18.我々はジパングという島国の出です
ドーリは「やっぱ冒険者なんてのがいるのか」と思いながら名乗り返す。この国で平民が姓を持つのか不明のため名だけだ。
「自分の名はドーリです。先立ってこの場所に来られた方からお聞き及びかもしれません。旅をしている者です。そちらに座っているのは旅の仲間で、左から順にユーリ、エイティ、ゴローです。彼等はここの言葉が分かりません。ときどき通訳のため貴方には分からない言葉を使うかもしれません。宜しいですか」
「ええ、構いませんよ」
エルイは改めて焚き火の向こうに居る三人を見て答える。
本当に言葉が分かっていないようだ。
ドーリが喋ってる最中も自分の名前が出た時にしか反応していない。その際は各自が軽く頭を下げている。その行為が彼等にとっての礼なのだろう。
この辺りでは右手を胸に当てるのが通常の礼であり、両手を重ねて胸に当てるのが上級の礼となる。この国だけでなく周辺国でもこの形式が多い。
なるほど確かに彼等は異邦人のようだ。しかも近隣国の出身でもないらしい。
エイティの黒髪を見て感じていた通りだ。
この辺りで黒髪の者は見たことが無い。だが幾つもの国を越えて商売を行う者から、遥か南方の民にそんな髪色をした者がいるという話を聞いたことがある。
となると香辛料を持っているのも納得できる。
ドーリと名乗った男も新鮮とは言えウサギ肉を、あの額で買うことに平然としていた。それを鑑みると香辛料がこの地で高額商品なことも知っているのだろう。
だが彼等は徒歩の旅をしているらしい。ならば香辛料を持っていても多量ではないだろう。譲って貰うのは難しいかもしれない。
「まずお礼を。新鮮なお肉を譲って頂き感謝します」
「こちらこそ。穀物は残り少なかったので助かりました」
エルイの言葉にドーリも感謝を述べた。
実際、携帯食である糒は三日分しか用意してなかったのだから。
そしてその糒、干し飯を手の平に少し取り出した。そしてエルイの方に差し出しながら尋ねた。
「このような穀物をご覧になったことは?」
「少し頂いても?」
エルイはドーリの手から数粒受け取り、見つめた後で一粒を口に入れた。
とても味が薄く感じたが、かつて似たような物を食した記憶が蘇る。
商会長が「お前達は単独で行商を任せられる。この辺りで採れないような物に出会うこともある。幾つか用意したので味と価値を覚えておけ」と言って、エルイ達上位従業員に覚えさせた物の一つだった。
雑多な品を扱う商会の行商担当は上位職である。
色々な品物の価値を知り、交渉もできて、雇う護衛の見極めやまとめる能力も必要だ。商品の持ち逃げをされないように、当然商会長に信用されている者でないといけない。
雇われたばかりの者、舐められるような年少の者に任せられる仕事ではない。
「これは……米ですか。遠い南方の地で栽培されている穀物と聞いています」
「携帯用に加工しているのであまり美味しくはないですが。この辺りで入手はできますか」
「難しいですね。こういったものは大量でないと取引しませんからね」
「海運はしていないのですか」
「河ならともかく海は強い魔物が多いですからね。余程の大船団か一攫千金狙いの野心家でないと」
「この辺りでもそうですか」
ドーリは同意しながら考えを纏める。
米を栽培できる温帯や熱帯といった高温多湿な気候の地が南に有る。
やはり亀に乗った象が支える平面世界などではなく、球状惑星なのだろう。その北半球で間違いは無い。
海運と言う単語を即座に理解できたことからも近くに海が有るのだろう。ただし沿岸航行が限界のようだ。
そして「魔物」が存在している。
エルイの方も推測を重ねていた。
彼等は南方の出身とみて間違いは無いだろう。
もしかしたらエイティと紹介された黒髪の男がある程度の身分を持つ者で、お忍びの旅をしているのではとすら思いつく。
今話しているドーリは騎士が着るような金属鎧である。そしてエイティのみが鎧の類を身に着けていない。
実際はエイティが魔術系の能力ばかり上げたため、革鎧すら着れないステータスにしてしまった為なのだが。
「差し支えなければ、どちらの国から来られたか聞いてもよろしいですかな」
「それなのですが、まずお伺いします。この辺りにもダンジョンと言われるものは有りますか」
「ダンジョン……魔物が住み着いていたりする洞窟や廃墟などですね。ええ、有りますよ」
