44.それはねえだろうけどな
そこまで考えたドーリだが、そこで考えるのは放棄した。
彼に、彼等にとってはどうでも良い事なのだ。
さっきは守るべき相手、案内人のネカハが居たから戦いはしたが、この村に留まって守り続けるつもりは全く無い。
仮にエルイが護衛達と残ると言うなら、彼等四人はエルイを放って出発するだろう。エイティの言葉ではないが、道を進めばどこかには辿り着けるのだから。
彼等にとっての最優先事項は、四人揃っての元の世界への帰還なのだ。エルイと一緒に居るのも街に行って情報収集するためだ。エルイがそれをしないのなら別行動を取れば良いだけなのだ。
村人百数十人がすぐにでも村を捨ててバワの街に避難すると言うのであれば、護衛程度は引き受けても良い。だがそんなことは有り得まい。
しかしそんな考えをしながらも、このまま村を去ることは無いだろうと言う予感もあった。そう、気になることが有ったのだ。
エルイと村長達の話し合いは白熱していた。いや、村長の息子との間に。
村長とネカハは、はらはらしながらその様子を見ていた。
「ですから私がバワに戻って領主様に状況を報告します。領軍の一分隊でも派遣されれば大丈夫でしょう」
「その間この村はどうするのだ」
「フィルヴィの盗賊団から入手した武器をお貸しすると言ったでしょう」
「村の者が上手く扱える筈が無い。領軍が来るまでの間にまたメギョアに襲われたらどうすればいい!」
「それは私のせいではないでしょう。護衛を残せというのは無理です。『私が』雇った護衛です。バワまで三日の距離を護衛無しで戻れとでも言う気ですか!」
どうやら村長の息子がごねているようだった。
彼の立場としては当然村の安全が最優先だ。そのため村に戦力を、エルイの護衛を残して欲しいようだ。
だがエルイにそれを呑める筈がない。
「ならば、その異国人の……」
「兄さん!」
何かを言いかけた村長の息子を、ネカハが大声で遮る。
たぶんドーリ達を村に置いていけと言いたかったのだろう。
四十匹のメギョアを四人で難なく倒せるのだ。領軍の部隊が来るまでの戦力としては最高だろう。
だがそれは村の一方的な都合だ。
昨晩エルイから、彼等四人は魔法の罠で飛ばされて迷い込んだ旅人であることは聞いていた。自国に戻るのに必要な情報を得るために、エルイに同行しているだけである事もだ。
ネカハはそんな彼らを矢面に立たせる訳にいかないと思って叫んだのだ。
「その先は言わない方が良いでしょう。彼らを雇うなら四人で一日最低でも四百ルプは必要です。それくらいの腕の冒険者です。しかし彼等は貴方が口にしかけたように『異国人』です。この国の貨幣など無価値なのです。私がバワに戻るまでの三日と報告の処理と編成や準備に一日、そして領軍がここに来るまでの三日で計七日は掛かります。彼等にその日数を無駄にしろと言うのですか! 彼等に関係ない国の関係ない村のために戦えと! 危険かもしれない最前線に立って死ねと!」
最初は諭すように話していたエルイだが最後は声を荒げていた。
エルイにも村長の息子の気持ちは分かっている。村を守りたい一心なことは。
だがエイティ達の思いも分かっている。早く還りたいという願いを。
七日と言ったがそれは最短なのだ。
分隊規模十人くらいなら三日で来れるだろう。
だが小隊規模が必要と判断されたらどうなる。輜重隊も必要になり編成や物資の準備に余計な日数が掛かる。行軍に掛かる日数も延びるだろう。十日かそれ以上掛かる可能性もあるのだ。
エルイ達が残ってドーリ達四人をバワに送ることも考えたがそれは無理だ。
一人しか言葉が喋れない四人の異邦人。エルイの書状を持っていても信用される筈が無い。
雇った護衛は残して、ドーリ達を街までの護衛にする事も無理だ。
彼等は僅か二日一緒に居ただけだ。信頼出来る連中だとは思っている。だが確信は出来ない。
それに雇った護衛達が納得するだろうか。余分に七日から十日をこの村で過ごすことに。予定があるかもしれない。更にその間の費用は誰が持つのだ。
バワにはエルイが戻る必要がある。三日の行程だ。雇った護衛も必須なのだ。
