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19.恩を売っておくのも悪くない

「それは良かったですね。……しかし、だとすると」


 エルイは後半部分は聞こえないように呟く。

 香辛料の買い取りは無理であろう。

 たぶん彼等はこの国の貨幣など必要としない。物々交換で荷物を増やすことも避けるであろう。

 砂金や宝石なら対価に出来るかもしれない。だが今は予約分を除くと極少量しか持ち合わせがない。


 エルイは割り当てられた幾つかの村を期毎に巡る行商担当なのだ。

 春先の今だと冬に採れた農作物や手作業で作成した物を買い取る。

 秋播きの麦の収穫前に足りなくなるであろう穀物や、服や農機具、武具などの村で作成できない物を売る。

 更に前に訪れた際に注文を受けた物や手紙などを運ぶ。宝石などの装身具はこの注文の範疇になる。

 しかも一般の村人が身に着ける程度のものだ。そんなに高価な物でもない。

 それでも産地からの原石運搬ならともかく、行商時に大量に持ち歩くのは盗賊を呼び寄せるだけである。


 エルイには彼等が欲しがるものが推測できている。

 間違いなく馬そして馬車などの移動や運搬の手助けになるものであろう。

 エルイは少し考えてドーリに提案する。


「お急ぎでないなら私達と一緒にバワまで行きませんか」


 エルイにとっても一大決心だった。得体の知れない四人を同行させることは。

 彼等四人に対するメリットを伝えるために、一息置いてエルイは続ける。


「ジパングという国に関する情報が手に入るかも知れません。ただ行商の途中なので村を後一つ経由してからになりますが」


 これまでのやり取りで彼等四人が悪人とは思えなかったからだ。

 エイティ達は「目的地無しの異邦人の旅人」と名乗ったことで襲われる心配をしていた。しかし裏を返せばエイティ達が商人を襲っても足が着かないことを意味しているのだ。

 彼等は見知らぬ場所に跳ばされて徒歩の旅をしているらしい。エルイの持つ馬や馬車を宝の山と考えても仕方ない。

 だが彼等はそれを狙うような態度を全く見せてないのだ。

 たんに中身が日本人なエイティ達に、敵でもない相手から「殺してでも奪い取る」といった考えが浮かばないだけなのだが。


 そしてバワの商会なら香辛料の対価も用意できるだろう。十五アイルの香辛料の代価は馬一頭を買える額になる。

 ジパングという知られていない国の貨幣であっても、金貨銀貨などは目方で交換することも可能だろう。鋳潰す手間を考えると鉱石のままの値くらいかもしれないが、デザイン次第では貴重な異国の工芸品扱いされるだろう。


「それはありがたい申し出ですが……少し相談させて下さい」


 ドーリがエイティ達に今までの話を翻訳する。

 国の名前とエルイ達の本拠の街の名前、エイティの黒髪と南方の噂、なによりダンジョンや魔物と魔法の存在。

 そして街への同道の誘い。

 エイティ達はこれまでの情報から相談を始めた。


「魔法があることが分かったのは幸いだな。召喚や転移の魔法を調べることが出来そうだ」

「やっぱり戻る方法ってそっちの方になっちゃうよね」

「魔法関係や僕等みたいなのが今までも居たか調べるって、大きな街か首都クラスでないと難しいだろうしねえ。同行したほうが良いのかなあ」

「道が目の前にあるんだ。彼等のやって来た方向に向かえば街か村に辿り着くだろう。村だとしても尋ねれば街の方向くらい分かるだろう」

「無理に同行する必要はねえってか」

「商人さんが僕達を衛兵に突き出すのを心配してる? あからさまに不審な僕達だけど他国の間諜なんて思ってないんじゃないかな。自分で言うのもなんだけど間諜にしては間抜けすぎると思うよ、僕達って。だからといってすんなり街に入れるとも思えないけど」

