第24話「帆影の証言──令嬢、潮風に乗せて嘘をほどく」
港の朝は、白い霧の中から静かに姿を現す。波に揺れる帆船の群れ、軋む木の音、そして潮の匂い。
セレスティアは甲板に立ち、夜の名残を見送っていた。手にした羊皮紙には、赤い蝋の跡と細かな走り書きが残っている。まるで地図の断片のようで、誰かが意図的に残した印に見えた。
「次は港の船頭たちの話を聞いてみましょう」
隣でルシアが言う。頬にまだ包帯が残るが、声には力が戻っていた。
サミュエルも書類を抱えたまま頷く。「水夫の噂は早いですからね。酒の席なら、秘密のひとつやふたつは出てきます」
港の酒場は昼間からざわめいている。蒸気を含んだ空気の中、古びた舵取りがぽつりと語った。
「夜に動く荷は二種類ある。税を払って堂々と運ぶ荷と、誰かの合図でこっそり動く荷だ」
その“合図”が誰かと問うと、男は指で円を描いた。「見慣れた顔が多い。貴族様の中には、港を歩き慣れてるお方もいるからね」
セレスティアの胸の奥に、小さな違和感が灯る。
――内部と外部が、一本の線で繋がっている。
そう感じた。
夜、古い倉庫の裏で待ち合わせをした。相手はイネスと名乗る若い女だった。手には煤けた箱を抱えている。
「この箱を運ぶよう頼まれたの。報酬は悪くないけど、最近は怖くて仕方がないのよ」
箱の裏を見せてもらうと、薄く刻印が押されていた。
それは、王宮で使われる正式印章の型に酷似していた。
「あなたに指示を出したのは誰?」
「名前は聞かされてない。でも、いつも同じ男が来るの。目立たないけど、仕草が貴族っぽい」
彼女の証言を手帳に記すと、霧の向こうで小さな鐘の音が鳴った。夜明け前の港が、また一つ真実を吐き出す。
翌朝、船着き場で赤い布が風に揺れた。合図だ。
護衛たちが素早く動き、倉庫の影に潜んでいた一団を取り押さえる。
捕らえられた中に、名の知れた商家の跡取りがいた。震える声で彼は言う。
「俺は……借金を返したかっただけなんだ」
彼の荷から出てきた帳面には、取引の詳細が克明に記されていた。そこには王宮の印影が並び、複数の高官の名が伏せられている。
セレスティアは黙って帳面を閉じた。真実は、いつも人の弱さの中に潜む。けれど、その弱さを利用する者のほうが、もっと恐ろしい。
数日後、王太子アレクシスが密かに彼女を呼んだ。
「君の動きは危ういが、確実に核心へ近づいている。だが敵も同じだけ速くなる。気をつけて」
「承知しています」
二人の間に流れるのは、沈黙よりも確かな信頼だった。
そこへ、北方から招かれた学者マリエルが現れた。
彼女は蝋の成分を分析し、興味深い事実を示す。
「この蝋には鉄分が多い。王都西区の香料店で採れる鉱石と同じ比率です。つまり、印章の偽造はそこから始まっている可能性が高い」
セレスティアは目を細めた。「工房を押さえられれば、根を断てるわね」
夜、作戦が動く。偽の荷札を用意し、密輸経路を逆に利用する。
工房の灯が落ちた瞬間、待機していた護衛たちが突入した。
机の上に散らばった蝋の原盤、印章の型、帳簿の写し。
それらはすべて、影の交易を裏付ける証拠だった。
「やっぱり……王宮の印が使われていたのね」
ルシアが息を呑む。
サミュエルは冷静に記録を取りながら呟いた。「まだ上がいる。これは入り口にすぎません」
月明かりの下、港の波が静かに寄せては返す。
セレスティアは海風に髪をなびかせ、目を閉じた。
胸の奥で、静かな決意が燃える。
嘘をほどくには、真実を恐れないこと。
そして、自分を信じること。
波止場の灯が揺れる。彼女の影は、潮風とともに伸びていく。
それは、次に訪れる嵐の予兆のようだった。