「……だけど……このままでは」
村長の息子は唇を噛むようにして俯いている。
彼にも自分が無茶を言っている自覚はあるのだ。
村人が全く戦えない訳ではない。年に数回は材木入手の為に数十人の男達で魔の森に向かうこともあるのだ。村には狩人だって居る。だが冒険者や職業軍人のような戦闘訓練を積んでいる筈も無い。
「話を遮るようで申し訳ありません。ですが一度現場に戻りたいのですが。四十匹のメギョアの遺体の処理や、残した三人の休憩も必要です」
空気を読んでか、あるいは読まずにか、ドーリが口を挟んだ。
だが必要なことだった。
討伐証明部位があるならそれを剥ぎ取るべきだし、可食部分があるなら解体するべきだろう。どちらも無いなら燃やすか埋めるか考えなければならない。
春先とは言え放っておくと、疫病の原因になる可能性もある。
三人の休憩は口実だ。戻ってメギョアの生態などを伝える必要がある。
いや、エイティには本当に休憩が必要だ。感知や拘束、攻撃と魔術を使いまくっているのだ。もしスキルポイントが半減しているなら、五時間の睡眠がないと回復しきれない。
「それにメギョアの後続があるかは分かりません。例えば巣別れのような物であれば、これ以上来ることは無いでしょう」
あえて楽観的な見通しをドーリは続けて言った。
前回から五年間は安全だったのだ。偶々今回四十匹現れただけで、次に来るのが五年後はぐれ一匹だけの可能性も否定できないと。
心の中で「それはねえだろうけどな」と考えながら。
「そうですな。現場を見たほうがいいですな。屈強な男衆を数人送りましょう。ワシは声を掛けてくる。ネカハ、お前は兄とここに残りなさい。まだ他の者には知らせぬようにな」
「え!? うん。あ、はい……」
それまで空気だった村長がそう言って立ち上がった。
ネカハはその指示に驚きながらも、兄の様子を見て了解の返事をする。しかしドーリと一緒に行けないことに落ち込んでいた。
村長とエルイ達、ドーリが連れ立って村長の家を出ると、村長がエルイに頭を下げた。
「エルイ殿、申し訳なかったな。アレはまだ若い。どうしても村のことしか考えられんのだ。勘弁してくれ」
「いえ、彼の気持ちは分かっています。ですが村の方々に知らせなくても良いのですか?」
「まず現場を確認してからですな。だが店は閉じてくれまいか。それから運んできた食料は出来るだけ買わせて頂きたい。ワシの全財産を出すのでな」
村長の言葉にエルイは肯いた。
確かに昼から店を開く状況ではない。可能ならばすぐにでもバワに戻りたい所なのだ。そうすれば領軍の到着が一日でも早くなる。
そして仮に篭城戦ともなると食料は必須だろう。いや食料に限らず全ての荷物を置いていくべきだ。空荷なら、いや馬車ごと置いていけばバワに戻る速度も上がるだろう。
村長はドーリにも頭を下げた。
「そちらの方も申し訳ない。ネカハを守ってくれたのに礼を言うのが遅れてしもうたな。娘を助けてくれて有難い」
「気にしないで下さい。こちらこそネカハさんに色々案内して頂いたお礼も言えてません」
「アレも二十歳を越えているのに落ち着きの無い娘でな。だが貴方達が紳士だと言っておった。済まんかったな。ワシは貴方達を見損なっていたようだ。エルイ殿の言う通りの立派な冒険者だったのにな」
「……え!?」
ネカハの年齢はドーリにとってはメギョアの襲来より驚くべき事実だった。
そして改めて村長の、中央広場に居た者達の身長を思い返す。
村の男達はネカハより少し背が高いくらい、女達は百五十センチあるかどうかだった。共に現代日本の小学生高学年か中学生になったばかりくらいだろう。
ネカハは大女と呼んでも良いくらい背が高かったことになる。
そして一年の長さを思い出す。地球と比べて十数パーセントほど長いことを。
成長速度が同じなら、ここの二十歳は地球での二十二歳以上となる。
この世界が数え年齢としても地球年齢では二十歳以上。現代日本でも成人の年齢だ。ストライクゾーンに入っている。
だが彼等が十四、五歳と勘違いする姿だ。体形的にはボール球かも知れない。




