35.うーまーいぞおぉぉぉぉぉぉ!
大麦の粥を各々の椀によそい、炙った串肉を手元に置いて食事を始める。
エルイや護衛達は大麦の粥を気にする様子もなく食べている。しかしエイティ達は別だったようだ。
「……やっぱりこんな味なんだねえ」
「この辺りの人達って薄味が好みなのかな」
「ちげえだろ。塩気が全くねえだけだ」
「岩塩か海塩かは分からないが、塩も貴重なのだろうか」
ゴローは少し考えた後、ナイフで串肉の一部を細かく切って大麦粥の椀に放り込む。そして何回か掻き混ぜてから口に運んだ。
「これなら少しはマシかねえ」
それを見た三人はゴローからナイフを奪い取ろうとする。争った挙句いきなりじゃんけんを始めて、エイティ、ドーリ、ユーリの順に即座にゴローを真似る。
「なるほどな」
「美味……くはねえが、食える味にはなったか」
「やっぱり働いた後は濃い目の味の方が良いと思うよ」
それをエルイと護衛達は、なんて勿体無いことをするのだと見ていた。
折角の塩と香辛料が効いた肉だ。粥に浸して水分で薄めるなど信じられない。
護衛の一人がゴローを真似て串肉を一部削いで椀に入れた。そして食するが微妙な顔をしている。
エルイや残りの護衛三人も同じようにするが、やはり微妙な顔をしていた。
そこはエイティ達とこの辺りに住むエルイ達の味覚の違いなのだろう。
エイティ達は全てが麦の粥など食べる機会が無い。米の粥に少量の麦を混ぜることすら殆ど無いのだ。オートミールですらミルクでふやかして食べるだろう。麦の味に慣れていないのだ。だから塩を入れるべきだと考えてしまう。
逆に米を食べ慣れていない民族には、白米を何の味もしないと言う者も居る。
日本人にも居るだろう。混ぜ飯や丼物を嫌う者が。あくまでご飯とおかずは分けて、白米の方が良いと言う者が。
エルイ達には大麦粥が白米と同じなのだ。
異世界物に転移転生者が作った料理を、現地の者が絶賛する物が多々ある。
しかし味覚が同じな筈がないのだ。
同じ地球人同士でも違うのだ。日本人は緑茶に砂糖と聞くとエッと思う者が多いだろう。だが砂糖を入れないほうが変という国のほうがはるかに多い。
また無毒であってもトカゲ料理や虫料理に手を出せる日本人は少ないだろう。
見知らぬ料理を口に入れた瞬間に「うーまーいぞおぉぉぉぉぉぉ!」と絶叫して、食べ続ける者がどれほど居るのだろうか。
今では日本人なら誰でも飲んでいるコーラですら、伝わった当初は薬臭いなどと言われて敬遠されていたのだ。
それに日本人はある意味味覚が変なのだ。うま味などと言う新たな味覚を発見したり、その調味料を作ったりもする。
飛ぶものは飛行機以外、四つ足は机と椅子以外なんでも食べると言われる広東人ほどでは無い。無いのだが、ウニ、タコ、イカ、ナマコなど海産物なら何でも、しかも生のまま食べる日本人も大概な人種なのだ。
食事を終えて片づけを行い、一行は次の村に向けて出発した。
相変わらずドーリはエルイと喋りながら情報収集を行っていた。エイティは傍で参謀として時々ドーリに指示を出している。
午前と異なるのは護衛達も気軽にドーリに声を掛けている点だろう。すっかり気を許しているようだ。
二刀持ちの男だけは先行して草払いを続けている。最初に偵察してドーリに声を掛けたのは自分だ、との思いがあるのか少し不満そうな面持ちをしている。
ユーリとゴローはまた別行動していた。エイティも含めて三人には言葉が分からない。一緒に行動する意味が無いのだ。
盗賊はもう出て来ないだろう。
エルイの他に八人、二人は離れているので実質六人の護衛がいる隊商だ。襲うにはやはりフィルヴィのように十数人の人数が必要になるだろう。
そして辺境で盗賊団クラスの組織が居た所に、別の組織や少人数の盗賊達が活動できる筈も無い。数少ないパイの奪い合いを許容する訳が無いからだ。潰されるか吸収合併されるかで最終的には一つに纏まっているだろう。
獣達も襲って来るまい。
護衛が六人もいる隊商を襲うのが難しいのは分かっている。
それに数キロ内に新鮮な屍肉が転がっている。こちらには来ないだろう。
さすがに魔物と呼ばれる存在がどうなのかは、エイティ達には分からない。だが護衛達の様子から恐れる必要はなさそうだった。
その後は一刻毎に小休憩を入れながら進んだ。
小休憩は馬のためだ。飲まず食わずで半日歩ける訳がない。
馬の必要水分量は一日最低でも二十リットル。エルイの馬車に積んでいる樽の一つは馬の飲み水用なのだ。
馬の食糧は草原なので問題ない。まさに道草を食うということか。
ドーリはエルイや護衛達から様々な情報を得ていた。
そしてエルフもドワーフも獣人も居ないことが判明する。ゴローが聞けば崩れ落ちるに違いない。ドーリですら少しガックリ来たのだから。
だが普通に考えれば居る訳が無い。
人間と同じかそれ以上の知能を持ち、そして数倍以上の魔力や寿命があるエルフ。畑も作らず肉食もせずに採集だけで静かに森に住む。そんな種族が、人間が世界の支配者の如く跳梁跋扈するのを認めるだろうか。人間の森林破壊を無視して。愚かなサルなど滅ぼすだろう。
鍛冶が得意な酒飲みドワーフ。単一職業のみ行う種族。誰が作った武具や防具を使うのだ。耕作や漁猟、狩猟は誰が行うのだ。誰が酒を作るのだ。考えるまでも無く、人間が楽するための架空種族だろう。
人間と同じ顔や体格なのに耳と尻尾だけは残っている獣人。獣の特徴や能力は残っていて人よりはるかに強い。狼や獅子の獣人も肉食で無く植物を食べて生きていける。自然に進化した種族な訳が無い。
人間と同じ知能で、そのうえ人間より高い能力なのに虐げられた被支配階級?