「その中に罠があるような事は?」
「毒が吹き出たり、落とし穴があったりとか聞いたことがありますね」
「実は我々はあるダンジョンの探索中に罠によって見知らぬ場所に跳ばされたようなのです」
「魔法の罠ですか! 余程の高位ダンジョンにしか無いと聞きましたが」
「そしてあちらの方にある森で気付いたのです」
「あの魔の森ですか! 強力な魔物が多く、深く分け入ると迷って出られなくなると言われてます」
「そうなのですか。我々は運が良かったのですね」
ドーリは更に考えを進める。
ダンジョンと呼ばれる場所が有る。罠が仕掛けられていることも有るらしい。ゲーム内でのダンジョンと変わりは無いようだ。
彼等の出現した森は危険だったらしいが魔物に出会わず迷うこともなかった。神の如き誰かの用意した場所のおかげなのだろう。
しかも「魔法」も存在している。
エルイの方も推測が誤っていたことを知った。
彼等は冒険者だ。しかも魔法の罠があるような高位ダンジョンを探索するランクの者達だ。引き連れている護衛達では手も足も出ないかもしれない。
そしてエイティという男はたぶん魔法士だ。
魔法を使えるものは千人に一人と言われている。
しかもその内の半分は訓練しても、一日数回ほど指先に小さな火を数秒間出せる程度だ。その程度ですら引く手数多なのだ。
更に二割程度は、風で人を吹き飛ばす、土を百ローの正方形に盛り上げる事すら出来るらしい。ただそのような力を持つ者はほぼ軍属にさせられるようだ。
更に万人に一人と言われる治癒魔法士だと軍属か高位貴族のお抱え以外に聞いたことはない。その治癒も擦り傷や切り傷、致死性でない毒なら治せる程度だ。
王都には五百ロー四方を火の海にしたり、骨折などの重傷や、あらゆる状態異常を治せる者もいるらしいが。
さすがに軍や貴族に目を付けられずに冒険者になったと思われるエイティという男がそのレベルだとは思えない。
だが一度に二十ローマク程度でも一日合計百ローマクの沸かさずに飲める水が出せるなら、四人での旅やダンジョン探索にこれほど心強いことはないだろう。
「我々はジパングという島国の出です。たぶん遠い南方だと思いますが。ご存知ですか?」
「寡聞にして存じません。ちなみに、ここはクスマナエ王国です。聞き覚えはありますか」
「はっきり覚えていませんが、亡くなった祖父がそのような名の国の出身だったと思います。冒険商人だったそうですが難破して辿り着いたと聞きました。この言葉はその祖父に教わりました」
「なるほど、あなたの姿はお爺様の血が濃く出たようですな。あちらのエイティさんは、明らかに南方の出と分かる容姿ですから。他のお二人は?」
「彼等も祖父と共に流れ着いた者達の子孫です。ただ、この国の出では無かったらしいですが」
「確かに冒険商人だと有りそうですね。すると南方を目指しておられると」
「そうです。森の中で迷ったかもしれませんが、なんとか出られたようです。先程の護衛の方に目的地が無いと言いましたが、実際は目的地が分からないと言ったほうが妥当かもしれません。貴方達とお会いできて安心している所です。人の居ない所に跳ばされた訳ではなかったようでほっとしました」
ドーリは適当に出身地をでっち上げて話を続ける。しかし国名に関しては全くの嘘を言ってないのだから、たちが悪い。
ジパングという名の国はまず無いだろう。この名称は、ニッポン、ジツポン、ジパングと変化して出来たからだ。勿論ジャパンもジパングが由来だ
日本をジツポンと読まれたりしたのは日本語のせいだ。「本日は日曜日」という六文字の文ですら、「日」の文字をジツ、ニチ、ビと全て異なる読み方をするのだ。文字だけを見て適当に読まれるのも仕方あるまい。
そしてドーリがこの国の出身でないのに姿や言葉が問題ない理由は祖父のせいにする。心の中で父方母方共に健在な祖父に謝りながら。もちろん両祖父とも冒険商人などではない。
ユーリやゴローも同じ境遇にしてしまった。代々続く農家なのに。この国の言葉が分からないのは他国出身のせいにして。後で伝えておく必要が有りそうだ。
エイティの黒髪黒目もこの辺りでは珍しいだけで存在しているようだ。不吉の象徴などと思われていないことに安堵する。
しかしでっち上げばかりの話の中でも、人に会えて良かった事は本心だろう。
どうやら無人島脱出ゲームではなかったらしい。




