43.焦らなくても大丈夫ですよ
ドーリはネカハに合わせた歩調で歩いていた。
ネカハはもう怯えてはいない。だが焦りのためか小走りになっている。だが気持ちの焦りに身体が付いていかないのか、かえって遅くなっているようだ。
ドーリが優しく声をかける。
「焦らなくても大丈夫ですよ。あの三人なら同じ数の相手が再度襲ってきても対処できます」
「は、はい。でも」
「初めの一団で見たでしょう。私が貴方の傍にいて何もしなくても、彼等だけで対応してたのを」
「で、でも、一匹がこっちに」
「あれはエイティ、魔術師に向かっていたのを私が引き離したのです。そのままでも問題なかったのですけどね」
その通りだろうとネカハは思った。
その後の三グループは彼女の傍に居た軽戦士風の男は、何もせずに見ていただけだったのだから。
そして気持ちも落ち着いたのか、ぎくしゃくとした小走りでなく少し早足程度の歩行に変わっていった。
ドーリはメギョアという魔物についてネカハから聞き出していた。
魔の森に住む魔物で行動範囲は広くないそうだ。森から五キロも離れたこの村に来ることは数年に一回程度、しかもはぐれの一匹らしい。
果樹園に向かう村人は最低でも二人組以上でなければいけない。二人以上いれば何とか一匹なら倒すことも出来るそうだ。もちろん怪我は負うだろうが。
そして五年前に二匹組のメギョアが現れ、その時収穫に来ていた村人四人で対処したのだが一人の男が亡くなったらしい。それが村にいる唯一の未亡人の夫だったそうだ。
だから最初に十匹も現れたことで驚きの叫びを上げたそうだ。
それを聞いたドーリは考え込んだ。
とすると先の状況はおかしい。話の通りなら十匹のグループが四つも立て続けにやってくるなど考えられないことになる。
スタンピード、魔物達の氾濫かとも思ったが、それにしては十匹毎の小グループに分かれている事に説明が付かない。そのグループも四つだけだ。
ゲームなんかにある上位種、メギョアキングのような物が発生して指示を出したのかもしれない。だがそれなら四組が連携も取らずに、バラバラに襲ってきた理由が不明だ。
商人のエルイか、その護衛の冒険者たちなら知っているかもしれない。
村に戻ったら商売を中断させてでも尋ねるべき事だと考えていた。
ネカハは考え込むドーリを横目でちらちら見ていた。
こんな時に考えることじゃないけど……かっこよかった。
魔法使いの人も、弓使いの人もメギュアを倒しまくって凄かったと思う。短槍の人だって最初は最前線に立ってたし、後半は私を守ってくれてた。
でもやっぱりこの人だ。最初に私を守ってくれて、こっちに向かって来たメギョアを殴り飛ばしてくれた。
その後は七、八匹ものメギョアを自分に向けて集めて、そして盾で弾き飛ばして倒していたもの。
こんな事言ったら悪いけど、遠くからちまちま攻撃してる人達より、直接メギョアを相手に闘っていた彼のほうがかっこいいと思ったの。
この人はたぶん私を子どもだって思ってる。でも言葉遣いは子供に対するものじゃない。ちゃんと大人と同じ扱いが出来る人だ。
けれど……そう、異国の冒険者なのよ。すぐいなくなる人なんだから。気になっても無駄な相手なんだから。
村から川を越えて五百メートル、さらに下流に五百メートルの計一キロくらいの距離だ。早足で進んだためか十分程度で村に辿り着けた。
村の中央広場は賑わっていた。
馬車の他にも、地面に荒い布を引いたような売り場がいくつか並んでいる。
そこには冬の間に作った物や今の時期に採れる野菜などを、売り込んでいる者達がいた。エルイが運んできた穀物で村に少なくなった物を買う人もいた。他にも武器などの鉄製品を求める者、服や布など衣料品を求める者もいて混雑していた。
ネカハは村長である父親に伝えるために家に向かった。
ドーリはエルイを探しながら中央広場を彷徨う。
馬車の近くに立って村人と遣り取りをしているエルイを見つけると、急用なので申し訳ないと告げながら広場の端に連れ出した。