間違いなく逆だ。人間が彼等の奴隷扱いになっているだろう。古典SF映画なんとかの惑星のように。
魔物に関しても知性ある物は居ないそうだ。
ドラゴンもフェンリルもユニコーンも居ない。魔法で空飛ぶ凶暴な大蜥蜴、暴虐な巨大狼、鋭い角で乙女だろうと見境なく襲う馬に似た肉食獣、それらは討伐対象として存在しているらしいが。
ゴブリンやコボルド、オークやオーガのような人型の魔物は居るらしい。もちろん名称や見た目は異なっている。
当然だが雌も居る。人間や他種族の女性を攫って苗床にすることも無いそうだ。遺伝子を考えると当然だろう。くっころさんは存在できない世界らしい。
もちろん魔族もいなければ魔王もいない。
ダンジョンも基本的には遺跡や洞窟に魔物が住み着いただけのようだ。コアもなければマスターも居ない。宝箱などある訳がない。遺跡の場合は過去の遺物があるかもしれないが。
冒険者がダンジョンに臨むのは討伐依頼か、遺物の捜索の為なのだ。
そして討伐依頼が滅多に出る筈も無く、出ても誰もやりたがらない。どれだけ魔物を倒せば終わりなのか分からないのだから仕方がない。軍なり領兵なりが訓練がてら定期的に間引き作業を行う程度だ。
遺物も本当にあるのかすら分からない。運良く価値のある物が見つかれば一攫千金だろう。だが殆どの場合が無駄足なのだ。
罠の類も落とし穴などは魔物が掘ったりしているらしい。
毒の吹き矢、槍衾、魔法の罠のような物は遺跡にしかない。その遺跡を創った者が盗賊避けに仕掛けた物が残っていて発動しているのだろう、という推測だそうだ。当然魔法の罠を除くと一度発動した罠は二度と動くことはない。
魔法のみ効き続けているのは、超文明の遺跡だからと考えられているらしい。
魔物を倒しても魔石は採れない。そもそも魔力を貯められる魔石なんて物が存在しない。体力を貯めるのと同じことだ。どうすれば体力を小さな石ころに蓄えられるのだ。
火を点けるには誰かに火種を貰うか、摩擦熱、集光レンズによって行わないといけない。水が欲しければ井戸から汲むか、川や泉から運ぶしかない。
だから指先に小さな火を灯す程度の魔法使いでも引く手数多になるのだ。
その魔法にしても生活魔法や隷属魔法のような便利魔法はない。
身体を清潔にしたり、部屋を掃除する。どう考えても処理量が爆発的に多そうな生活魔法。それが一般的で最低レベルで誰でも使える魔法な筈がない。
マットレス代わりの藁束と、そこから零れ落ちた藁くず。服を染めた染料と果汁を零してできた染み。どうやって判別して処理できると言うのだ。
魔法の研究に生涯を費やした大賢者クラスの者が、人生の最後にようやく辿り着く究極奥義の魔法だろう。
隷属魔法を持った者が奴隷商人で満足する筈があるだろうか。
下級貴族を一人でも隷属させられれば。その伝手で寄り親の上位貴族、更に上と隷属させ続ければ。王族すら傀儡にする超絶支配者の出来上がりだ。
王族や貴族達は隷属魔法を持った者を見つけ次第根絶するに違いない。
魔道具も無ければ、隷属の首輪も存在しない。
もし存在していたら、どれほどの魔石が必要となるのだろうか。
一日中魔力を供給し続ける必要がある魔道具だ。反抗時にショックを与えるならその分の魔力も必要だろう。まさか他の魔道具がエネルギーに魔石を必要とするのに、首輪だけ何も要らないという訳では無いだろう。
そしてこの世界に魔石は存在しない。
汚れを気にせず現代日本並みの清潔で快適な生活を送るための、反抗も抵抗もしない従順で素直な奴隷を手に入れるための、文字通り転移転生者のためだけに存在する「便利な」魔法でしかない。
エイティも翻訳を聞いて少しがっかりしていた。あまり異世界ファンタジーの世界らしくないなと。
どうやら地球世界の中世あたりに魔物と魔法を少し加えた程度らしいのだ。
それだけでも本当はとんでもない事なのだが。




