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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第26話「影裏の糸――令嬢、最後の合わせを探る夜」

城の朝は澄んだ空気に満ちる。名簿の断片が散らばった後、町の雑音は少し落ち着きを取り戻しているが、空気の底にはまだ静かな緊張が残る。セレスティアは書斎の窓辺で手帳を開き、これまで集めた証拠の線を指で辿る。表に出た事実と、影の中で密かに動くもの。その両方を繋げなければ、真相は完全に見えない。


ルシアがそっと入室し、包帯の端を気にしながらも笑いを浮かべる。

「今日は、また動く日ですね」ルシアの声に、セレスティアは小さく頷く。

「ええ。証拠は揃い始めている。次に必要なのは、証拠同士を結ぶ“最後の糸”を見つけること」


サミュエルが外から報告を持って戻る。港と工房、それから北塔で得た証言を整理した結果がまとまった。細かな取引の時系列、送付先のパターン、使用された蝋の混合比の変化。マリエルの分析が最も役に立っていると、サミュエルは静かに笑む。情報のパズルは、少しずつ形を見せ始める。


昼下がり、評議会では公開の手順と被害補償の段取りが話題になる。だがセレスティアの頭の中は別のことでいっぱいだ。裏で操る存在の“通信手段”を断てば、偽造の流れは止められるかもしれない。そこで彼女は小さな賭けに出る。城の古い通信塔に置かれた“伝令笛”の記録を洗うよう命じる。笛は単なる音具で終わらない。合図を出す人物が誰かを追う鍵になる可能性が高い。


夜、静まり返った城の一角で、サミュエルと数名の信頼できる兵士が伝令の記録を解読する。紙に残った唾の痕や、笛に残る指紋、夜間の出入りの記録。そこに一行の名前が浮かぶ。公式記録には滅多に出てこない“ある修道会の使者”の名。修道会は民の心を支える存在だが、その動きが今回の流れと繋がるとは予想外の発見となる。


セレスティアはその名を静かに口にする。

「修道会の使者……彼らが中継をしている可能性がある」

ルシアの顔が少し強張る。宗教に関わるとなれば、民の感情が揺れる危険性が高い。だが、真実は先延ばしできない。彼女たちは慎重に、しかし確実に動くことを選ぶ。


深夜、修道会の小さな礼拝堂に忍び寄る。扉は内側から施錠され、蝋燭の灯りが漏れている。中にいたのは若い修道士たちと、ひとりの年長の使者。その目には疲労と微かな動揺が混ざる。彼らは最初、驚きと当惑で声を上げるが、セレスティアは穏やかに手を上げて静める。


「話を聞かせてください。あなたがたの仕事に泥を塗るつもりはありません。ただ、手掛かりがここに伸びてきた。協力してくれますか」

使者はしばらく黙した後、重い口を開く。言葉は少ないが、内容は深刻だ。外部からの“慈善”につなげる名目で箱が送られ、その中に小さな紙片が混ざっていた。修道会は本来、中立性を保つ立場にあるが、彼らにも恐れと迷いがあった。指示は上から、形式は正しく、だが裏に隠されたものがあったという。


「我々は利用された」使者の声は静かだが、振動がある。彼は手を震わせて懺悔するように続ける。だが正すべきは彼らだけでなく、利用した者たちの方にある。セレスティアは深く頭を下げる。怒りよりもまず、傷ついた人たちを守ることが先だと改めて感じる。


礼拝堂を後にすると、夜空には薄い雲が流れている。城壁の陰でリュシアンが待っていた。彼の表情はいつもと同じように冷静だが、瞳の奥にだけ光るものがある。


「上層の動きは複雑だね」リュシアンは低い声で言う。

「あなたは何を知っているの?」セレスティアは素直に問う。彼は指を鳴らすように笑い、答える。

「多くを見ている。だが君が知りたいのは、一つの名前だろう。名は出ているが、証拠を確かめる必要がある。君のやり方は面白い。人を守るために舞台の光を借りている」


リュシアンの言葉はいつも危うい薬のように効く。だが今回、彼の手がかりは役に立つ気配がある。セレスティアは協力を受け入れ、交換条件として「真実が民のために使われること」を求める。彼は軽く頷き、影に溶けていく。


翌朝、評議会と密かに協議を行い、公開の場で次の証拠を示す計画を固める。舞台で全てを暴くのではなく、段階的に核心を抉る構え。民の動揺を最小限にしつつ、つながる糸をゆっくりと解いていく。法と信仰と人の生活を同時に扱う難しさを、セレスティアは身に染みて理解している。


午後、決行の時。城の中庭に小さな集まりを作り、選ばれた証人だけを呼ぶ。まずは修道会の使者が証言をし、次に北の港で押さえた帳面の筆跡鑑定が示される。サミュエルの淡々とした説明は、聞く者に冷静さを保たせる効果を持つ。最後に、マリエルが蝋の成分とその流通経路を示すことで、全体像が一つの輪郭を現す。


集まりが終わると、場内は静かな驚きに包まれる。誰もが、これまで知らなかった「繋がり」に息を飲む。だがその瞬間、遠くから急報が届く。王都の外、辺境の村で偽の物資が配られ、騒動が起き始めたという。偽造の糸は切れていない。誰かが、焦りを見せたのか、あるいは別の意図が動き出したのか。


セレスティアは黙って報告を聞き、顔を引き締める。守るための手順を間違えば、傷は広がる。彼女は深呼吸をし、アレクシスに小声で言う。

「行きます。私たちで止めます」

彼は手を取り、短く握って返す。二人の目には恐れよりも責任が宿る。


夜明け前、辺境へ向かう道は長い。馬の蹄が冷たい土を刻む中、セレスティアは自分が望んだ“劇的な断罪”と、今求められる“静かな正義”の違いを、心の中で反芻する。最後の合わせは、舞台の拍手ではなく、傷ついた人が食事を手にする瞬間にある。それを忘れずに走るべきだと、彼女は確かに感じている。


馬上から見下ろす村はまだ眠っている。だが偽の箱が配られれば、すぐに騒ぎになる。セレスティアは静かに指示を出し、手分けして捜索と配給の正しさを示す準備を進める。夜が白むにつれて、彼女たちの影は村の路地に伸び、人々の不安を一つずつ晴らしていく。


朝の光が村を満たした時、偽の箱は識別され、配布網は断たれる。人々は混乱から守られ、セレスティアの胸には小さな安堵が戻る。裁きは遠く、糸はまだ絡まるが、今日の行動で確かな一歩を刻めた。


城へ戻る道すがら、ルシアが静かに言う。

「お嬢様、あなたが望んでいたものと違うかもしれないけれど、今のあなたなら――人々の笑顔を取り戻せる」

セレスティアは窓の外に広がる景色を見て、小さく笑う。舞台は続く。役割は変わる。けれど彼女の選ぶ歩は、誰かのための道を照らしていく。

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