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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第34話「霧の先の目印――令嬢、迷路の奥で差す一筋の光」

春が深まり、城下の緑が艶やかになってきたころ。庭の若葉が風にざわめくたび、セレスティアは胸の中で小さな決意を繰り返す。改革は形を取りつつあるけれど、まだ終わりではない。隙を狙う古い勢力は、影を潜めて次の一手を準備している気配が続いていた。


朝、彼女は評議会室で資料を広げる。今朝の議題は、地方の自治機関への資金配分と、各地の監査体制の強化案。マリエルが作成した報告書には、北の村で回収された帳簿の分析結果がまとめられている。紙質の違い、墨の溶け方、封蝋の混合物。科学的な裏付けは、主張を強くする最良の盾になる。


「これで、外部に混入したルートをさらに断てますね」マリエルが穏やかに言う。彼女の声には自信が宿り、周囲の緊張を和らげる。サミュエルは新たに上がった名簿の照合結果を示し、アレクシスは国の財源を守る観点からの懸念点を列挙する。セレスティアはその端々に、自分が介在できる余地を探していた。


昼下がり、女王付の侍女マルティナが慌ただしく訪れる。顔色は落ち着かないが、手に小さな包みを抱えている。彼女は目を伏せつつ言葉を続ける。


「お嬢様、昨夜、女王陛下の書翰の中に、以前には見られなかった控えが見つかりました。署名は似ているのですけれど、表記の癖が微妙に違います」

その話を聞いた瞬間、セレスティアの胸の中に針が刺さるような感覚が走る。女王の周辺にまた影が忍び寄っているということか。彼女は包みを受け取り、中の紙を慎重に広げる。そこには、日付と略号、短い指示文が並んでいた。署名のクセを比べると、やはり小さな齟齬がある。だが巧妙に作られており、素人目には判別がつきにくい。


「陛下の書翰に手を入れるとは……」アレクシスの声が静かに落ちる。彼は表情を固め、すぐに行動に移る。「この件は王自ら確認します。だが、まずはこの原本を安全な場所に移しましょう。外へ出る前に陛下に報告する必要があります」


午後は一瞬にして警戒態勢へ切り替わる。文書の原本は王宮の中でも最も厳密に管理されるべきものだから、移送ルートの安全確保が何より優先となる。セレスティアは自分が移送を補佐する役目を申し出て、アレクシスは感謝の意味を込めて短く頷いた。二人の協力は、いつのまにか自然なものになっている。


夜、移送の準備を整えた一行が出発する。護衛は想定より多めに配され、路は迂回して人目を避ける。道中は静かで、馬の蹄音だけが夜の帳を切る。だがその静けさこそが油断を呼ぶ。橋を渡る直前、遠くの樹影から低い声が聞こえ、空気が一瞬裂ける。


「罠を張られている」サミュエルが一瞬で判断を下す。馬を止め、周囲を凝視する。矢の影、足音、枝の揺れ。暗闇に光る小さな紋章がひとつ、樹の根元でちらりと見えた。無造作に置かれた古びた印章の一部が、わざと視線に入るように仕組まれている。策士が“誘い”を作るのは、欺きの常套手段だ。


セレスティアは深呼吸して、静かに指示を出す。護衛は迅速に包囲を固め、待ち伏せの可能性を潰していく。だが彼女の視線は、樹の向こうの闇を見据えていた。来た者たちは、素早く引き上げたが、逃げ去る影の中に一つの奇妙な印象が残る。それは、動きに躊躇があること。誰かが命令を受けながら、自分の意志で動いている。脅しか、買収か、それとも別の事情か。


帰路、移送は無事に完了した。女王に文書の不正の疑いを報告し、原本は厳重に保管される。だが胸の奥には重さが残る。内部を汚す嘘が、また一つ露呈したことに対して、女王自身も言葉少なに資料を眺める。彼女の目には、驚きや怒りだけでなく、深い悲しみも見える。長く仕えた者に何が起きたのか。誰が、どのようにしてその歯車を回しているのか。


翌朝、女王の許可を得て、セレスティアは限られた者だけの小会議を招集する。参加者はアレクシス、サミュエル、マリエル、ルシア、それに二人の信頼できる衛士。議題は、内通者の可能性と、その摘発方法。マリエルの分析は譲れない武器となるが、直接の証拠を掴むのは別の種類の労力を必要とする。


