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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第9話「女王の影と、証拠を撒く令嬢」

城内は前夜の騒動を引きずりつつ、昼の喧騒を取り戻し始めていた。だが、表面が平穏でも、おりは深く淀み、誰もが先の発言と塔の影で聞いた断片を思い返している。女王の側近――マルティナの名が漏れたことで、影響は内外へと広がった。貴族たちは眉をひそめ、商人は囁き、兵たちは身構える。王都はまるで一枚の緊張した布のようで、どこかの糸が切れれば一気に裂けるだろう。


セレスティアは朝早く起き出し、薄手のマントを羽織って城の回廊を歩いた。昨夜、塔の影で聞いた会話は彼女の胸中に深い爪痕を残していた。女王が関与していると聞くと、多くは驚愕と裏切りを思うだろう。しかし彼女が聞いたのは、単純な悪意ではなかった。そこには「国を守るための苦渋」が混ざっていた。だが苦渋が人々を欺く理由にはならない。


「断罪を望んでいたはずなのに、いつのまにか守る側に回っているわね」ルシアが静かに言う。彼女はセレスティアの後ろを歩き、手に小さな書簡を持っていた。書簡は昨日の老執事の報告と宰相府からの流出書類の写し、そして塔で拾った微かな印の模写。小さな手掛かりが集まると、全体像は少しずつ輪郭を見せる。


王太子アレクシスは早朝の執務を終えると、二人を迎えに来た。彼の顔には重責の影が落ちているが、目はいつもと変わらぬ温かさだった。彼は声を潜めて言った。「君たちが掴んだものを、まずは私に見せてほしい。だが――これを如何に扱うかで国の命運が変わる。君はそれでもこの道を進むか?」


セレスティアは小さく頷いた。「ええ。私は断罪されることを願っていた。だが、罰を与えることで国が壊れるのなら、私はその罰の形を選び直します。正しい相手に責任を負わせること、それが私の望みです」


――だが“正しい相手”の発見は簡単ではなかった。宰相の影に女王の名、そしてリュシアンの存在。誰が真に黒幕なのかを見極めるためには、もっと直接的な証拠が要る。セレスティアは思案して、ある賭けに出ることにした。公の場で「偽の自白劇」を演じるのだ。自分が全ての黒幕であると“自白”して見せれば、真の黒幕は慌てて出てくる──あるいは誰かがそれを止めようとして証拠を露わにする。リュシアンを罠におびき出すには、劇薬的な舞台が必要だと考えたのである。


計画は突飛だが、セレスティアの“劇場的”直感は冴えている。王太子に事情を打ち明け、協力を仰ぐと、彼は危険を承知のうえで同意した。「君が舞台に立つなら、私は国の秩序と民を守るために陰で動く」アレクシスは静かにそう言った。二人は言葉を交わし、夜の公会堂での即席演説を仕込む。招客は限られ、主要な貴族と幾人かの軍司令が出席することになった。王太子は内密に情報網を動かし、セレスティアの“自白”に対して動くよう指示を出した。


当夜、公会堂は重苦しい静けさに包まれていた。蝋燭の炎が揺れ、集まった顔は硬い。セレスティアは白い礼服に黒い外套を重ね、真っ直ぐに壇上に立った。彼女の声はいつもより低く、しかし確信に満ちていた。


「私は告白します――私は、王都の秩序を乱すために、外部と内通し、汚れた金と情報を用いて一連の工作を行いました。港の補給、暗殺の手引き、書類の改竄――すべては私の意志に基づくものです。私を断罪してください」


集まった者たちの顔に、一瞬の静寂と驚愕が走る。扇動者の面々は薄ら笑いを浮かべ、今こそと成敗を求める声が喉元まで上がった。だが、そのとき、奥の影がぱっと動いた。――リュシアンではなかった。想定外に、女王付きの側近マルティナが、震える足で会場へ入ってきたのだ。彼女の顔は蒼白で、手には小さな鍵付きの箱を抱えていた。


「やめてください!」マルティナは声を振り絞った。会場が一瞬ざわめく。彼女は壇上へと進み、セレスティアの前で膝をついた。その手には、例の黒い月の印が刻まれた小さな封印が見えた。封印は半ば擦り切れ、誰かに強制された痕跡を示している。マルティナの目には涙がいっぱいだった。


「陛下は……女王は――国のために策を巡らせました。あれは彼女の意思ではありません。外部からの圧、脅迫がありました。私はその徴を隠すよう命じられましたが、もう耐えられませんでした」マルティナの声は震える。だが続けて彼女は箱を開き、中から幾枚かの紙を取り出した。それは女王の筆跡に似た短文と、もう一つは外部商人の署名、更に小さな地紋が押された小片――外部勢力の印である。


会場は一瞬にして騒がしくなった。セレスティアは内心で拳を握りしめる。リュシアンの罠を誘うための“自白”が、逆に本物の自白と突き合わさった。事態は予想以上に動いている。だが同時に、これで女王の関与は“脅迫”として説明可能になり、国民の動揺は最小限に抑えられるかもしれない——ただし、外部の黒幕は未だ見えない。


