第1話:崖に咲く絶望
絶望の淵に立ち、行き場をなくした魂だけが
見つけることのできる、幻の飛空艇。
三千歳の艦長ノイマンと
二千九百歳の助手アオ。二人が今日
地上の絶望を一つ拾い上げます。
飛空艇『蒼の翼』が高度を下げると、
それまで穏やかだった青の世界は一転し
湿り気を帯びた灰色の霧が窓を叩き始めた。
地上の境界、断崖絶壁。そこには今
一人の男が立っていた。
「……あれは、ライアスですね。数日前、隣国から冤罪で追放された戦士です」
操舵輪を握るアオの声は、いつものよう冷静だ。だが、その瞳にはノイマンと
同じ、悠久の時を生きる者
特有の静かな慈しみがあった。
崖の淵で立ち尽くす
赤髪の若者、ライアス。その背後からは、
彼を「大罪人」と叫ぶ追手たちの
怒号が、霧に紛れて響いてくる。
「アオ、接舷準備。奴らに
見つからぬよう、雲を隠れ蓑にしろ。
ガルノフに伝えて、タラップの整備を」
「承知いたしました、主様」
アオが計器を鮮やかに操作すると、
巨大な船体は羽毛が舞い降りるような
静かさで、崖のすぐそばへと滑り込んだ
ライアスは、目の前に突如現れた巨大な「幻の翼」に目を剥いた。追っ手の
槍が届くか、底の見えない
谷底へ身を投じるか。
その究極の選択を、巨大な影が遮ったのだ。
「……乗れ、若者よ。お前の旅は、ここで終わるには惜しすぎる」
開かれたハッチから響いたのは、
重厚で、不思議と心を落ち着かせる
ノイマンの声だった。
背後に迫る刃と、目の前に広がる未知。ライアスは迷い、そして決した。彼は最後の力を振り絞り、飛空艇のタラップへと飛び移る。
直後、アオが操舵輪を大きく回した。
『蒼の翼』は一気に高度を上げ
追手たちの絶叫を置き去りにして
再び雲の上へと突き抜けた。
ブリッジへと案内されたライアスは、ボロボロの赤鎧を軋ませながら、呆然と
ノイマンとアオを見上げていた。
「ここは……天国か?」
「いいえ。空の上の、ただの休息所ですよ」
アオがそっと、新しい
コーヒーをカップに注ぐ。
「主様。ライアスの怪我は深いようです。エレナをブリッジへ。それとマニエラに、
冷え切った体でも受け付ける
温かいスープを準備させて」
「ああ、頼む。……ライアスと言ったな。
お前の無実も、その背負った傷も、
この船の上では誰も咎めない。
まずはその一杯を飲み干せ」
ノイマンが差し出したのは、先ほどまで彼が楽しんでいたものと同じ、東方の香りが
するコーヒーだった。
絶望の底から引き上げられた戦士は
震える手でそれを受け取る。
雲海の上、再び静寂が戻る。
行き場を失った魂がまた一つ
この飛空艇の空き部屋を埋めた。
第1話をお読みいただき
ありがとうございました。
救い上げられた戦士ライアス。
この船の空き部屋は、まだたくさんあります。
次はどんな絶望が辿り着くのか。
また雲の上でお会いしましょう。




