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30.やはり気になりますか

 残りの五人の盗賊達は全てを話して、眠るように死んでいった。

 逃げようとして火傷を負った男の様子を見に行ったゴローが、軽い調子で言い放つ。


「ショック死してるみたいだねえ。身体の三割以上焼かれて、それでも逃げようともがき続けたらそうなるのかなあ」


 その場で生きている盗賊は一人だけだ。嘘を吐いたため動くことも話すことも出来なくなり呻き続ける男だ。

 その目は後悔に歪んでいる。呻り声を聞き取れはしない。しかし「助けてくれ」と言っているのでは無いだろう。


「我々は盗賊のアジトに向かいますが、貴方達はどうされますか」


 ドーリは血に塗れたハンマーを盗賊の衣服で拭いながら、エルイに尋ねる。

 横には同じように剣に着いた血を拭っているユーリが居た。

 エイティは護衛達を見回して、治癒が必要な者が居ないことに息をつく。

 ユーリの治癒魔術を披露する機会など無いほうが良いに決まっている。


 エルイはその申し出に少し考える。

 六セタロー先まで道でない草原を進むなら往復するだけで一刻はかかるだろう。残り三人の盗賊とは言え戦闘が起これば更に時間がかかるかもしれない。

 予定では昼三刻には村に着く予定だが、夕一刻以降くらいに延びるだろう。

 まあ、この時期だと夕一刻でも真っ暗になることはあるまい。

 しかし時間の問題ではないことに気付く。

 彼等四人と離れることは避けるべきだ。彼等が盗賊のアジトを蹂躙した後、エルイ達を追って来るか分からないのだから。


「お邪魔でなければご一緒させて下さい」

「それは助かります。どれほどの財宝があるのか分かりません。馬車がなければ大変だったでしょう。取り分は折半でいいですね」


 ドーリは気軽に答えたが、エルイはその言葉に驚いた。

 確かにエルイの護衛達も戦闘に加わった。しかし数人の盗賊を傷つけた程度だ。足止め程度の役にしか立っていない。

 全部彼等四人がやったのだ。先制の魔術と弓で中長距離攻撃の担当者を倒し、首領のフィルヴィの首を狩り、戦意を無くした盗賊達からアジトを聞き出して止めを刺す。

 彼等がそれを主張すれば、エルイ達は取り分が一割以下でも文句は言えまい。

 甘い、お人好しという気持ちが沸いてくる。盗賊達に対する行為は残酷極まりない物であったが。


「それで……あの生き残りの盗賊ですが」


 ドーリはふっと笑ってから言った


「やはり気になりますか。構いません。お好きになさって下さい」


 エルイは護衛達に目配せをした。円盾と槍を持った男が進み出て、生き残りというより死にかけで放置されてる盗賊の傍に立つ。

 槍を振り上げた護衛が見たのは、怯えでなく感謝のような盗賊の目であった。

 一気に槍を心臓めがけて突き下ろす。盗賊が死んだのを確認してから護衛の男が戻って来た。


 エイティ達は全く気にする様子も無かったが、エルイと護衛達には放って置く事が出来なかったのだ。

 あんな嘘でと言う気はない。信じていたら無駄足を踏まされていたのだ。それにアジトに無傷な盗賊が残ったままになる。

 だが運が良くても獣に喰い殺される。下手をすればあの状態で数日かけて死んでいく。放っておく気にはなれなかっただけだ。


 エイティはローブをずだ袋から取り出して着込んだ。

 ユーリから血を拭われた剣を、ドーリからは鞘を受け取り左腰に装備する。

 ようやく本来の姿に戻れたようだ。


 それから彼等は進路を変えた。

 さすがに馬車の車輪を轍から外して、腰まである草の茂る草原に向けるのには手間取ったようだ。

 盗賊達の遺体を道の近辺に放って置く訳にもいかない。

 鎧や服を剥ぎ取ってから、ドーリはフィルヴィを含む三人、ユーリとゴローが二人、エイティと護衛達は一人ずつ盗賊の足を掴んで引き摺っていく。エルイは馬の手綱を握っているため盗賊を引き摺ってはいない。