「その街の住人と一緒のほうが問題は少ないだろうねえ。彼を信用できるかは別の問題になるだろうけどさあ」


 バワの街がどのような形態か分からない。だが現代のように国内が自由に往来可能とも考え難い。

 城塞都市のように周りを城壁に囲まれ、城門で身分改めをしていることも想定できる。それどころか街道に関所がある可能性も否定できない。

 彼等四人に身分を証明するものなど有る訳が無い。となると、この国の同行者があるほうが良いだろう。


「ただの善意じゃねえだろうが、今までのやりとりからも公正な人物なのは間違いねえな」

「街に向かう前に村を経由するのってどう思う?」

「かえって好都合だろう。その村での様子を見れば彼の人となりを判断できる」

「定期的に行商で巡っているのなら、歓迎しているかどうかなんて村人の様子で一目瞭然だろうしねえ」


 四人とも同行することに異議は無いようである。

 エイティ達はこの世界の知識など持っていない。エルイという商人は彼等にとって溺れる者が掴む藁に等しいのだ。


「同行するにしても僕達の立ち位置ってどうするのが良いと思う?」

「護衛にってのは……無理だな。既に四人雇っているし、力量も分からねえ俺等相手に無駄な出費をする気もねえだろ」

「雇われて部下になるっていうのも不味そうだしねえ」

「いざという時に手を貸すくらいで良いだろう。恩を売っておくのも悪くない。だが俺の魔術やユーリの治癒、武術系でも高レベルスキルは隠しておいたほうが良いかもしれないな」


 エルイは彼等の話し合いの様子をじっと見ていた。

 彼は行商担当になる前に商売の付き添いで他国に赴いたこともあった。そこで幾つかの他国語を聞いたこともある。しかし彼等四人の話す言葉はそのどれにも似ていなかった。

 流暢に喋っている感じから、わざわざ暗号にしている様子もない。そもそもエルイは明らかにこの辺りの者でないエイティがいる時点で、スパイの可能性は考えていなかったのだが。

 おおよその方針を立て終えて、ドーリはエルイに向かって告げた。


「ありがたく同行させて頂きます。但しお願いがあります。あくまで同行であってお互いに干渉しないことにして下さい」

「不干渉ですか。具体的には?」

「そうですね。貴方は次の村でご商売をされますよね。その際貴方が雇われている護衛の方々は販売員や見張りをするでしょう。けれども私達は自由に行動させて貰います」

「それは当然ですね」

「魔物が襲ってきたなら我々も戦います。盗賊相手でも逃げたり貴方を売ったりはしません。貴方の連れている護衛達で対処仕切れないようでしたら加勢もします。ただしその時は貴方達の指揮下ではなく独自に戦わせてもらいます」


 エルイは少し考えて了承した。

 彼が雇った護衛達は中堅ランクでなかなか優秀だ。これまでも何度も依頼している。魔の森の表層辺りに出てくる魔物なら対処可能だ。盗賊相手でも倍の人数までなら大丈夫だろう。

 有事の際に味方してくれるか、最悪でも敵に廻らないなら問題は無い。

 指揮云々にしても彼等四人の力量は不明だ。高レベルダンジョンに挑む能力はあるようだが、逆にそんな相手に指示など出来る筈もない。戦力の当てにしてはいけない。だからと言って捨て駒にする訳にもいかない。エルイにすればバワの街に四人を招くのが目的なのだから。


 その後は次の村に明日には着くことや、村の次にバワの街に戻ること、その道中に野営を二日することなどを聞かされた。

 そしてエルイは自分達の野営場所に戻っていった。

 既に日が暮れてからそこそこの時間が経っている。

 エイティ達は昨夜と同じ順で見張りを立てながら休息についた。


 エルイ達のほうも二人ずつの二交代のようだ。エルイ自身は見張りには立たないのだろう。

 ドーリは見張りの最中、エルイ側の見張りの会話を盗み聞きしていたが特に有用なものは無かった。

 エルイの様子からエイティ達四人の会話が理解できないことは分かっている。それでもエイティ達は現状に関する話はせずに他愛も無い話などをしていた。

 唯一言葉が分かるドーリに話しかけてくるかとも思ったがその様子も無い。エルイに止められているのだろう。

 こちらから話しかけることも無い。下手に聞き出すことで、エルイ以外に自分達の無知や異常さを表すことを避けているのだ。


 ユーリとゴローへの交代後も変わらない。

 この二人では盗み聞きすら出来ない。他愛も無い話をするだけだった。

 エルイの護衛達のほうを見ると二刀差しの男がいたが、こちらにドーリが居ないことを知ると話しかける様子も無いようだった。

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