「紙の癖と蝋の配合、それから署名の微妙なクセ。これらを総合すれば、偽造者の手が見えてくるはずです」マリエルが言葉を綴る。彼女の目は冷静で的確だ。サミュエルは既に動きの輪郭をまとめ、ルシアは現場からの生の声を繋げている。セレスティアは全員の声を聴きながら、自分の直感を整える。


「協力してくれる人がいる」リュシアンの声が、静かに部屋の戸口から差し込む。扉は閉じているはずだが、彼はいつの間にか中に立っていた。相変わらず煙草のようないたずらっぽい笑みを湛えているが、その瞳はやはり一枚上一段に鋭い。


「また君か」セレスティアは軽く眉を上げる。

「興味深い展開だ。だが今回は少し助ける気分だよ。内通者の形は、想像よりずっと人間くさい。金と恐怖、それに“善意”の名の下に隠れた計算。君がそれをどう解きほぐすか、見てみたい」リュシアンは肩越しに笑うと、薄い紙包みをテーブルに置いた。


中身は小さな手帳の断片で、古い筆跡が混じる。紐で括られたその紙片には、往々にして当事者が忘れたような覚え書きが残っていた。リュシアンの情報源は不確かだが、彼の手はこれまで幾度も役に立ってきた。セレスティアはその断片を受け取り、読み込む。


断片には、ある役職の者が定期的に小口の支払いを受け取っていた形跡と、受け渡しの合図となる笛の色が記されている。そこまで繋がると、見えてくる人物像がある。だが名前はまだ伏せられている。誰かが“守るため”に動いたという言い訳を用意し、受け手を分散させている印象が強い。


「分断して揺さぶるのが目的ね」セレスティアは静かに言う。「一つを晒すと、他が沈む。私たちがやるべきは、分断された真実をつなげて全体を晒すこと」彼女の言葉には迷いがない。民の信頼を守るためには、ただ暴露するだけでは不十分。補償と再建の施策を同時に示すことが不可欠だ。


会議の終わりに、セレスティアは個人的な決断を下す。直接、疑いのある部署の執務を観察すること。表向きは公文の整理と称して秘書業務を手伝い、内部で流れる言葉や帳面を自らの目で確かめる。その役目につくのは危険も伴うが、真偽を確かめる最短の方法でもある。


翌日から、彼女は短い期間、ある小さな部署の執務に臨むことになる。薄い簿冊を手にし、鉛筆で字をなぞると、人の呼吸と日々の痕跡が触れる。秘書の一人が不自然に驚くが、事情を告げると静かに協力を申し出てくれる。彼は長年の勤続で、細かな数字の並びにも目が肥えている人物だった。


数日が過ぎ、セレスティアは小さな違和感を拾っていく。夜の交代簿の紐の結び方、封蝋を押す指先の癖、あるいは受け渡し記録の書き換えの細部。蓄積すると、そこにパターンが見えてくる。ある夜、彼女は深夜の帳面整理の際、普段なら残るはずの一行の記録がわずかに薄くなっているのを発見する。ページをめくると、そこに隠された小さなメモがおさめられていた。


メモには、「期日に配分。見せしめは適宜」とだけ記され、傍らに略号が添えられている。この言葉の冷たさに、セレスティアは一瞬息を詰める。誰かが「見せしめ」を作って世論を操作し、必要な人物を保護するために犠牲を選んでいた証拠に近い。だがメモの筆跡は巧妙に朴訥に作られている。誰かがわざと幼稚な筆致で筆を走らせたのかもしれない。


彼女はその夜、ルシアと短く話す。

「これは、人の心を操る仕事ね」ルシアは包帯の端をいじりながら囁く。

「操る者を許してはいけない。でも、裁きの前に人を守る手順が必要。私たちがやらなくてはならないのは、公表と保護の両輪よ」セレスティアは強く頷く。


第34話は、ここで区切りの一章を迎える。内通の影は形を取りつつあるが、絶対的な公開へ向けての準備が整うまで、彼女たちはさらに細かな糸を手繰る必要がある。巻き戻しの効かない決断を下す前に、証拠と人の声を両手に抱えて進む。セレスティアの足取りは重いが確かだ。夜明けの向こうにあるものを見据え、彼女はまた一枚、帳をめくるのだった。

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