 護衛達は三人もの盗賊を引き摺っているドーリに驚きの目を向けている。

 大人三人分、しかもフィルヴィのような大男も含んでだ。服や鎧を剥いでいても合わせると二百キロくらいあるだろう。それを易々と引き摺っていく。

 ユーリとゴローも盗賊を二人ずつ引き摺っている。それでも彼等と同じ速度で歩いているのだ。

 フィルヴィの首は彼自身の服に包まれ馬車の外に吊るされていた。

 そしてゆっくりと進み始める。エルイの読み通り半刻くらいはかかりそうだ。


 五百メートルほど道から離れた所で、ドーリ達は盗賊を放り出す。

 エルイに尋ねたが、この世界にアンデッドなどは居ないらしい。

 筋肉の無いスケルトンや、腐った身体のゾンビなんかが動ける筈がない。

 ゴーストやレイスも実体のある物質に干渉できるなら、逆に剣で斬る事も可能だろう。神聖魔法でしか倒せない筈が無い。

 そもそもアンデッドが動くためのエネルギーは何だという話になる。

 魔力? まさか千人万人に一人しかいない魔法士以外の人間も、死ねば魔法が使えるようになるとでも言うのだろうか。


 ドーリ達は盗賊連中を埋葬してやる気など無いし、エルイも時間が惜しい。

 結局そのまま放って置くことになった。

 そのまま朽ちていくか、屍肉喰らいの獣か鳥がいれば始末してくれるだろう。


 身軽になった彼等はそのまま進んで行く。

 岩山が目に入った所でエイティが指を三本立てた。魔術を使ってそこに三人居ることを探り当てたのだろう。

 遠目に幾つかのテントが張られていることに気が付く。

 岩山自体は人の背を少し超えた程度の大岩が幾つか転がった、二十メートル四方ほどの場所だ。地面も岩肌のようで草は生えておらず、石が無数に転がっている。確かに身は隠せるだろうが、よくこんな所にテントを脹れるものだとエイティ達四人は思っていた。

 そこからはドーリを先頭にして進み続ける

 本来は馬車は離れた所に残して置くべきなのだろう。だがエイティ達の実力を見たエルイはそんな配慮は無用だと考えていた。


 岩山まで五メートルほどの距離に近付いた頃、テントから槍を持った男が飛び出してきた。

 くつろいでいたのか革鎧などの防具も着ていない。余程フィルヴィを信頼していたのか、それともこんな所に人が来る訳がないと舐めきっていたのか。

 それでもテント内から彼等の気配に気付いたのだ。そこそこ優秀なのだろう。

 その男が槍を構えながら口を開く。


「お前等ナニもんだ」

「ここはフィルヴィとやらのアジトで間違いねえか」


 突き出された槍を気にするでもなくドーリが男に軽く声をかける。

 その言葉に男は「フィルヴィの奴がしくじったのか」と呟いた。首領を尊敬する気は無かったらしい。

 男は周りを見回す。馬車の横に吊るされたフィルヴィの服だったらしい物に包まれた何かが眼に入った。


「わかった。降伏す、るっ!」


 言いながら男は槍を突き出した。ドーリの金属鎧の隙間を狙って。

 この男はそれなりに自信があったのだろう。重装備のドーリさえどうにか出来れば他の者を倒せるか、無事に逃げ出せると。

 ドーリは盗賊を引き摺る時に大盾を背にして左手は何も持っていなかった。

 しかし最小限の動きで槍をかわすと、逆に槍を抱え込み柄を掴む。そしてハンマーを横に殴りつけた。


 やはりそれなりの腕を持った男なのか、槍を離して後ろに飛び退ろうとする。

 その時なぜか体勢が崩れた。飛び退るために力を入れた足元が岩肌でなく、まるで沼地になったように感じたのだ。

 男の視界の端にこちらに右腕を伸ばしたローブ姿の男がいる。

 地面の感覚がずれた分だけ反応が遅れたのだろう。右肘から先に激痛が走った。男の絶叫が響き渡る。


 続いて右膝の辺りが砕ける音と共に別の激痛が襲い掛かる。再び男は絶叫しながら崩れ落ちる。

 叫びながら男は頭の片隅で考えていた。

 なぜ目の前のハンマー使いは振り抜いた速度と同じに振り戻せるのだ。

 振り抜く時に右腕に、戻す時に右膝に同じようなダメージを与えられるのだ。

 これが達人と呼ばれるレベルなのだろうか。盗賊団では上位と言っても、やはり自分はそこそこの腕でしかなかったのかと。

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