その瞬間、王太子アレクシスが立ち上がり、低い声で言った。「よかろう。今ここで、我が王国の名において調査を命ずる。女王の保全と、同時に外部勢力の追及を開始する。だが、カオスを招くような無責任な処罰は許さぬ。民の安全を最優先に動く」


アレクシスの発言は、場に一定の秩序を与えた。貴族たちは不満げに頷き、軍司令らは即座に動員命令を受け取る。だが、外部勢力を示す証拠の一片が提示されたことで、リュシアンの影は薄くなったように見えた。セレスティアはそのとき、壇上で微笑んでみせた。これは彼女が望んだ“断罪”ではなかったが、断罪を望む自分が、国を救う選択をした瞬間でもあった。


会場が解散する頃、マルティナはセレスティアの元へ歩み寄った。彼女の手は震え、だが声は決然としている。「お嬢様、あの印は――黒帆商会という外商人のものです。彼らは隣国と結託し、我が国の不安を煽るために女王を操っていました。だが彼らは王都にも潜り込んでおり、君のことを利用しようとしたのです」


セレスティアは目を細める。黒帆商会――その名は、港や交易で暗躍する影の商団を思わせる。もしそれが本当なら、先の港町や補給線、暗殺未遂の糸は全てそこへと繋がる。彼女は静かに頷き、低く言った。「ならば――彼らを炙り出す。私は再び罠を張る。だが今回は、私が主導権を握る」


ルシアは息を呑んだ。「お嬢様、本当に大丈夫ですか? あなたはいつも――」

「私はいつも、思いがけず世界を救ってしまうけれど、今回は救う方を選ぶの」セレスティアは笑って見せたが、その瞳は鋭い。王太子の支持とマルティナの証言があれば、黒帆商会へ調査の矛先を向けることができる。だが黒帆商会の裏にはもっと大きな“影”があるかもしれない。リュシアンの本当の目的は――まだ不明だ。


数日後、王都の港では大がかりな強制捜査が行われた。王太子の命で配下の船団が黒帆商会に押し入り、帳簿や通信記録が押収される。セレスティアは捜査の指揮席で大勢の前に立ち、思わず笑みを零してしまう。自分が思い描いた「断罪劇」とは違う形だが、これもまた“舞台”だ。舞台の上で彼女は自らの役割を変え、より大きな正義を目指す。


押収された文書の中には、驚くべき一枚があった。暗号化された書簡の一部が解読され、そこに記されたのは「黒月の会合」という文言と、奇妙な符号、さらに“宰相を動かすための賄賂と脅迫の手順”を示す詳細な記録だった。これを見た王太子の顔が硬くなる。証拠は宰相の影と外部勢力を結ぶ線を明確にしてきた。


だが――その瞬間、城の東門に急使が駆け込む。西部辺境に怪しい兵の動きが確認されたという。黒帆商会の壊滅は、外部勢力を焦らせ、彼らの次の動きへとつながる。セレスティアは深呼吸をし、胸の中で確かな覚悟を固める。断罪を求めた自分は、いつのまにか国を守る者になっていた。だがそれは、彼女が望んだ「劇的な断罪」を諦めたという意味ではない。


夜、静かな書斎でリュシアンが現れる。彼はいつもの黒いマントを翻し、微笑みを浮かべた。「やはり君は面白い。王都を揺るがすだけでなく、自らがその揺れを鎮めるとはな」彼の声は低く、何か計算された楽しさが滲む。


セレスティアは一歩前に出る。「あなたは何を望んでいるの、リュシアン? 私を操るためにここまで仕掛けてきたの? それとも私を試していただけ?」


リュシアンはしばらく黙り、夜の窓外を見た後、ゆっくりと答えた。「君は――世界を変えられる存在だと見込んだからだ。どう扱えばその力を引き出せるか、それを試した。だが、君が自ら選ぶ道を見て、少しばかり興味が変わってきた。だが油断はするな。真の鏡はまだ割れていない」


その言葉に、セレスティアは拳を握った。リュシアンの本心は掴めない。だが彼の手駒の一部が、今回の件で露わになったのも事実だ。セレスティアは静かに笑った。「いいわ。ならば私が先に動く。あなたが何を企むか――私は見定めて、利用する」


リュシアンは薄く笑い、影のように去っていった。窓の外、港の灯が波に揺れる。王都の夜はまだ長い。彼女の“断罪”は形を変え、今は国を守るための刃へと磨かれていく。だが最後に断罪の鐘が鳴るのは、まだ先のことだろう――それは彼女自身の手で鳴らすべきものなのかもしれない。


セレスティアはルシアの手を取り、静かに呟いた。「断罪は来るだろう。でもその前に、私は真実をこの手で掴む。そして、誰かを守るための裁きを下す。それが私の“悪役”としての矜持よ」

ルシアは深く頷いた。「お嬢様、その時は私も共に――」


月は高く、城は眠らない。だが確かなものが一つ増えた。セレスティア・ハイラントの覚悟である。彼女はもう“単なる悪役志望”ではない。国を揺るがす力を前に、勘違いと裏目の運命に抗いながら、自らの道を切り拓いていくのだった。

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