朱色の絆 ――ウィリアムの赴任と未踏の平和
アイルランドの占領が完了した後、エースがこの地の「統治代行」として指名したのは、意外な人物だった。
兄、ウィリアム・ランカスター。
かつてエースに決闘で敗れ、脳筋ながらも真っ直ぐな気性を持つ彼は、エースが最も信頼し、かつ「使いやすい」武の象徴だった。
「兄上。アイルランド軍の指揮と、現地の治安維持を任せます。……お目付け役として、父上も同行してくださいね」
エースの言葉に、同行していた父ヘンリは複雑な表情を浮かべたが、ウィリアムは意気揚々と胸を叩いた。
「任せておけ、エース! 私は搦手は苦手だが、正面から向き合って連中を従わせるのは得意だ。……それに、お前の作ったこの『魔導蒸気鎧』、最高に馴染むぞ!」
エースは兄に、単なる軍事権だけでなく、大規模な「産業政策」の実行権を与えた。
アイルランドの広大な大地に、イングランド式の農法と、ワット製の自動農機具を導入する。現地の有力者(都督・刺史)たちには、自治を認める代わりに、これら最新技術の管理を義務付けた。
結果として、アイルランドの生産性は数ヶ月で倍増し、貧困にあえいでいた民衆は、イングランドの統治を「救済」として受け入れ始めた。
(政治はエリザベス、軍事はクロムウェル、経済はワット、そして現地の治安と武力行使はウィリアム。……完璧な組織図だ)
エースは、エディンバラからダブリンへと繋がる海底魔導ケーブルの敷設計画を眺めながら、アンナに語りかけた。
「史実では数百年続いた紛争を、わずか数ヶ月で経済的安定に変換できた。アンナ、これが論理の勝利だよ」
「はい、エース様。ウィリアム様も、戦場よりも復興現場で生き生きとしていらっしゃいますね。……でも、少し寂しそうでしたよ。『弟が遠くへ行きすぎてしまった』と」
エースは少しだけ視線を伏せたが、すぐにいつもの冷徹な理知を取り戻した。
「……僕は止まるわけにはいかないんだ。この島国を一つにまとめたのは、あくまで序章に過ぎない」
アイルランドの緑豊かな丘陵地帯に、イングランドから輸出された蒸気機関の白い煙がたなびく。
かつてローマがハドリアヌスの長城で区切り、クロムウェルが暴力で蹂躙したこの地は、今、エース・ランカスターという一人の少年の数式によって、未だかつてない平和と繁栄を享受し始めていた。
「イングランドを支配し、スコットランドを呑み込み、アイルランドを掌握した。……大ブリテン連邦、完成だ」
エースの視線は、ついに海を越え、ヨーロッパ大陸へと向けられた。 フランス王国の野心、ハプスブルク家の権威、そしてローマ教会の呪縛。
それら古き理が支配する世界を、エースは自分の「論理」で解体する準備を整えていた。
「さあ、アンナ。次は大陸だ。世界が僕をどう呼ぼうと構わない。……僕はただ、この世界の定数を、僕の理想に書き換えるだけだ」
イングランド、スコットランド、アイルランドの三つの王冠を影で操る二十歳の「覇王」。
エース・ランカスターの進軍は、もはや一つの国家の枠を超え、世界史そのものを破壊し、再構築しようとしていた。
(魔法はどこへ・・・・)




