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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第41話「修繕の朝、そして小さな裏切りの種」

公の場での告発と、その後の救済措置が動き出して数日がたつ。朝の市場には少しずついつもの声が戻り、子どもたちの駆ける音が路地に広がる。けれど、街の空気は完全に晴れてはいない。新しい仕組みを根付かせるには時間が必要で、古い習慣や利害がじわじわと顔を出す瞬間がある。


セレスティアは今日も朝早くから動いていた。被害を受けた小さな工房を訪ね、約束した補償の書類に目を通しながら、職人の手の動きをじっと見つめる。単に金を渡すだけではなく、その先の仕事と収入をどう回復させるかを、彼女はいつも考えている。職人は最初、警戒を示していたけれど、セレスティアの具体的な手配を聞くと、ほっとして肩の力が抜けたように見える。


「今日は、貴女に直接感謝を言いたくて」職人が小さな木箱を差し出す。中には手作りの小さな玩具が入っている。セレスティアはそれを受け取り、自然に笑みがこぼれる。舞台の拍手を欲していた昔なら、壇上でそれを受け取っただろう。今は、こうした一瞬の安堵がずっと大切に感じる。


午後、評議会では制度改編の初期手続きが進行する。監査官の新しい選任基準、帳簿の電子的(とは言えない時代錯誤な言い方を避けつつ)管理強化、地方との情報共有の仕組み。細かな議題が積み重なり、その一つ一つに実務の匂いがする。セレスティアはその合間に、マリエルと短く打ち合わせをする。学者としての彼女はもう、単なる解析屋ではなく、制度設計の参謀としても頼りになる存在に育っている。


だが、その夕方に小さな異変が起きる。城の外れにある古い茶屋で、見慣れた顔が話し込んでいる。ルシアがそれを見つけ、目配せを送ると、セレスティアとアレクシスは静かに向かう。茶屋の主人が低い声で二人に告げる。


「誰かが夜中にここへ来て、女将さんの帳面を覗いてったらしい。何も取られてはいないけど、帳付けが少しずれてるって」

最初は小さな不審に聞こえた。けれど帳面のずれを追うと、運用の微妙な穴がまた一つ顔を出す。誰かがわざと小さな混乱を生じさせ、信頼の網を試しているように思える。


「証拠が無ければ大きなことは言えないけれど、見ておきましょう」セレスティアは言い、ルシアと共に夜の見回りを増やすよう手配する。アレクシスは守備を固め、サミュエルに茶屋周辺の聞き取りを指示する。地道な作業を淡々と進めるのが、彼女たちのやり方になっている。


その夜、城では小さな会合が開かれる。リュシアンがいつものようにふらりと現れ、薄い笑みだけを残す。だがこのとき、彼の顔つきが少し違って見えた。笑いの底に何か計算めいたものが忍んでいる。セレスティアはそれを見逃さず、あとでリュシアンを呼んで密談することを決める。


一方で、マリエルが保全室で新たな発見をする。紙片から検出された微量の鉱物が、都心のある工房特有のものと一致するという。工房は既に当局の監視下にあるが、データはもっと精緻な線を示している。誰かが内部から外部へ小さく、しかし着実に情報や物資を送っている形跡だ。


「内からの小さな手が、まだ動いている」マリエルはそう呟く。彼女の言葉に、会議室の空気が少し引き締まる。セレスティアは深く息を吸い、具体的な対策を練る。内側を抑えるには、信用の再構築と同時に、働く人たちへの配慮を欠かせない。罰だけでは人は離れていく。守るという言葉の意味を、いま一度比重を変えて伝えなければならない。


数日後、茶屋の帳面のずれを追ったサミュエルが重要な証言を得る。夜に訪れたのは若い女将見習いで、誰かに脅されて帳面を一部改竄したと白状する。彼女の証言によれば、命令を出したのは「上の者」ではなく、ある中堅職員からの指示だった。職員の名前は聞かれていないが、指示が匿名の形で伝わっていたという。その伝達手段は、古い伝令笛の色、そして微妙な符号の組み合わせ。


筋が少し見えてきた。伝令の回路は切断できる。だが誰がその指示を出しているかを突き止めるには、元の発信源を辿る必要がある。セレスティアは方針を決める。公然と糾弾する前に、まずは職員の事情を聞き、必要なら保護の約束を示して協力を取り付ける。守るという方針は、今回もブレない。


夜更け、古い倉庫の一角で密談が行われる。セレスティアは影に紛れて耳を澄ませる。言葉は抑えめだが、そこにある焦りが伝わる。職員の一人が、家族の借金返済や脅迫を理由に指示に従っていたという。誰かが善意や義務の名で人を縛り、弱みにつけ込みながら網を張ってきた証拠だ。セレスティアは胸が痛む。裁きの前に、助ける道を示す必要がある。


翌朝、彼女は公に向けて告知を行う。今回は単なる処罰ではなく、事情を抱えた者への救済措置と、犯行の背後にある権力構造を調べる継続的な監査の実施を宣言する。言葉を尽くして、民と職員の両方を守る方針を説明する。小さな茶屋の主人も、聞きに来ていた。彼の目はまだ不安げだが、セレスティアの言葉に少し安心した表情を見せる。


その日の夜、リュシアンが一枚の手紙を差し出す。封蝋は無地で、字は乱暴だが、内容は明快だった。「真実を追えば、もっと深い井戸がある。覚悟して仕掛けろ」。挑発的に見えるが、どこか助言にも取れる文面だ。リュシアンの行動はいつも二面性を持つ。彼は冷やかに言葉を添える。「君はもう、舞台の女王ではない。けれど舞台装置を使って人を救う名人になったね」その言葉に、セレスティアは静かに笑う。皮肉の中にも、彼なりの敬意があった。


週が明けるころ、内通の輪の一部がさらに明らかになる。指示を下した「中継者」の一人が自ら出頭し、取り調べに協力した。彼の証言から、指示の発信源は複数層に渡るネットワークで、表向きの善意や秩序維持を隠れ蓑にしていたことが判明する。だが同時に、いくつかの名前は政治的に敏感で、無造作に公表できない。セレスティアと王室は、情報の開示と保全のバランスを慎重に取りながら、次の策を練る。


夜、窓辺でアレクシスと向かい合う。疲労が滲むけれど、その目は温かい。


「急がなくていい。君のやり方なら、必ず道は拓ける」

「急ぐつもりはありません。ただ、確かに進めたいだけ」セレスティアはゆっくりと笑う。外では遠く、祭りの準備の残り香が風に乗る。小さな問題はまだ出てくるだろう。けれど彼女の考えは変わらない。裁きは終わりではなく、修繕の始まり。誰かを切り捨てるのではなく、傷ついた暮らしを縫い合わせるのが、本当の仕事。


夜の城は静かに呼吸し、二人は明日へ向けて静かに目を閉じる。陰で動いた小さな裏切りの種は摘み取ったわけではないが、芽を出す前に見つければ、被害は小さくて済む。セレスティアはその考えを胸に、また歩き出す。

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