天空の謁見
イオニア海での海戦による敗北、そしてバルバロスという右腕を失った衝撃冷めやらぬ中、スレイマン1世はイングランドとの戦後処理会議に臨んでいた。豪華絢爛なトプカプ宮殿の会見場。
しかし、そこに漂う空気はイングランドの護国卿、オリバー・クロムウェルの鋼のような意志に支配されていた。
「スレイマン陛下。先の海戦の結果は明白です。我らが支援する艦隊が、貴国の地中海覇権を論理的に解体いたしました」
クロムウェルの言葉に、スレイマンは不敵な笑みを浮かべ、玉座の肘掛けを強く握りしめた。
「それで? 勝利の代償に、我が帝国の神聖な領土を割譲しろとでも言うつもりか?」
クロムウェルは動じることなく、エースから託された「青写真」を提示した。
「いえ。我々が求めるのは、流浪の民ユダヤ人へのスエズにおける自治区の付与。および、スエズの地中海・紅海両岸における港湾のイングランド独占使用権。それだけです」
「ふざけるな!」
スレイマンは立ち上がり、怒号を響かせた。
「スエズはエジプトを繋ぐ帝国の血管だ。そこを異教徒に渡すなど、断じてあり得ん!」
その瞬間、宮殿の重力法則が書き換わった。
スレイマンの視界が一転し、豪華な絨毯の代わりに、眼下に広がるのは雲海と、豆粒のようなコンスタンティノープルの街並みだった。
「なっ……何が……!?」
自由落下。200メートルの上空から地面へと吸い込まれる圧倒的な加速感。風圧が肺の空気を奪い、死の恐怖が脳を焼き切る。叫ぶ間もなく、再び空間が歪み、彼はさらに高い高度へと転送された。
「だ、あああああああ――ッ!!」
絶叫は虚空に消え、皇帝の意識は限界を超えて暗転した。
スレイマンが目を覚ました時、彼は会見場のソファに横たわっていた。額には冷や汗がにじみ、心臓は早鐘のように打っている。
「……夢、か?」
だが、その耳元で、冷徹な青年の声が響いた。
「次は、もっと高いところへ行きますか? 陛下」
エース・ランカスター。姿を見せずともそこにいる、「はずれ魔法」で物理を支配する少年の囁き。皇帝は、自分が逃れられぬ蜘蛛の巣に捉えられたことを悟った。