「お忙しいところ申し訳ありません。先程メギョアと言う魔物と遭遇しました」
「成る程、そうでしたか。稀にこの辺りまで迷い出るのが居るそうですね」
「ええ。ですが十匹のグループが四つ、計四十匹いたのです」
「な!? それは」
「護衛の冒険者達にメギョアに関して詳しい話を訊きたいと思います。ネカハさんも村長に知らせに行っています。時間的に昼休憩を取ってもおかしくないと思います。お手数ですがお付き合い願えないでしょうか」
「……わかりました。村長の元へ向かいましょう。一度商品を馬車に纏めます。護衛は一人馬車に残します。少し時間を頂けますか」
「お願いします。私の仲間の三人は見張りとしてメギョアと遭遇した場所に残しています。問題ないと思いますが早く合流してやりたいので」
「そうですね、急ぐことにしましょう」
エルイはそう言って馬車に向かって行った。護衛達に声をかけ、また村人に昼休憩を取ることを告げて、広げた商品を一旦馬車に積み込んでいく。
ドーリは商品に手を出す訳にはいかない。近くに立って待っているだけだ。
しばらくするとエルイがドーリに声をかける。馬車の見張りに盾持ちの護衛を一人残して村長の家に向かって行った。
村長の家に着くと、村長とネカハの他にドーリと同じ年くらいの青年が待っていた。どうやら村長の息子のようだ。ネカハに聞いた兄なのだろう。
村長は五十くらい、その息子はドーリと同じくらいの年齢のようだ。
ドーリは、ネカハと兄は結構な年の差だな、弟も居ると聞いだが、なら十歳くらいか、村長頑張ったんだな、いや奥さんの方がか、などと下世話な考えが浮かんでいる。
ドーリとエルイそして護衛の三人が腰を下ろす。
村長はネカハに大体の事を聞いていたようだ。しかしその後に呼ばれて来た村長の息子とエルイ達には詳しい事情は分からない。
改めてドーリがメギョアの襲来に関する状況を話した。
四十匹と聞いて少し疑わしげな目をドーリに向けた村長の息子だったが、実際その場に居た自分の妹が力強く肯く姿にどうやら納得したようだった。
四十匹といっても十匹のグループを四つだ。
護衛達に確認すると十匹なら自分達でも対応できるそうだ。無傷で済むかは疑わしいが。
しかしそれを二回位ならまだしも四連戦は無理だと断言された。
エルイと村長、村長の息子が話して合っているのを横目にして、ドーリは護衛達にメギョアの生態について尋ねていた。
石器すら扱うこともあるが知能はそんなに高くなく、身体の小ささと二足歩行のためか活動範囲があまり大きくないこと。
大概三から五匹で一団となっているが、たまに十匹くらいの集団も居ること。
その一団の中ですら連携を取ることは少なく、他の集団と連携を取った話は聞いたことが無いこと。
連携は取らないがグループ内の結束は固く、最後の一匹まで戦い続けること。
スタンピード、魔物達の氾濫なども無いこと。
ただし単一種の異常繁殖により数百匹程度の暴走はあるらしい。地球でのイナゴの大発生のような物だろう。
キングやクイーンのような上位個体が存在しないこと。それどころかメギョアアーチャーやメギョアメイジのような変異種すらいないこと。
これは当然だろう。
弓使いのゴローと魔術師のエイティを別種族、ヒューマンアーチャー種とヒューマンメイジ種と分ける者が居るだろうか。
王侯貴族をヒューマンキング、ヒューマンロードと捉える者が居るだろうか。
そんな区分はゲームの中にしか存在しないのだ。
それらを聞いたドーリはなおさら首を捻ることになった。
話の通りなら十匹の集団も有り得ない事ではない。ろくな連携も無しに襲って来たのもおかしくのないだろう。
だが間をおかずに四グループが来た件はどうなのだ。
間隔がこの辺りの暦法で一日、一旬、一半季なら納得出来なくもない。それでも有り得ないと思えるのだが。
一度は偶然、二度目は偶然が重なった。では三度目、四度目は。それはおそらく何らかの必然だ。
たぶん何かが起こっているのだろう。




