第27話「夜明けを呼ぶ鐘の音」
辺境の村で偽物資の騒ぎを止めた翌朝、セレスティアたちは少しだけ遅れた帰路についた。まだ靄の残る道を、馬車の揺れが優しく包む。夜通し動いたメンバーの顔には疲労が漂っているけれど、その奥には達成感もしっかり灯っている。
「お嬢様、無理はしてませんか?」
ルシアが湯気の立つハーブティーを差し出し、セレスティアは受け取りながら軽く笑ってみせる。
「大丈夫。ちょっと寝不足なだけよ。でも、放っておけなかったから」
軽い調子で言ったものの、本音を言えば胸の奥がずっとざわついている。偽の物資は押さえられたものの、背後にいる人物の影が濃くなってきている気がしてならない。
アレクシスは窓の外に目を向けたまま静かに口を開く。
「“焦っている”動き方に見える。大きな手を打つ前触れかもしれない」
サミュエルも頷き、地図の上に指を滑らせながら言う。
「いくつかの地点で小さな物資の動きが確認されてます。表立った動きじゃないけれど、流れが変わりつつある気配があります」
セレスティアはじっと地図を見つめる。線が伸び、交わり、まだ形にならない模様を描く――けれど、その中心に誰かいる。
「陣を広げている……? それとも、別の目的が?」
ぼんやりした疑問のままでは動けない。まずは城に戻って全体を整理する必要がある。
* * *
昼前、王城の門が見えた頃には、雲が切れ、薄い青空が広がっていた。戻るや否や、評議会から緊急招集がかかる。場所は北棟の小会議室。普段は各部署の調整に使われる部屋だが、そこに集まった人々の顔ぶれはどれも硬い。
議長が資料を掲げながら言う。
「他領でも、同じ刻印の箱が発見されています。数は多くありませんが……連動しているのは間違いありません」
セレスティアは前に出て、辺境で起きたこと、修道会の証言、現場の状況を説明していく。
アレクシスとサミュエルも補足し、資料を示しながら流れを整理する。
会議室の空気が少しずつ重く、凝っていく。
「これ以上、被害を広げるわけにはいきません」
議長の言葉に全員が静かに頷く。
その時、扉がノックされ、小柄なメイドが駆け込んできた。顔が赤く、息が上がっている。
「セレスティア様! その、すぐにご覧いただきたい手紙が……!」
手紙――その一言に、部屋の空気がまた新しく張り詰める。
差し出された封筒は、見慣れた赤い蝋で閉じられていた。
だが、刻まれている紋章は、どこの公的機関のものでもない。
完全な“私印”の紋章。
セレスティアはそっと封を切り、紙を広げる。
その瞬間、アレクシスの視線が鋭く彼女の手元を追った。
紙に記されていたのは、たった一行。
――“あなたの探す影は、王都の中心にいる”
筆跡は美しく整っているのに、不気味さを隠そうともしない。まるで、舞台の幕を一枚そっと上げるような挑発の一文。
「中心……?」
サミュエルが低く呟く。
「誰か、城内に……?」
セレスティアは紙を見つめたまま、深呼吸をひとつ。
胸の奥のざわめきが、今までと違う形を持ち始める。
城の内部――
王家とも、評議会とも、貴族派とも違う“別の中心”。
もしそれが真実なら――追うべき影は、すぐそばにいる。
アレクシスが彼女の肩にそっと手を置く。
「……警戒を強めましょう。セレスティア、君の身を最優先にする」
「ありがとう。でも、逃げる気はないわ。むしろ――はっきりさせたい」
彼女の瞳には迷いがない。
自分が“悪役令嬢”として世界をひっくり返そうとしていた頃とは、もう別の場所に立っている。
教会の影、商会の裏、そして王都の中心。
散らばっていた点が、少しずつ線になろうとしている。
その日の夕方、城の大鐘が鳴り響いた。
いつもと違う、低く長い音。
警備兵が駆け込み、息を呑むように叫ぶ。
「非常警報発令! 王都中央区で、未確認の大規模炎が――!」
セレスティアは振り返り、瞳を見開く。
まるで、さっきの手紙が合図だったように。
影は、ついに動き始めた。
「行きましょう。止められるのは……今しかない!」
彼女はマントを翻し、アレクシスたちと共に駆け出した。
王都中心に潜む“影”に向けて。




