28.凄惨だねえ
槍を持って少し後方から攻撃していたため無傷な盗賊の一人が、己の武器を捨ててその場を離れるように走り出そうとする。その顔を恐怖に歪ませて。
だが数歩進んだ時点で、「ギャアアア」と大声で悲鳴を上げて前のめりに崩れ落ちた。
その行動を見ることが出来た者は、逃げようとする男が踏み出した瞬間に両足が白く光ったことに気付けたかもしれない。
何が起こったのかと周りを見回した者は、エイティが逃げようとした男に右腕を伸ばしているのを目にする。小指を下に向けて拳を握り、親指と人差し指を開いて鉄砲の形を作ったもの、俗に指鉄砲と言われる形で。
詠唱や仕草が不要とは言えども、やはり何らかのポーズをするほうが目標の指定には便利なのだ。
護衛も盗賊達も気付いたのだろう。エイティが高位の魔法使いであることに。
倒れた男はそれでも両腕で這って逃げようとしていた。
今度は両腕が白く発光する。再び大きな悲鳴が響き渡った。
エイティは指先をその男に向けたままだ。
それを見たドーリが軽い感じで告げる。
蹴り倒したフィルヴィの胸に右脚を下ろし押さえつけた状態で。
「あー、動かねえ方がいいぞ。たぶん両手両足共に深度三以上の火傷だ。下手に動くと皮膚が裂けてもっと辛くなる」
両手足を瞬間的な超高熱で焼かれたであろう男は、うつ伏せのまま喉が枯れたのかゼヒッゼヒッと喘いでいるだけだ。
その様子と指鉄砲を伸ばしたままのエイティを見た盗賊達は全員武器を捨てた。「降伏する」と口々に叫びながら。
盗賊達には「深度三以上の火傷」と言う言葉がどういう状態かは分からない。だが倒れた男の姿から推測はできた。
全身火だるまになるのなら分かる。もしくは火球が飛んできて当たった場所が燃えるのならば。
だが両脚だけ、そして這おうとして動かしていた両腕だけを狙うように一瞬で燃やす。そんな事が出来る魔法士やフィルヴィを容易く屠るような者に抵抗するのは無駄だと悟ったのだ。
護衛達は捨てられた盗賊の武器を拾い、二刀の男がまとめてエルイの方に持ってきた。
ドーリは右脚で押さえつけている相手に向き直った。
「フィルヴィとか言ったか。アジトと残っている人数や構成を話せ」
フィルヴィは聞こえていないのか無視しているのか、喘ぎ続けている。
ドーリはハンマーを振り下ろした。フィルヴィの左膝に向けて。
またも形容しがたい音がして、フィルヴィの口から「ガアアッ」と叫び声が上がる。
「聞こえなかったか。アジトが在るんだろ。さっさと話せ」
フィルヴィはドーリを睨みつけるが、それでも答えようとしない。
ドーリはフィルヴィの右膝に向けてハンマーを撃ちつける。
先と同じく鈍い音と共にフィルヴィの叫びが響く。
「最後だ。言え」
フィルヴィは口を開きかけて、やはり閉じる。意地なのか、話したくないのかは分からない。
だがドーリにはそんなことは関係が無い。
鋭い振りでフィルヴィの股間にハンマーが振り下ろされた。
今までで一番大きい絶叫が草原に響き渡る。
骨盤が砕けたのだ。同時に男にとって最も敏感であろう器官と、男を男足らしめる体外にある内臓が潰されたためであろう。
フィルヴィはもはや男として人としての意味を成さない只の物体でしかない。
ドーリはフィルヴィの胸を押さえていた右脚を外した。
両肩と腰から下を潰されたフィルヴィは悶えることすら出来なくなっている。絶叫の後は荒い息を吐き続けるだけであった。
そこにのんびりとユーリとゴローがやって来る。
「凄惨だねえ」
ゴローはそう言いながらも暢気な様子に変わりは無かった。
ユーリも同じような態度だ。
焼け焦げた二つの物体が転がり、首から上がない死体が倒れていた。
両腕脚を砕かれて仰向けで身動きがとれない大男と、両手足が焼かれてうつ伏せで呻っている男の姿も目に入る。
残りの盗賊達は諦めたのか武装解除されて、まとめて座らされている。
ユーリとゴローはそんな状況を特に何も感じていないように眺めていた。
盗賊達の武器を集めてきた二刀の護衛と入れ替わりにエルイとエイティも近付いて来た。
馬車の近くに残った二刀差しの護衛以外が降伏した盗賊達の前に集まった。
ゴローが盗賊達をゆっくり眺め一人を指差す。
気配か危険の察知で強そうな男を探り出したのであろう。
ドーリがその男に向けて言い放つ。
「あんたがこの中で一番立場が上みてえだな。アジトや残っっている人数を話して貰おうか」
「しゃ、喋れば助けてくれるのか」
「何寝言を抜かしてんだ。お前等が選べるのは二つだよ。嘘偽り無く話して楽に逝くか、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ぬか」
言われた盗賊の男は、フィルヴィの姿と両手足を焼かれて苦しんでいる男を見て絶望的な顔をする。
他の盗賊達も同様に青い顔をしていた。
「喋……んじゃねえ……喋れ……ばテメ……エラ……ぶ……ち殺……す……」
首だけをこちらに向けてフィルヴィが呻いていた。
全身が動かせないのに、その眼だけは未だ強く見据えられている。
ドーリに声を掛けられた盗賊もその眼光に引き攣ったような声を上げた。
「あー、奴が生きてる間は喋ってくれそうにねえか」
言いながらドーリはフィルヴィの元に向かった。
そしてエイティから事前に渡されていた剣を引き抜き、フィルヴィの首の横ぎりぎりの地面に突き立てる。
それから振り返ってエルイに問いかける。
「コイツの首で報酬が貰えたりしますか」
「ええ。名の知れた男ですし、彼が居ないと盗賊団の復活もないでしょうから」
「他の連中の首はどうですか」
「あの魔法士はナンバーツーでしたので討伐報酬が出ましたが、あれでは。……他の連中は二束三文でしょう」
「あー、……それは申し訳ありません」
ドーリは額を掻きながらエルイに謝った。エルイは少し苦笑したようだ。
そして再びフィルヴィに向き直る。
地面に突き立てた剣先に左の足元を添え、持ち手の箇所に右の足元を乗せる。
まるで裁断機のようだ。
ドーリは少しずつ右脚に力を込めていく。
エイティが何かをしたのだろう。刃の部分が薄赤く輝いている。
フィルヴィは全身を襲う痛みを忘れたかのように怯えた顔をドーリに向けた。




