち構えて梯子を蹴り飛ばす、梯子を登って来る相手を倒す、そんな必要が無いのだ。
橋を渡り門の前に立っていた衛兵に、クーディは気軽に声を掛けていた。
「おーい、戻ったぞ」
「おお、ラゴギョノテは退治出来たのか」
「三匹居やがったが助けも借りてなんとかな」
「な!? なんだと! 大丈夫だったのか。援軍が必要か」
「見ての通り無事さ。彼等のおかげで三匹とも討伐できたよ」
「やはり単独ってのは見間違えだったのか。一緒に居る四人が、その助けか」
「ああ、異国人の迷い人だが一人は言葉が分かる。じいさんがこの国の出身だったらしい。相当腕の立つ冒険者だぜ」
「あんた達が一緒なら問題は無いだろう。仮登録証の発行を手配する」
「助かるよ。よろしく頼む」
ユーリはその会話を聞いて感心する。
門番の衛兵も居丈高ではないようだ。領兵なのだろうが冒険者に対しても普通に対応している。辺境伯の薫陶が行き届いているのだろう。
それにクーディ達も結構な有名人らしい。
彼等が連れて来たというだけで、異邦人の自分達を危険視していない。領兵にも信用されている冒険者達のようだ。腕の割りにと言っては失礼だろうか。
門番に連れられてクーディ達とユーリ達の七人は詰め所に入っていった。
ユーリ達は仮登録証を作るために幾つかの質問を受けていた。
とは言え言葉が分かるのはユーリのみだ。四人全員の名前や年齢、出身国などを話していた。元々偽名のような物だし、出身国も本来の呼び名とは別物だ。素直に答えていった。
さすがにエイティや自分が魔術師である事は隠している。
エイティの鎧も着ていないローブ姿に不審な目を向けられたが、ローブをめくり腰にショートソードが下がっているのを見て納得したようだ。
持ち込み物の検査は少し焦ったが、クーディ達が連れて来た事で安心しているのだろう。それにエイティの黒髪のお陰だろうか。
簡単な検査で済んでいた。こちらから申し出た事も良かったのだろう。
香辛料の所持も疑問に思っていないようだ。ポーションの類も異国の薬と言う事で納得していた。
横目で見ると、クーディ達は出合った時の状況を説明しているようだ。ラゴギョノテが三体も居たため苦戦していた所を助けられたと、実質三匹を倒したのがユーリ達な事まで話している。
裏表の無い性格に違いない。だから門番達にも信用されているのだろう。
クーディ達が発行料を払い七人は詰め所を出て城門をくぐる。
先頭にいたクーディがユーリ達四人のほうに向き直って告げた。
「レカの街にようこそ。歓迎するぜ」
夕一刻にはなっているようだが、まだ空は明るい。夕二刻くらいまで明るいままのようだ。
通りは幅も広く石畳が敷かれている。
通りに面した建物は、ほとんどが石造の二階建てであった。窓は木製の扉を開いているだけらしい。無色透明なガラスはまだ発明されていないようだ。
街中には街灯らしき物も無い。電線やガス管を街中に張り巡らせる技術もまだ無いのだろう。いや、電気やガス自体がまだ使用されていない可能性の方が高い。
人の流れはまだ十分多いようだった。
皆が染色された衣類を着ている。デザインは垢抜けた物では無い様だが。
それでもタルフニ村のような辺境の村とは比べるべくも無い。
ユーリやゴローの茶髪、ドーリの金髪も目立ちはしない。だが、さすがにエイティはローブのフードを下ろしたままだ。
彼等はギルドに向けて歩き出した。
クーディの話では、ほぼ街の中心にギルドがあるらしい。どこからでも依頼がし易い様にとの辺境伯の計らいだそうだ。
異世界テンプレでよくある行為、登録しに来た新人相手に悪態を付いて絡むような真似も無いそうだ。
当然だ。冒険者、いや冒険者見習いは十歳からギルドに登録できるのだ。三男坊以下を取り込むこの街では、そんな齢から冒険者を目指す者もいる。まともな大人の冒険者が、十歳の子供相手に凄むような見苦しい真似をする訳が無い。
十五から二十歳くらいで登録する者も少なくない。というか、それが普通だ。そんな普通な相手に絡むのも馬鹿がすることだ。
二十代後半かそれ以上の登録? 少なくともその齢まで何かの職に就いていた者を、馬鹿にするような冒険者が居る筈も無い。退役軍人ならそこそこの武威があるだろうし、身を持ち崩した商人なら読み書き計算など並みの冒険者以上だろう。
そもそも冒険者と言うのは魔物退治の専門家などではないのだ。
日雇い労働者、期間作業員、派遣労働者、傭兵、それらに分類される職業なのだ。それこそ子守りや荷物運びや農繁期の手伝いから、護衛や討伐まで短期仕事ばかりなのだ。必要な仕事であることは間違いないが。
そんな者が新人相手に絡む? 絡んだ者の方が同業者からも無視される。噂になれば雇う者も居なくなる。そんな愚かな行為をする筈が無いのだ。
さすがに高ランクともなれば、仕事の選り好みも出来るだろう。殿堂入りのメジャーリーガーだと考えれば良いかもしれない。ただそこまで行き着いた者が絡むような真似をする事は無いだろう。
下っ端の荒くれ者を圧倒したり、そこそこのベテランに目を付けられたりと、主人公の強さを見せ付けるため「だけ」に存在する行為でしかないのだ。
四半刻ほど歩いてギルドの前に着いた。
ギルドの見た目はまるで役所のようだ。出入り口が二つあるのは冒険者用と依頼者用を分けているためらしい。
酒場や食堂、宿屋が併設されている様子も無い。これも当然だろう。ギルドだけで完結していると意味が無いからだ。ギルドは業務斡旋所でしかないのだ。
ギルドの仕事の報酬で、ギルド内の宿屋に泊まり、ギルド内の食堂や酒場で飲食する。金銭が外に回らない。どんな為政者がそんな組織を許すというのだ。
彼等七人は冒険者、ギルドメンバー用の出入り口から建物に入った。
多くの受付と、壁には依頼表が貼られたボードが目に入る。この時間でも貼られたままの依頼は割に合わない仕事なのだろう。
冒険者達も相当居るようだった。
クーディ達のように依頼完了の報告は、どうしても夕方から夜半になる事が多いのだろう。全ての報告受付に長い列が出来ていた。
クーディは誰も並んでいない依頼斡旋の受付に向かった。
他の六人は邪魔にならないように依頼ボードの横で待っている。
「済まないな。依頼内容に齟齬があったんだが。上の者に繋いでくれないか」
「クーディさん、お帰りなさい。齟齬って何があったんですか」
「ラゴギョノテの単体討伐の依頼だが、三体も居たんだよ」
「そ、それは……よくご無事でしたね」
「手助けがあったからな。とにかくただの完了報告じゃない。手伝ってくれた連中も連れて来てるんだ。上と話がしたい」
「分かりました。ちょっと待ってて下さいね」
受付の女性が依頼ボードの横に佇むクーディの仲間、その傍に居る四人に目を向けた。そしてクーディの言葉に席を外し、二階に上がって行った。
クーディは肩を竦めて仲間の二人を呼び寄せた。
その間ユーリ達はボードを眺めていた。